団塊の世代の部屋15

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2000101日日曜日  第388話  異物混入

 今年の夏ほど、食品への異物混入が問題になった時は無いだろう。もとはと言えば「雪印」の食中毒問題が原因である事は間違いないでしょう。
 今年になって特別増えたということは無いはずです。今までにもあったことだが、一つ一つを企業が対処して表面に出なかっただけでしょう。
 消費者もそんなものだろうと言う所があったはずです。ところが「雪印」の対応のまずさからの消費者離れを見て、その後の企業が過剰反応をして全商品の回収が多く行われました。大会社はそれを反面宣伝として利用したところもあったはずです。しかし、中小企業には、それが原因で倒産した会社も出てきました。
 ここまで来ると、過剰反応も極まれりというところでしょう。「雪印」のように菌が製造工程で入った等というのはその製造工程や製造日が同じものを回収する必要があるでしょうが、昆虫などやラインの中の部品のようなものが混入した場合は全商品回収というのは考えものといえるのではないでしょうか。
  確かに、異物にあたった人は嫌でしょうが、ものには限度というものがあるはずです。私も出きればそんな物にあたりたくないです。
 

  これは何処まで対処すべきか難しい問題だと思います。所詮、製造工程で異物が混入する事を100%防ぐことは不可能だと思いますし、そんな事をすればコストがかかりすぎて、製品価格が高くなりすぎて商品価値がなくなるだけの事でしょう。難しい所です。

 それじゃどうしたらいいのでしょうか?それに応えるような記事が2000年(平成12年)9月29日(金曜日)の読売新聞のコラム「今日のノート」にありました。

 …略

人間も自然の一部であり、無菌状態では生きられない。東南アジアで食中毒にかかるのは日本人と一部の先進国民だけというのは、我々が雑菌との共生を嫌っているからだろうか。イナゴもかっては食料だったし、牛の尿で洗髪する民族もいる。…以下略

 そういえば、私も今までで、レストランや食堂で虫や、髪の毛などが入っていた事は何度もあります。大抵は、そのまま取り除いて食べたものです。別にそれで病気になったこともありません。
 流石に暫く同じものが食べられなくなった事はありますが、いずれ忘れてしまいます。大抵の人はそんなもんじゃないでしょうか。
 あまり神経質になると何も食べる事が出来なくなってしまいます。我々の世代の子供の頃は、こぼした物でも勿体無いと拾って食べた物です。現在の東南アジアと同じような物だったのでしょう。
 戦後の高度成長に伴って社会全体が、神経質、過保護になって来たということでしょう。虫を嫌うあまり農薬を使いすぎて、一部では自然農法がブームになっています。
 かといって今更東南アジアの生活に戻れといっても無理があるでしょうし、どちらが良いのか良く分かりませんが、いずれにしても極端はいけないような気がします。

考えなければならないですね!

2000102日月曜日  第389話  総理大臣公選制

 930日のテレビ番組「ウェイクアップ」で省庁統合についてやっていました。来年の1月から実施されるものですが、正直日本中の誰もが眉唾ものと思ってるのじゃないでしょうか?
 間違い無く、何にも起らないと思います。統合による人員削減も、国立大学や国立病院を名前を変えて誤魔化すつもりのようです。
 何処まで、問題の先送りで国民をバカにしたら気が済むのでしょう。

 その中で触れていたのが韓国です。何と韓国も行政改革で人員削減を実行していたのです。それも、実際に16%の削減を行ったそうです。
 方法は、退職金の上積みなどで、そんなに職員に無理を強いる事はしていないような感じでした。
 それもこれも、大統領の権限が強いからだそうです。そう何時も取り上げている金大中大統領です。その強さの原因は大統領公選制にあるそうです。
 成る程、あの金大中大統領のリーダーシップにはそういうバックもあったということですか。

 しかしながら日本の首相を公選制にする事であれだけのリーダーシップを発揮できるでしょうか?本当に出来るのであれば是非採用して欲しい物です。
 そう言えば、
第345話で取り上げた中曽根元首相も公選制を採用すべきといっていました。自分が総理大臣の時にバックアップが欲しかったのでしょうか?好き嫌いはありますが、総理大臣経験者が言うのですから実際にそう思う何かがあったのでしょう。
 しかし、ほんとうにそうなったら結構面白いでしょうね、今の総理大臣が選ばれる時は何の感慨もありませんが、自分の一票が直接関係するとなるとチョット真剣に考えそうです。
 結構選挙好きの国民ですから、全国お祭騒ぎになりそうですし、マスコミも視聴率が取れるから日本全国公選一色に染まりそう!

 ここまで、どうしようもなくなった日本ですからやってみる価値はあるかもしれないですね。その前に、国民のレベルを上げることも当然必要ですが…。
 お上頼みやたかりの体質を何とかする方が先かもしれないですね。

まぁ!どっちもどっちですね!

2000103日火曜日  第390話  銀行統合

 オリンピックも終わりましたが、やはり、商業主義に対する批判は見られます。それもTVの都合による見栄えの良さを求める新種目の採用などマスコミのご都合主義があるようです。
 ここでも
第381話第386話で取り上げた、そんな商業主義に乗せられた一つの柔道の篠原選手の主審に抗議のメールが日本から殺到しているそうです。中には「殺すぞ!」というようなのもあるそうです。日本国内でもそれに対する批判が出ています。本当に御粗末な話です。
 しかし、良く考えれば「殺すぞ!」というような過激なのは殆ど無いはずです。何の問題でも必ず反対はあるものです。そんなメールは恥ずかしいですが、批判できるほど自分が立派かと言われると、「?…」という人も多いのではないでしょうか。
 日本の柔道連盟の人も批判していたようですが、批判する前に、何をするべきかを考えた方が良いのではないでしょうか?あれは日本の柔道が突き付けられた根本的な問題であることを考えると、メールを送った人ばかりを批判できる立場とは思えませんがどうでしょう。ああいう審判が行われる現状を放っておいたのは柔道界なのですから。

 話しは変わりますが、同じようにルールが出鱈目の日本の銀行界の第一勧業、富士、日本興行の三行が929日金融持ち株会社「みずほホールディングス」を設立して経営を統合しました。
 規模が「世界一の金融グループ」となるそうです。そして来年には住友・さくら、三和・東海と三菱系の四大グループに集約される。
 統合によって、コストの削減を計りITの投資を抑え競争に打ち勝つ体力をつけるのが目的である。

 頭取三人が手を合わせた嬉しそうな写真が各新聞を飾っていた。しかし銀行嫌いの私は「どうせ上手くいきゃしないのに!一緒に倒産だったらどんなにいい事か!!」と思ってしまいます。
 そりゃ、専門家に言わせれば、仕方の無いことなんでしょうけど、どうしても納得がいきません。あの頭取三人は国民に対して申し訳無いという気持ちは無いのでしょうか?
 バブルを煽って、一体どれだけの人を泣かし、どれだけの税金を使ったのか、その責任を取ろうともせずにのうのうとしている。そんな奴等(チョット過激になりました。方達と読み替えてください。)が何人束になったってまともな経営が出来るとは思えない。
 どうせ、何年か後には
4大グループのうちのいくつかは又、公的資金の投入なんて事になるような気がします。
 その時には、潔く倒産して欲しいものです。これ以上国民の金をあてにしないでくれ!

何時かはツケを払う時が来るだろう!

2000104日水曜日  第391話  捕鯨

 鯨の時雨煮って知ってますか?結構好きだったんですけどね、何時の頃からか鯨の肉が専門店くらいで無いと食べられなくなってしまいました。
 我々、団塊の世代とっては小学校の給食のまずいコッペパンと脱脂粉乳のなかで鯨はご馳走でした。
 母につれられて魚屋さんに行ったら、何時も、魚に混じって30センチ角位の立方体の赤黒い鯨の肉があったものです。それを、「美味そうだな!買ってくれないかな!」ともの欲しそうに見ていたのを思い出します。もう一度、安い鯨を食べたいものです。

 何時ものように、日曜日(1日)の朝「サンデープロジェクト」を見ていました。政治・経済は相変わらずどうにもならない。

 「今日はあまり面白くないな」と思っていたら「調査捕鯨」が取り上げられました。自民党の若手の議員と現役の官僚(二人とも名前を忘れました、ごめんなさい)が出演して、今の捕鯨の問題について触れたものです。

 グリーンピースやそれに牛耳られたIWC(国際捕鯨委員会)の横暴によって、日本の捕鯨が殆ど消滅してしまった事はニュースなどで知ってはいましたが、細かい所までは知りませんでした。
 そして、殆どの人もそうだと思いますが、鯨が絶滅寸前というのを何となく信じていました。ところが、お二人の話しを聞くと、今や増えすぎて逆に餌の魚が少なくなって生態系に異変が生じているとのことです。
 生態系を損なうと捕鯨に反対してきた事が逆の意味の生態系を損なっているかもしれないというのは深刻です。
 それは、人間の魚の年間消費量9000万トンの3倍以上を鯨が餌にしているということです。これは驚きました。
 これを証明する記事が同じ2000年
(平成12年)10月1日(日曜日)の日本経済新聞のコラム「エコノ探偵団」にありました。それによると、サンマの不漁が1998年から続いているのだそうです。そして、それは何と鯨が増えすぎてサンマを食べているのが原因だということのようなのです。

 それは調査捕鯨によってわかってきたことでもあるのですが、その調査捕鯨も止めさせようとしているのです。そしてその調査捕鯨の頭数はそれは何十、何百万頭といわれる頭数の内のせいぜい数百匹というもので、殆ど誤差のうちにもならない数なのだそうです。
 どうして、ここまで捕鯨が反対されるかというとアメリカでは政治家が環境保護に熱心でなくても一部の鯨は頭が良くて可愛いので殺すのは可愛そう(牛や豚や羊などを平気で食べる人が良く言うよ!)というヒステリックな声に応えて捕鯨に反対すると票が取れるのだそうです。
 そして、鯨の消費が増えれば欧米からの食肉の輸入が減るという経済的な裏もあるようです。
 どこの世界も、政治家は票で動くのですね。そんな感情論で鯨を取ることが出来なくなって私達の口に入らなくなってしまったとは…。
 それにしても、相変わらず日本政府の弱腰が気になりますね。もっと、国を挙げて反論すべき事のように思います。鯨が絶滅に瀕しているのならともかく、増えすぎているという様相を来しているのなら尚更です。

 ましてや、世界で飢餓に苦しんでいる国が沢山あるのだから、日本で鯨を食べることが出来るようになったら、余った肉をそちらに回す事が出来ると思うのですがどうなんでしょう。尤も、そんな単純なことはないんでしょうね。

 捕鯨と反捕鯨どちらに道理があるのかチョットサーチで探してみました。

捕鯨ライブラリー

グリーンピース

私としては、鯨たべたいなぁ!

2000105日木曜日  第392話  女性

 オリンピックが終わって、マスコミがこぞって、今回のオリンピックは第383話でも取り上げたように女性の活躍が目立ったと騒いでいます。
 我が意を得たりと喜んでいますが、その中でも日頃の私の主張をズバリと表してくれたものがありました。

 それは、2000年(平成12年)10月3日(火曜日)の日経流通新聞のコラム「暖流寒流」です。何時ものように一部を参照させてもらいます。

 …略

 あらゆる分野で制度疲労が進行しているが、これは男性中心でやってきた仕組みが疲弊しているということだ。男女の能力の問題ではなく、男たちはくたびれ、規制概念にとらわれない女性たちの方がこれを補い、改める力をつけているということである。
 次の首相候補としても人気上位には女性が登場する。長い不透明な時代から脱出するには経営も含めて、この際、一度主役を女性たちに任せてはどうだろう。男たちはコーチ役に専念するのも一策である。 
(散木)

 どうです、今までこの部屋での私の主張そのものです。やっとこういう論調が出て来たという事は少しは変わりつつある兆しですかね。
 それにしても、「男たちはコーチ役に専念」というのは高橋尚子さんと小出監督を思い出させて面白いですね。
 小出監督に優勝しろといっても不可能でしょうが、高橋さんだからその期待に答えられたということでしょう。この絶妙の組み合わせが金メダルにつながった事は誰もが認める所です。

 こういった組み合わせを、是非とも政・官・財の世界に期待したいですね。第324話で取り上げた、扇千景建設大臣も大きな声で主張して、今までの利権まみれの大臣とチョット違った面を見せています。他の何にもしない大臣達よりはよっぽど好感が持てます。
 もっと力とバックアップを持たせてあげれば意外と大化けしそうな感じもあります。しかしながら、一人で孤立させてしまっては勿体無い事になります。
 イッソのこと、総理大臣
(もちろん田中真紀子さんでしょう)以下閣僚の殆どを女性に任せて男はコーチ役に徹してみれば、21世紀の日本に期待が持てるかもしれないです。やってみる価値は十分あります。

あぁ!そんな時が来ないかなぁ!!

2000106日金曜日  第393話  青色発光ダイオード

 日亜化学工業株式会社ってご存知でしょうか?業界の中では有名な会社ですが、一般の人はあまり知らないのではないでしょうか。
 私も中身は殆ど知りませんが、興味を持ったのは10年以上前だと思います。何故かというと、日本で一番夏休みが長い企業というニュースを見てからです。その当時から夏のお盆休みが二週間くらいあったような気がします。そして、本社が同じ四国でそれも徳島の田舎の阿南市という事にも興味を引かれました。
 何で、そんな田舎の企業が日本一の休みを取れるのだろうか?そこで、どんな会社だろうかとチョット調べてみると、蛍光灯の内側に塗る蛍光塗料の世界的メーカーで世界シェアの大半(%は忘れました)を押さえている企業という事でした。
 この頃から、ニッチに特化して何処にも負けない技術を持って世界のシェアを押さえてる企業の強さに感心したものです。
 このあたり、経営者のセンスを感じます。大企業がやたらに手を広げてジリ貧になっている現状を見ると経営者のセンスというのは大事だとつくづく思い知らされます。

 それからも、毎年夏前になると何処の企業の夏休みが何日というニュースに日亜化学工業が入っているのを見ては、「相変わらず凄いなぁ!」と感心していました。
 そのうち、今度は別の事でマスコミに登場し始めました。そうです、レーザー光線です。最初は赤だったような気もしますが、世界でもどこもが研究していて出来なかった青色レーザーを世界で最初に開発したということで一躍脚光を浴びたのです。
 ズット気になっていた会社なので、「流石、ユニークな会社はやるな!」と密かに自分のことのように喜んでいました。

 その青色レーザーを開発したのが、一人の技術者であることを知ったのも新聞だったと思います。その方が去年会社を辞めてアメリカで大学教授になるというのを知って、「どうして会社はそんな大事な人を手放すのだろう」と複雑な気持ちになりました。折角のユニークな会社が変わるのじゃないだろうかと心配したのです。余計なお世話と言われそうですね…。
 何が、彼をしてアメリカへ行かせたのか気になっていました。

 9月4日の朝日新聞の「天声人語」がそのことに触れていました。中村修二さん(46)といわれ、「世界にさきがけて、「青色発光ダイオード(LED)」や「紫色半導体レーザー」を開発した人だ。」そうです。そして、「年に360日出社し、人とほとんど口をきかず、たった1人、変人扱いされながら研究を続けた成果だった」そうです。

 面白いですね、一番休みの多い会社で、殆ど休まず研究をしていたなんて、何だか「仕事」という物を考えさせられます。人間というものの本質が現れているようです。
 人間って、好きなことなら時間を忘れて没頭できるし、それが苦労とも思わない。そして、それが仕事であればこんな幸せなことは無いでしょう。
 こんな凄い人が退職したということは、やはり会社と何かあったのでしょうか?「たった1人、変人扱いされながら研究を続けた」という中にも会社での人間関係のようなものが想像されます。
 そして、こんなユニークな会社でさえ、日本の企業ではこんな突出した人は受け入れられないのかもしれない。研究に見合う程の収入も無かっただろうと思います。このあたりも日本の企業の限界が見えるような気がします。
 これだけの実績を上げた人なら、社長より給料が高くても良いじゃないかと思いますが、そんな考えは日本では受け入れられないのでしょうね。
 本文にそんな日本の実情が表れています。

 …略

 「去年暮れ、会社勤めに限界を感じ退職。現在は米カリフォルニア大学教授で、あちらに永住する。」

 「米国の10を超す企業や大学が「ぜひ当方に」と声をかけてきた。日本からの申し出はゼロだった。」

 どうです、米国からは申し出が沢山あったが、日本からはゼロ。ここに日本のバカさ加減が見事に現れているように思います。折角の頭脳を何の抵抗もなく海外に流出させてしまう。日本の将来はヤハリ無さそうですね。

 そんな時に、ソニーとパイオニアが青色レーザーを使った光ディスクでDVDの5倍の容量がある「DVR−blue」を発表していました。これこそ青色レーザーのお陰なのです。

なんとなくブルーです!

2000107日土曜日  第394話  叙勲

 何処の家も同じ発想なのか、仏壇の間の欄間に勲章の額が掛けてあるのを見かけます。実家にも、親父のそれが掛けてあります。
 前の電電公社(NTT)を務め上げた結果の勲章である。子供の時はあまりその意味を考えたこともなかった。只、「あんなもの何が嬉しいのかな」という想いはあったような気がします。
 私の親父も、30年代に管理職でありながら常に定時に帰宅するような私以上に当時としてはへんこつ(偏屈?)だったので、そんなに喜んでいるようには見えなかったように思います。偉いさんが貰うようなものじゃなくて公務員が定年後七十歳くらいになると誰でもくれるものだったからでしょうか?

 そんな勲章について考えるようになったのは、勲章嫌いの佐高さんの影響かもしれません。石田禮助さんや元日銀総裁の前川春雄さんのような立派な人が勲章を断るのを知って「本当に貰っても誰も文句のつけようのない人ほど断るんだな!」と目からうろこが落ちた気がしました。
 そして、「成る程、お国が人間に等級をつけているのか!そんなものを貰って喜ぶのはヤッパリおかしい」と分かりました。
 それが証拠に政治家が一番上のを貰うようです。中には、大企業の経営者で叙勲のためのプロジェクトを組む人もいると聞いてそのバカラしさが分かったような気がしました。一番あげたくない人ほど上の位のものを貰っているようにも思えます。
 本当なら、社会の片隅で、脚光を浴びることもなく人の為に尽くしているような人にこそあげてもいいものじゃないでしょうか?それなら良いものだなという考えにもなるでしょう。しかし、そんな人達が選ばれることはないようです。
 その裏には、相変わらずの選挙対策が見え隠れしているようです。国民栄誉賞などと同じ発想でしょう。

 日経連会長の奧田碩さんがそんな叙勲にたいして、「民間人は何ももらわない方がよい。もし、もらうにしても産業に貢献のあった人は藍綬褒章にとどめるべきだ」。「70歳になったら人間に等級をつけるのは釈然としない」と叙勲制度を残すにしても、ランク付けはすべきでないとの見解を述べたものが、日刊工業新聞2000年(平成12年)10月5日(木曜日)に載っていました。
 そして本人は推薦されても辞退したいとの意向を示したそうです。

 又、やってくれましたね。なかなか、あの立場で言えないことだと思います。色々と、抵抗もあるだろうに大したものです。
 勲章なんて本当にくだらない、人にランクをつけることに精力を注ぐ暇があったら、もっとすることがあるだろうに!

それにしても、社会的な地位でランクを決める発想が嫌ですね!

2000108日日曜日   第395話  若者

 戦後も55年経ったが、何時も入っているように日本の国の今の閉塞感というのは戦後の追いつき追い越せの目標がなくなってしまったからだとも言われている。
 終戦時に連合国によって与えられた民主主義も追いつき追い越せの目標があった間には何とか誤魔化しながら来たが、所詮は上から降ってきたものであって、完全に身についたものではなかった。そこに、お上頼みの昔からの習性が抜けきらなかった所があるのではないでしょうか。
 その身につかない民主主義の矛盾が溜まりたまって今の閉塞感に繋がっているような気がします。
 戦前に産まれ戦前の教育で育った我々団塊の世代以上の人達とその人達を親とする世代は所詮本当の民主主義は身に付かなかったのだと思います。
 生まれた時から民主主義である我々団塊の世代の子供達位からやっと本当の意味の自由主義が身についてきているのではないでしょうか。要するに、生まれた時から何の不自由もなく育った世代です。
 今度のオリンピックの選手達が丁度そんな世代になるのでしょう。そして、田島選手に代表する今までに見られない日本人がその代表でしょう。

 21世紀は、お先真っ暗のようですが、意外と今までのお上頼みの日本人の為にどうにもならなかった古い体質が、あのオリンピック選手に代表される人たちによって変わるかもしれないと思い始めました。
 と言うのは、あの人達が今までのバカな日本人のように、自分の利益だけで動くのでなく、本当の意味の民主主義を実行するような気がするのです。

 今の、バカな政治家を選んできたのは我々バカな日本人なのです。何時も入っているように国民のレベル以上の政府が出来る訳はないという事です。
 昔から「今の若いものは」と言い古されてきたのですが、私は、今の若者こそ日本を変える希望の星のように思えてきました。

 結局は、与えられた民主主義が本当に定着するのに人間の一世代の年数が必要だったということではないでしょうか。
 今の若い人達が、今のような自分さえ良ければの政治家を選ぶとは思えない気がしてきたのです。楽観的すぎでしょうか?そうでもないと思いますよ!
これまでに取り上げてきた
若者気質を見てもそう思える根拠はあると思います。その為には年寄りは速く表舞台から退くことが必要かも…。あの戦後のパージのように。

意外と未来は明るいかもしれない!

2000109日月曜日  第396話  ダイエー

 今日(8日)のサンデープロジェクトの特集「ダイエー」の鳥羽社長のインサイダー取引問題が面白かったです。
 中内さんに乞われて社長になった元味の素社長だった鳥羽社長が瀕死の「ダイエー」の立て直しに全力を注いでいるときに突然表面に出てきた今回の問題の裏にはどうも二人の確執があるようであるというのです。
 中内会長にしたら自分が作り上げてきたダイエー帝国を自分が頼んでやってもらっているリストラといいながら、やはり心情的には、側面から見ていても「あの野郎折角俺が作り上げたものを簡単に処分して!」と腹立たしく思えると言うことらしい。
 そこで、鳥羽社長のインサイダー取引(これは当然許されざる事である)を会長側がリークしたのだろうというのである。
 成る程、この時期にこの問題が表面に出て来たという事はそう考えても間違いないでしょうね。
 そして、この問題の鳥羽社長の処分に対して、副社長が、中内さんと対立して退職したそうです。この人は40年来中内さんと働いてきて、社内でも信頼の厚いひとで、今の「ダイエー」の求心力の中心的であったそうです。その人が辞めたということは、中内さんが完全に将来を捨てたということではないでしょうか。
 司会の島田伸介さんが、「中内さん自分で作たものを自分でつぶすつもりになったのかもしれないですね!」というのが本当かもしれないですね。

 こうしてみると人間って、本当に悲しいですね。創業者社長というのは多かれ少なかれ「会社は俺のもの」という考えを捨てる事ができないようです。
 その気持ちは分からなくはないですが、家族でやってる零細企業ならまだしも、従業員を雇っている限りは自分のものという意識は捨てるべきであると思います。
 それだけの責任は従業員に対してあるはずです。尤も、殆どの経営者にその気持ちがないことは間違いないでしょう。
 これに打ち勝った人といえば
本田宗一郎さんくらいで、殆どいないのが現実みたいです。中内さんも、所詮、普通の人だったということでしょう。余りにも長くトップに居続けたことが既にその前兆だったということでしょう。後継者選びに失敗したとか、育てなかったことが、その原因と言えるかもしれません。

 あれほどの大会社になって株式も公開して尚、個人商店の域を脱することができなかったことは残念ですが、殆どの日本の企業の現実を代表している要に思います。

 折角、「王ダイエー」が優勝したが、それどころじゃないのじゃないでしょうか?さて、これからどうなるかある意味興味あります。

「王ダイエー」今度はどんな名前になるのかな!

20001010日火曜日  第397話  国体

 今年の国民体育大会(国体)は埼玉だそうです。第356話でも触れたように、オリンピック以上に必要がないと思うのがこの国体です。
 国体自体は、あっても良いと思いますが、その運営の仕方に問題があると思うのです。ご存知のように国体は戦後の敗戦で意気消沈した国民を元気付ける意義はあったようである。
 私の母も、香川で開催した時のオープニングのマスゲームに踊りを踊ったことを良く話していました。田舎にとっては大きなイベントであったことは間違いないでしょう。新しい競技場もつくられたようです。地域の活性化にも役だったのも確かでしょう。各県持ちまわりで開催したことにも意義があったのでしょう。
 しかしながら、常に開催県が天皇杯を取るという余りにも不自然な事が行われるに至っては、その裏の日本的前例主義が見えて情けない。

 優勝の為に、全国を転勤して回るジプシー選手を生むに至っては何をか言わんやである。そこまでして、前例を踏襲する事に何の意義があるのだろうか。
 今までに、それを覆そうとした開催県がなかった事も余りにも日本の情けない風潮を象徴しているようです。こういった風潮が今の日本の凋落をもたらした原因の一つである事も間違いないと思います。
 このことは、地元の出身のレギュラー選手がいない高校野球の代表校を思い出させます。高校野球は、まだ私立校が宣伝のためという経営上の目的があり、学校が自分の費用でやるのですからそれなりに意味はあると思いますが、開催県の天皇杯だけは何の意味があるのか分かりません。単なる、予算の無駄遣いとしか思えません。

 一巡した時が、止め時だったように思いますが、そんな事は起るはずもなく、相も変わらず前例通り開かれているようです。せめて、開催県の優勝でもなくなったのなら救いはあると思いますが、相変わらずのようです。
 その裏には、又もや開催の為の施設建設に群がる政治家とゼネコンの陰も見え隠れするように思えます。
 百歩譲って、これ以上続けるのなら、今ある施設をつかって、天皇杯なんてものも廃止するか、あるがままでの力で決まるのであればまだ許せるのじゃないでしょうか?

 こんな事も変えられない日本に、行政改革や政治改革とか構造改革などというのは高望みが過ぎるみたいですね。何よりもそんな事のために全国を転戦するジプシー選手が可愛そうです!地元から出させてあげた方がいいように思います。

いい加減に止めましょうよ!

20001011日水曜日  第398話  マスコミ

  ダイエーの鳥羽社長本当に辞めましたね!いよいよ終わりが近いのかな?

 さて、マスコミがおかしいのじゃないだろうかと思い出したのは何時頃だったか、自分でも良く分かりません。
 兎に角、日本人がマスコミに誘導され易いと感じ初めてかもしれない。その単純というか素直というかそれとも権威に弱いというかいずれにしても非常に操作しやすい国民であることは確かなように思います。当然私もそのうちの一人ですが…。
 その一番分かりやすい例が、TVコマーシャルじゃないかと思います。ひとたびコマーシャルをすると程度の差はあれ、その会社はさも一流であるかのごとく思われ、その商品は一級品として認識され、信用されるのである。
 是ほど、やり易い国民はないのではないでしょうか?兎に角、お上やマスコミの言うことは間違っていないという意識が非常に強、疑う事をしない。
 だから企業はこぞっておいしいことばかりのコマーシャルを打つ。中には、コマーシャルだけで成長したような企業もある。そうなると益々企業はコマーシャルをすることに血道を上げる。
 だから、TV会社が笑いが止まらないほど儲かると言うことである。儲ける事が悪いとはいはないが、コマーシャルを取るために視聴率の取り易い視聴者に迎合したような番組を作る事になる。
 そこには、マスコミの本来の義務であるはずの「権力にたいする批判」という意識は失われてしまっている。当然、コマーシャルをしてくれる企業を批判する事もなくなる。
 そんなマスコミにさらされているから、只でさえ影響されやすい日本人は益々、本当の事がわからなくなってしまう。
 それが、いまの日本のどうしようもなくなった現状の原因の一つであると思います。マスコミが、権力と癒着してしまって真実を報道しなくなってしまっている。もしくは、権力と一緒になって情報を操作しているのではないかと思われるようなところあるようにも見える。

 こうなると、本当の事を知る為には自分達の資本で作った放送局や新聞社を持つしかないのではないでしょうか?
 そんな事を考えていると、リンクさせて頂いている
「週刊金曜日」がそういうところから始まったものだというのを編集委員である本多勝一さんの本『「マスコミかジャーナリズムか」朝日新聞社』で知りました。

 本多さんは朝日新聞の記者を辞められた後、ジャーナリズムが真実を書く為には、読者が株主の日刊紙しかないと考えたということです。その考えから産まれたのが「週刊金曜日」というわけです。道理で、権力におもねる事のない素晴らしい記事が多いはずです。

大事にしたいですね!

20001012日木曜日  第399話  ソーラー

 第353話で取り上げたソーラー発電ですが、その後サイト巡りで調べていると、私が思っていた以上に、コストダウンが進んでいるようです。

 パネル自体のコストダウンも進んでいるようですが、大きな変化は建築法で、今までは屋根の上にソーラーパネルを取りつけていたものが、ソーラーパネル自体が屋根材として使えるようになったということだそうです。
 要するに、二重にせずに済むということです。その上、ソーラーパネルの方が耐久性も通常の屋根よりあるのだそうです。

 このあたりは、サイト巡りで見つけた、団藤保晴の記者コラム「インターネットで読み解く!
「雨漏り実験室からの戯言」の資源・エネルギーにくわしく書かれています。
 目からウロコです。

 ここまで来ているのなら、私が第353話書いたように、予算の傾斜配分をする事によって一気にソーラーパネルを普及させる事も夢ではないと思います。
 現在の補助金での細かい計算を
「雨漏り実験室からの戯言」のなかに「太陽光発電補助事業私案」としてしてくれています。これによると50万戸の家に約1兆円の補助という事のようです。
 単純にいっても500万戸で10兆円。5000万戸で100兆円です。今一般住宅が日本中でどれだけあるのか知りませんが、人口や世帯数からいっても多くても5000万戸はないと思います。という事はたった100兆円もあれば日本中の住宅にソーラーパネルの屋根が行き渡るわけです。
 バブルの破裂から銀行に注ぎ込んだ金額を考えると何でもない金額でしょう。どちらが、日本にとって役立つでしょう。
 地球の環境にとっても素晴らしい事になります。たまには世界の役に立ちましょう。

 石油でなく太陽光によって世界のエネルギーを抑えることにもなります。資源小国が、世界に貢献できるのです。

やらなくてどうします!

20001014日土曜日  第400話  ノーベル賞

 導電性ポリマーの研究でのノーベル化学賞の白川英樹さん(64)。その道では知られた人だそうですが、一般の人では殆ど知る人もなかった。
 あの、奥ゆかしそうな人柄から見て、こんな事が無ければマスコミに騒がれる事も無くひっそりと晩年を暮らされたのだろうと思います。
 日本人にとって誇りであり、嬉しくもあり心からおめでとうと言いたいですが、それが海外からもたらされた事に素直に喜べないものがあります。
 
第393話でも取り上げた中村修二さんのように、どうして、日本人は素晴らしいものを国内で認めず、海外で認められた後で騒ぐのでしょう。特にマスコミの騒ぎようを見ていると、あなた達はその素晴らしさを自分達で紹介する必要があったのじゃないですかと言いたい。
 ノーベル賞が決まって初めて騒ぐのは今回だけでもないらしいのに、未だに同じ事をやっている事を恥だと思って欲しいものである。それだけ独自の視点で物事を見ることをしないで、体制側の発表を鵜呑みにしているだけなのではないでしょうか?
 もし今回の白川さんも、運悪くノーベル賞を取らなかったとしたら、その名前は埋もれたままで終わった事でしょう。そう考えると、日本の国の怖さを感じます。

 それに輪を掛けたのが日本政府と言うか自民党など政権党のふるまいでしょう。白川氏に文化勲章・高橋選手も国民栄誉賞受賞と早速自分達の宣伝に利用しています。
 高橋選手がもし優勝してなければそれはきっとやわらちゃんに行ったはずです。彼らにしたら誰でもいいのでしょう。要するに国民に人気があるものに便乗しているだけなのです。
 白川さんなどはきっと文化勲章をもらうことなど一生無かったと思います。その体質が余りにも日本的で悲しい。
 願わくばお2人に辞退してもらえば最高なんですが、この日本でそんな事をすると後が大変でしょうから無理は言えません。特に若い高橋さんはこれからの障害がキツそうですし・・・。
 それにしてもお2人が岐阜県人で遠縁に当たるとは偶然とは恐ろしいですね。今年は岐阜県の当たり年かな!

 それにしても自分達の仲間の力を自分達で認めることが出来ない体質がある限り日本の国は変わらないのでしょう。

何とも複雑ですね!

20001014日土曜日  第401話  ノーベル平和賞

 同じくノーベル賞の話題になりますが、この部屋でも第227話等で何度か取り上げた金大中韓国大統領が平和賞に決定しましたね。
 これは、南北統一の実現を現実のものに向けて動かした功績を考えると当然の事だと思います。
 それにしても、改めてその経歴を読むと凄まじいまでの権力との戦いですね。何度も死地を潜り抜け、何度もの大統領選への挑戦に敗れ一度は引退をした後の大統領就任。韓国の民主化と人権にたいする執念に脱帽するしかないでしょう。
 その後の経済建て直しなどでのリーダーシップを見て、日本にあれほどのリーダーが何故でないのかと思っていましたが、所詮、苦労の大きさが違いますね。それだけの危機を乗り越えてきたからこそ、あれだけ腹の据わったリーダーシップを発揮できたのでしょう。

 比べるのも悲しいですが、日本のリーダーの情けなさ、今も国会は、非拘束名簿式がどうとかいって与野党が争っています。所詮は国民じゃなくて自分達のことしか考えていないのではないでしょうか?
 今や日本の将来に暗雲立ち込める中、よくあれだけ本末転倒のことに血道を上げて恥ずかしくないのでしょうか。
 金大中大統領が就任した時の韓国の経済危機は今の日本以上だった事は誰でも知っているでしょう。
 その後の経済対策は日本のそれとは全く逆を行くものでした。溜まった膿を出すために財閥解体にも手をつけ、国民に辛抱を強いる事による抜本的な改革を遂行しました。
 それと全く反対に全てを先送りにして未だに何の解決もしていないのが日本政府です。いずれ、日本と韓国の立場が逆転する時代が来る事になるかもしれないでしょう。

所詮、国民の差かもしれないですね!

20001016日月曜日  第402話  官僚

 今日(15日)のサンデープロジェクトの省庁再編問題これからも見ていきたい問題ですね。今回は農水省でした。
 その税金に群がる凄まじさに改めて、官僚の増幅作用に驚かされましたが、これは多分ほんの一部であって、各省がそれぞれに自分達の勢力を拡大するためにその優秀な頭をフルに使っているのでしょう。
 農水省も自民党の集票組織にもなっていると言う事でしたが、これもそれぞれの組織が沢山あるだろうとは想像できる事です。その組織は結局は税金である予算の分捕りから始まっている事である。
 その予算が未だに省庁配分が変わらないのであるから何をか言わんやである。何が省庁再編であろうか、結局はそのたかりの構造は何も変わらないのだろう。
 今日取り上げていた土地改良事業に関する組織は、比例代表制において常に二人の代表を自民党の名簿順位
8位くらいに送りこめるだけの集票能力があるそうである。所謂族議員というのはこういうところから出て来るということだろう。
 こういう組織が各省庁にあるとすれば、そんな人達に行政改革なんか出来るはずがない。誰が自分のクビを締めるようなことをするだろうか?
 どうやったら、こんな税金を食い物にする奴等を排除できるのでしょうか?それはやはり、監視することしかないのだろうと思います。
 それが出来るのは、マスコミしかないのではないでしょうか?そのマスコミをバックアップするのは我々国民しかない。

 全ての省庁の利権構造を是非マスコミに取り上げてもらいたいものです。そうすれば、流石のバカな国民も目覚めるのではないでしょうか?それこそがマスコミのあるべき姿と言うのは希望的観測過ぎるのでしょうか?

 取り敢えず、サンデープロジェクトがこれから取り上げる再編問題を見ていきたいと思います。

まず1歩からです!

20001017日火曜日  第403話  異端者

 マラソンの高橋尚子さんとノーベル賞の白川秀樹さんが相変わらずマスコミに取り上げられています。16日のTV朝日でスクープからスクープ21と衣替えした番組の第1回にも高橋さんと小出監督が取り上げられていました。
 小出監督の少年の頃のエピソードから箱根駅伝を経て、故障の為現役を諦め指導者としての歩み、そして、これからは女性の時代と女子の選手の育成に目覚めたいきさつ等は興味深く見ました。
 そしてその経験が高橋選手との出会いによって花開いたといえるのでしょう。その指導方法は一人ひとりに一番いい方法を考えているようである。しかし、その基本は徹底的に誉めるやり方である。そしてそれは高橋さんに尤も適していたようです。
 小出監督のやり方を見ていると、指導者の大事さが痛感されます。どちらかといえば、叱る指導法が主流である中で異端ともいえるでしょう。

 有名な話ですが、高橋さんも、体の前で手を振るあの独特の走法を異端といわれていたそうですね。それを従来の指導者は矯正しなければ伸びないと言い、小出監督はそれを強さと認め徹底的に伸ばした。
 この差が、今までの日本の教育と違って大きな才能を伸ばしたということでしょう。これは、日本全体の問題を見事に現していると思います。個性を徹底的に押さえ、社会に都合のいいように育てようとする従来の日本の教育に対する強烈な警告だと思います。

 もう一人の白川さんが筑波大学教授の時の言葉が2000年(平成12年)十月16日(月曜日)の日経産業のコラム「Sangyoメール」に紹介されていました。

 「日本人に独創性がないというのは間違い。米国と日本が異なるというなら、日本には独創性をつぶしてしまう土壌がある」。…以下略

 白川さんも、長い間、助教授から教授になれなかったそうです。そして、今回の研究も日本では認められず、アメリカから来た研究者と意気投合してアメリカに渡って一緒に研究したとのことです。
 二人は、偶然にも、異端として扱われていたが、認めてくれる人によって花開いたということでしょう。
 二人とも不屈の精神力を持っていたからそんな機会にも遭遇したのでしょうが、もしかしたら、誰にも認められずに終わってしまったという恐れもあったはずです。多分、そういう人のほうが多いのが現実ではないでしょうか。
 皮肉なことに、異端として日本の社会から抹殺されかねなかった人達が日本を世界に知らしめているのです。

 今回こうした二人が脚光を浴びたことを良く反省してみる必要があると思います。多分今のままの社会ではこうした人が出て来るのは奇跡に近いのではないでしょうか。寄ってたかって人材潰しをやってる社会なんて、何だかなぁ…!。

考えさせられますね!

20001017日火曜日  第404話  長野知事戦

 高橋尚子さんが、「国民栄誉賞を頂けるのならこれからの競技の励みになりますので喜んで貰います」とインタービューで話していました。
 陸連など回りから、「現役選手が貰うのはどうかと」言う雑音があることに対してのインタービューだったようです。
 それにしても、そこまであの若さでプレッシャーを与えられるのを見ていると、本当に気の毒である。寄ってたかってその人気を利用しようとしているのが見えすぎだけに、もっと、そっとしておいて上げられないのかと思ってしまいます。
 出来れば断って欲しかったけれど、あの年で、断ることは後の人生に対する抵抗のことを考えるとそう簡単には出来ないのが当たり前じゃないでしょうか?何たって、事あれば手のひらを返したように足を引っ張る社会なんですから。
 心なしか、何時もの高橋さんの笑顔が見えなかったような気がしました。何で、そんなことで悩ませるのでしょうか。折角の金メダルも負担にしかならないような気がします。
 思い過ごしであれば良いのですが…。こんな所にも日本の社会の歪みが現れているように思われてなりません。

 そんな閉塞感を何とかしようという気持ちが現れたのが、今回の長野県知事選挙の結果だったのではないでしょうか。
 大方の予想に反して大差であの「なんとなくクリスタル」の田中康夫さんが当選しました。もしかしたらの期待はありましたが、あれほどの差が出るとは、ほとんど予想した人はなかったのじゃないでしょうか?
 それだけ長野県人が旧来の政治に膿んでいたということだったのでしょう。長野県といえば、何かの集会があるとき必ず県歌(?)を歌うということを聞いたことがあります。君が代を思い出させるようなそんな話しにも長い間の旧来の県政を感じたものです。
 それにしても、ここまでの結果が出るとはいよいよ地方も都市型選挙になってきたということでしょうか。

 これは少しは将来に望みが持てるかもしれないですね、この夏の選挙での地方の変わらなさにがっかりさせられたことから見ると大変な変わりようのように思います。
 自民党が来年の参議院戦で負けるという危機感から、今、なりふり構わず「非拘束名簿方式」を通そうとしていますが、これは益々反感を買うだけだと思いますので、もしかしたら、次回の選挙でいよいよ大きな流れが来るかもしれないですね。
 しかし、変革を求める国民に比べて与野党のあの情けない遣り取りを見ていると「ヤッパリ無理かな!」と考えてしまいます。

 高橋さん人気に便乗するような自分のことしか考えていない与党、何を言ってるか分からない迫力のない野党とどちらもやる気があるのかなの思ってしまいます。

日本の金大中は出てこないのか!

20001019日木曜日  第405話  2000円札

 皆さんは新2000円札使いましたか?私は、二度ほど手にしましたが一枚は子供に、もう一枚は直ぐに使ったと思います。発行されて二枚しか手にしていない程、流通量がすくないということでしょう。およそ意味のない中途半端なお金です。
 自動販売機業界も最初から何処も対応しませんでした。飲料業界も1,000円で対応しているのでさしあたって必要もなだろうということで何処も相手にしませんでした。その為もあってなのか殆ど流通していないようです。
 そんなことで、日銀に沢山余っているそうで、銀行やJRに対応機を設置するように要請したとのニュースが流れました。何とも間の抜けた話です。
 東京の鉄道で対応した券売機を設置したとのニュースが流れていましたが、良い迷惑でしょうね!

 このお札は、そもそも何の意味があって発行したのでしょう。どうも沖縄サミットがらみであることから、小渕さんの個人的執念らしいと想像できますが、殆どの人が興味を持たなかったと思います。もっと他にすることがあるのじゃないかと、しら〜っとしていたのが本当の所でしょう。
 今になって、使ってくれじゃ余りにも情けないです。

 淡路島の津名町の一億円の金の延べ棒で有名になっただけの竹下さんの「古里創生基金」や、これも小渕さんが公明党を取りこむために採用した経済の浮揚に何のえいきょうもなかった「地域振興券」に次ぐ愚策としか良いようがない。
 本当に日本の政府は狂っているとしか思えない。あの何処に消えたか分からないお金を有効に使うところはもっと他にあった筈です。
 首相になったら国民の事を考えるのでなく自分の名前を残したくなるようですね。それが、どれも愚策でしかないのが悲しいです。森さんもIT、ITと騒いでいますが、どうも本質からずれているようです。
 おまけに教育の為とか言って徴兵制に繋がりかねない強制的ボランティア制を導入しようとしている。本当にどうにかならないんですかねぇ!

期待するほうが無理のようです!

20001020日金曜日  第406話  ソーラー

 第399話で取り上げた、今、楽しみにしている「雨漏り実験室からの戯言」はボリュームがあって中々全部読めませんが、どの項目を読んでも感心させられます。
 特に、太陽光発電とプリウスなど省エネカーそして、ペアガラス
(複層ガラス)の導入促進、高速道路の無料化など日頃からそうだったら良いなと考えていたようなことをが全部取り上げられています。自分の気持ちを代弁していてくれるような気がして楽しく読ませて頂いています。

 どうしても私のような文科系人間は感情論になるので説得力に乏しい所がありますが、その点、理系の人は具体的な数字を挙げて説明してくれているので説得力があります。
 特に各論で述べられているように、これらを組み合わせて採用すればその相乗効果は計り知れないと思います。
 日本の進むべき道が見事に示されていると言っても過言ではないと思います。こんな良い考えが埋もれてしまうのは余りにも勿体無い!何とかして、これらを実現したいものです。
 

 たまたま、日刊工業新聞2000年(平成12年)10月18日(水曜日)「太陽光発電」 「市場は日の出の勢い」として取り上げられていました。

 住宅用の太陽光発電システム急速に普及している。新エネルギー財団の補助金交付数は、99年度に1万件を突破して前年度比3倍弱の1万7396件を記録し、2000年も同2−3倍のペースで普及が進んだ。急拡大した理由としては環境意識の高まりを背景に、建材一体型システムの普及と価格の下落は大きく影響したようだ。  (野口 達也)

 政府より、市場のほうが先に動き出しているようです。今こそ、これを大きなうねりにするときではないでしょうか。
 環境というだけでこれだけの動きが出るのはそれだけ日本人の素晴らしさが現れているような気がします。良いことをキチンと説明すれば納得するだけの土壌があるという事だと思います。それだけに
「雨漏り実験室からの戯言」で提案しているような補助金をキチンとやれば爆発的に普及すると思います。

 幸いこの流れには「大手住宅メーカーが建材一体型の太陽光発電システムを次々と採用したことが大きい」(石川修ミサワホーム総合研究所取締役)と本分に書かれていたように住宅メーカーがその気になってることがあると思います。
 三洋電機、シャープ、カネカ等ソーラーパネルメーカーと住宅メーカーが一緒になって政府を動かせないものでしょうか?こんな時こそ企業献金も必要悪として認めても良いと思います。
 業界の利益ばかりを要求するような今までの陳情とは訳が違います。正々堂々と政府を説得して欲しいものです。三沢ホームの三沢千代治社長なんか最適のような気がします。

 第353話第376話でも言いましたように、これほど世界からも喜ばれることはないと思います。今こそ世界から称賛される時です。その上、今までの資源小国から世界のエネルギー大国になれるのです。世界のエネルギーを押さえていればそれこそ軍隊を持たなくても世界を動かせるだけの影響力を持てるかもしれないと思います。
 世界の鼻つまみものから、尊敬される国に!

今こそチャンス!

20001021日土曜日  第407話  外形標準課税

 第170話以後何度も取り上げたが暫くおとなしくしていた外形標準課税が又、現れました。あれほど騒いだマスコミ(私も!)も、何にも言わなくなってどれくらい立ったでしょう。
 そうですあの大手21行が東京都が2000年度から導入した「外形標準課税」に対して、都と石原知事を相手取り、行政訴訟を東京地裁に起したのです。
 訴えると言いながら暫く鳴りを潜めていたので忘れる所でしたが、とうとう実行に移したようです。

 平等でなければならない憲法や地方税法に違反しているということだそうです。確かに法から言えば間違っているのでしょうが、 今までも、何度も主張したように私は心情的には課税に賛成です。
 銀行は、自分達がやってきた事を考えれば、そんな訴訟を起すことなど恥ずかしくて出来ないはずです。筋が違うのは分かっていますが、どう考えても銀行の主張を認める気持ちにはなりません。
 どうしても訴訟をするのなら、公的資金を全部返してからにして欲しいものです。要するに、理屈じゃないのです、銀行に対する嫌悪感がそれを許す気持ちにならないのです。
 まあ、これほど極端なことを言うのは私くらいかもしれませんが、心の底ではそうおもっている人も多いと思います。

 あのバブルを煽った銀行のトップの誰が責任を取りましたか?それどころか、未だにゼネコンなどの債権放棄などで問題を先送りして誤魔化そうとしています。
 「そごう」にしても、水島会長の責任もありますが、銀行にも責任の一端はあるはずです。ところが、自分達はまるで被害者のような顔をして、責任を取ろうともしない。
 その上、いたずらに合併による規模の増大をめざしているだけである。どうせ、無責任なトップがどれだけ一緒になったって何にも出来ないと思います。倒産が先延ばしになるだけのはなしでしょう。

 何度でも言いますが訴訟を起すよりするべき事があるでしょう。まず国民に謝り、その責任をとる事が先決だとおもいます。それが無い限り、どんなに理屈が通る事も許す事は出来ません。

又、興奮してしまいました!

20001021日土曜日  第408話  パラリンピック

 オリンピックが終わって、第397話で取り上げた国体が始まり、そして今はパラリンピックが開催中である。国体に対するマスコミの冷淡さはヤハリ人気の無さの故だろう。
 パラリンピックも表面的には国体以上にマスコミが取り上げているが、所詮オリンピックほどではない。何となく、偽善を感じてしまうのは私のようなひねくれ者だからでしょうか?

 ハンディキャップを負った人が、明るい笑顔でスポーツに取り組んでいるのを見ると、可愛そうにとか気の毒にとかいうのは心の病んでいる健常者とどちらがそうなのかなと考えてしまいます。
 オリンピックが終わって、ほんの何週間か空いてからの今回のパラリンピックを見ていて、「どうして、オリンピックと一緒にやらないのだろうか?」と不思議に思いました。
 どうせ同じところでやるのなら、一緒に開催する方がわざわざ日にちを変え手するよりズット自然だと思うのですがどうなんでしょう。記録だって、どんな違いが有るかわかって興味がわくように思います。中には一緒に出来るだけの実力の有る人だっているかもしれません。
 単純に言えば、選手だって観客が沢山いて楽しいでしょうし、日頃観戦する機会のない健常者にとっても良い経験になるし、理解も増すのではないでしょうか。

 逆にいうなら、別々に開催する方が自然に反しているように思えます。例えば、身障者の人が障害別に競技をしていますが、それは、柔道や、他の格闘技のような体重別と全く同じだと思います。
 
第386話で取り上げた体重別を止めるべきと言った柔道とは矛盾しますが、その体重別の中に、障害別が加わっても何の違和感も無いと思うのですが、そうすれば皆が一緒に出来るはずです。
 極端に言えば、体重別を採用しているスポーツも言葉を変えれば障害者別と言えるのではないでしょうが?
 要するに、健常者であっても、同じ階級でできないと言う発想は成長の差別という事だと思います。だから、そう言う階級別の競技をするのであれば、当然身障者もそれなりの階級を作って一緒にやるべきだと思います。
 それがおかしいと言うのなら、それは単なる健常者の思いあがりだと思います。他のスポーツでも、バスケットやバレーボールのように背が高くない人は始めから参加できないものがありますが、あれくらい人を馬鹿にしたスポーツは無いと思います。
 それなら背の低い人も出来る様にゴールポストやネットを身長別にすることがあっても良いように思います。
 身障者の方にそうした体に合わした配慮があるというのも面白いのじゃないでしょうか。だからその中間の身長別があっても当たり前のように思います。

 スポーツの種類によって階級差が有ったり無かったりというのも何だかスッキリしませんが、
それと同じ気持ちを身障者に味合わしているのが、パラリンピックのような気がするのです。

 身障者の人健常者が当然の如く一緒に楽しむ為には全部一緒にした階級別にすれば良いのではないでしょうか?
 一つのスポーツにはすべて、身体能力に合わせた階級別があって一緒に大会が開かれるのが当たり前の世界になれば、オリンピックとパラリンピックなどという分け方は無くなるでしょう。
当然、両者混成になる場合も出てくるでしょうし、身障者の人が強い場合も出て来る事もあるはずです。

それが自然になるべきでしょう!

20001023日月曜日  第409話  田中康夫長野県知事

 第404話で取り上げた、長野県知事の当選した田中康夫(44)さんがサンデープロジェクトに出演していました。
 正直言って、私は、あの有名な「何となくクリクスタル」等田中さんの本を読んだ事はありません。TV出演しているのを見て、チャラチャラしているように思えてどちらかと言えば嫌いな方でした。
 少し、「あれ!この人は少し見直さなければならないのかな?」と思ったのは、阪神地震の時に積極的にボランティアに参加したのを知ってからでした。それでも好きになったという事は無かった。
 しかし、今日のTVを見て、その熱の入った真摯な語りに接して、「これは本物かもしれない!」と感じさせられました。

 それにしても、田中さんの言葉によると長野県というのは長い間の官僚政治でその澱がたまっていたということが良く分かります。企業でさえその硬直した政治に膿んで田中さんを担ぎ出したということだそうです。
 選挙での妨害も色々有ったようです。担ぎ出した企業に街宣車が来て「四流作家を担いで…」というようなことを言いながら企業の周りを回ったりしたそうです。
 他にも、「宮殿と言われるような知事公舎や5千万円もするようなセンチュリーが知事と副知事の公用車で、その次の車が天皇陛下がこられた時用だ」とか、色々その驕りを表すような事があったそうです。
 田中さんは知事公舎にも住まないし、車も処分するそうです。他に、携帯電話が良く切れる高速道路にアンテナを立てるようにNTTに申しこむ、列車が止まっても広報をしないJRにもその対策を申しこむ等、結構面白い事も言っていました。
 このあたりは、そんなに大きな事じゃないかもしれないですが、その言葉の後ろに、「この人なら本気で長野県を変えるだろうな!」と思える情熱が感じられました。
 折角選んだやる気のある田中さんの足を引っ張る事の無いように長野の人に頼みたいですね。
 トップがやる気になったら何処まで出来るかの良い手本になって欲しい物です。

 田原総一郎さんが、今回の長野を見て、全国に「これではいけないという県がどんどん増えてくるのじゃないでしょうか?」と言ってましたが、賛成ですね。やっと変革の時が近くなってきたのかもしれないです。
 
第185話でも取り上げた知事の四天王に田中さんが加わって、何かが変わって来るのではないでしょうか!

もしかしたら、期待できるかも!

 しかし、その後に出てきた与党自民・公と野党民主・共産の幹部たちが、本当にやるべき大事な事を放っておいて、非拘束名簿方式とかいう分けの分からない選挙制度で喧嘩しているのを見ると、ヤッパリ駄目かな!
 それにしても与党のあのごり押しは何を考えているのでしょうか?国民の為と言っていますが、だれがそんな事を望んでいるというのでしょう、自分達だけじゃないですか。
 あそこまで狂ってくると、今度の参議院選挙は楽しみかも…。それでも与党が勝つようなことがあれば日本人は世界の笑い者ですね。

20001024日火曜日  第410話  教育国民会議

 第405話で少し触れました子供にボランティアを強制的に義務付ける政府の目論見が気になっていました。
 実の所私は、今までボランティアをした事がありません。人のことより自分の事が精一杯というのが本音の所だと思います。それに、人様に奉仕するほど立派な人間じゃないという思いもあります。
 確かに、昨日の長野県知事の田中さんのようにボランティアを実行している人を見ると感心しますが、自分がやろうという気にはならないです。その前に自分の事さえ出来ないくせにとの忸怩たる思いもあります。このあたりが、自分の限界かなとも思います。

 それだけに、強制的にボランティアというのにも何処か引っ掛かりを感じるのです。ボランティアという言葉自体が自主的という意味があった筈です。強制的と自主的という事葉は全く正反対の意味のはずです。そう考えると、ヤハリこれは何かおかしいと思えるのです。

 ボランティアは素晴らしいと思いますし、それ自体には先ほども言いましたように感心する事はあっても反対する気はありません。しかしそれは、個人の他人を思いやる自然な心の発露であるべきものであって、他人に強制されるものではないはずです。ましてや、教育の中で強制的と言うのはボランティア事態を冒涜する事になるのではないでしょうか?

 本当の教育とは、ボランティアの心を自然に持つことが出来る様にする事であって、させる事ではないと思います。きれいごとかもしれませんが、どうしてもそう思えてならないのです。

 そんな疑問を持っていたのですが、丁度サイト巡りの中で面白いものを見つけました。ある掲示板の書きこみにあったのですが、首相官邸教育国民会議分科会の議事概要/議事録/配付資料資料一覧一人一人が取り組む人間性教育の具体策に「1.子供への方策」「2.大人や行政が主体となって家庭、学校、地域で取り組むべきこととして」というのが紹介されていたので早速見に言って見ました。
 良いことも沢山ありますが、「えっ!何だこりゃ」というのもありました。そこで、
第1分科会--人間性--第2分科会--学校教育--第3分科会--創造性--と読んでみました。

 その意見は私がこの部屋で主張してきたことを見事に現してくれていると思います。それ自体は反対するようなものではないと思うのですが、何で先ほどのような結論が出てくるのかが不思議な気がします。考えることは同じでも、その手段というのは違ってくるものなのでしょうか?

難しいもんですね!

 久し振りに投稿がありました。ノイマンさんという方からですが、偶然にも「第3分科会--創造性--」の中に関連したことがありました。参考にして見てください。

20001024日火曜日  第411話  消費税

 久し振りに消費税というものの腹立たしさをを意識しました。

 パソコンの部屋の第129話で書きましたが、メモリーの大幅な値下がりに物欲をそそられ思わず買ってしまったのです。
 暫くは、高値が続いていたので諦めていたのですが、128MBが9,000円を割った、256MBも20,000円を割ったとのサイトの情報で、いずれ必要になるので今のうちに買っておこうと思ったのです。
 もう少し下がりそうでしたが、そう思って我慢しては値上がりしてしまって買えなくなったことが何度かあったので今回買ったことは別段後悔は無いのです。
 ところが、ここで消費税に騙された気分になってしまったのです。日本橋を回って少しでも安く買おうと何軒かのショップを回り、その中で一番安いところで買ったのです。
 値段表は消費税抜きで書いてあるのは分かっているのですが、128MBが8,850円、256MBが19,780円と書いてあるのを見ると、「ヤッタ!遂に大台を割っている。今こそ買わなきゃ!!」と飛びついたのです。
 支払う時に実際の値段は、これに5%の消費税ということで9,292円と20,769円になってしまって結局は大台に乗っているのです。分かってはいるのですが、何だか騙されたような気分になってしまいます。
 パーツの値段も消費税込みで表記して欲しい物ですが、敵もさるもの、そんなことはしません。所詮、勘違いした方が悪いのですが何だかスッキリしませんね!

 大阪では、電機店のTVCMで漫才師が「チユーとハンパな値段はつけません!」とやっていますが気分的には歓迎ですね。是非とも全ての値段は消費税込みで表して欲しい物です。後から5%足されるとどうも気分が良くない。皆さんも、そんな気持ちを経験されているのじゃないですか?

 日刊工業新聞2000年(平成12年)10月24日(火曜日)のコラム「産業春秋」に、「森首相に人気回復と景気回復の「秘策」を伝授しよう」と言ってそんな気持ちを代弁するような提言がありました。

 …略

 それは消費税5%を3%ないし0%に引き下げ、そのまま2年くらい据え置くことです。景気を自立的回復軌道に乗せるためのカギは、個人消費を刺激することにあります。

 これは全くその通りでしょうね!この中でも言っていますが、日本人はお金を持っているが、それを使う気にならないのです。そごうの閉店セールや巨人の優勝セールが大変な人気だったとも言っています。
 要するに、日本の先行きの不安が財布の紐を締めているので、何らかの刺激があれば使うお金はあるのです。その手段の一つが消費税の引き下げということです。
 間接税の必要性はあるでしょうが、それは税金が正しく使われていると言う前提があって初めて払う気になるものだと思います。
 政・官・財の癒着によるたかりで無駄遣いをされている税金を無くする努力をすれば消費税分なんかすぐに浮くはずです。

所詮は、政治次第ですね!

20001026日木曜日  第412話  行き詰まり

 第406話等で取り上げてきた太陽光発電の業界で不祥事が起こりましたね。三洋電機の子会社が何年も前から公表した能力より少ない発電量のパネルを出荷していたと言うものです。
 二年ほど前から、抗議が上がってきていたのに社長には問題ないと報告されていたと言うことです。そしてその社長が責任を取って24日に辞意を表明しました。
 こんな事で太陽光発電の普及が遅れる事にならなければ良いのですが…。

 今年になって「雪印」「三菱自動車」「ブリジストン」、今回の「サンヨー」、倒産した「そごう」、そしてついこの間の「ダイエー」問題と、日本の大企業の不祥事が目白押しです。
 ちょっと思いついただけでもこれだかあるのですから、一体どれほど同じような問題を抱えた企業があることやら…。

 ここに上げた企業に共通するのが、経営トップに本当の情報が伝わっていないのではないかと言うことです。伝わっていて、判断が間違ったのかもしれませんが、いずれにしても、日本有数の企業ばかりでこれほどの問題が起こっているということは何かありそうな気がします。

 「そごう」や「ダイエー」は創業者の超ワンマンによる情報の遮断があるでしょう。その他の企業は、想像ですが、ワンマンというより大企業病の蔓延がその原因の大部分を占めているような気がします。
 その原因は何にしろ、トップに本当の情報が伝わらないという同じ結果につながっているのだと思います。
 この部屋で取り上げてきた、上しか見ない管理職とか、現場を見ない管理職、組織の都合優先による顧客のないがしろ、情実人事などあらゆる問題が組織の風通しを悪くして、本当のことを誰も言わなくなってしまったということだとおもいます。

 要するに、日本的経営の典型である神輿型経営の行き詰まりということでしょう。市場が右上がりの時代にはその程度の経営でも何とかなったが、成長が見込めない今の時代には、何の力もない、内部事情だけでトップに着いたような人間にはどうしようもなくなってきていると言うことだと思います。
 創業者にしても、創業当時のパワーがなくなっているのにいつまでも祭り上げられて気がついた時にはどうにもならなくなっていたということではないでしょうか?
 一人の人間が、いつまでもトップに君臨できるほど世の中甘くないと言うことでしょう。

 ここにきて、青色レーザーの中村さんやあのノーベル賞の白川さんやマラソンの高橋さんなど異端者が脚光を浴びているのも、本当の力を持った者が本当の力を発揮する時代が来ているという象徴のような気がするのですが…。
 今こそどうにもならなくなった政・官・財など旧来の日本の常識が見直されるべき時なのです。何といっても、ここまで日本をおかしくしたのは時代に合わなくなった旧来の常識なんですから。

希望的観測ですかね!

20001027日金曜日  第413話  千葉すずさん

 千葉すずさんがとうとう引退しました。23日にファックスで所属のイトマンに連絡したそうです。今後は、アメリカ・ロサンゼルスの「スイミングキャンプ」で指導者となるそうです。
 足の引っ張り合いの日本より、アメリカでの方が彼女のためには良いかもしれませんね。相も変わらず、優秀な人は海外へということでしょうか…。
 日本水泳連盟の分けのわからない選考基準の為にシドニーに行けませんでしたが、あの若さで労害の日本の組織に対して投じた波紋は、後進の選手にとって無駄にはならないと思います。
 きっと向こうで、才能を活かして生きていかれることでしょう。

 さて、もう一人主役サッカーのトルシェ監督ですが、協会がオリンピックの成績について分析していると聞いて、むくれているそうです。
 散々もめた挙句にワールドカップまで任せるといいながら、「何で途中の成績を分析したりするのか?」というのが言い分だそうです。もっともなことだと思います。
 水練といい協会といい、どうして、こうも日本の組織というのはどろどろしているのでしょうか?人の欠点ばかりを探し、足を引っ張ることに明け暮れている。所詮は日本の社会の縮図ということなのでしょう。

 昨日も言いましたが異端者(日本でだけ)が受け入れられずに、イエスマンばかりが傷のなめ合いをしているような社会では本当の人材は育たないのじゃないでしょうか。

本当にこの国は変われるのだろうか?

 非拘束名簿方式が成立しましたね、これで来年の参院選で与党が勝ったら日本人は世界の笑い者でしょうね!

 どこかでこれは公明党の陰謀だと書いていました。最後に笑うのは公明党との事でした。いよいよ日本の先行きは…?

20001028日土曜日 第414話  NTT

 デジタル加入者線(DSL)サービスというインターネット接続がアメリカで始まったと聞いてからどれくらい立っただろうか?今の電話回線が使え、スピードもISDNの何倍も速いとの事だったので、「日本でも出来れば良いのになぁ」と期待していました。
 去年くらいに日本でも始まるような発表があったが殆ど広まっていないようなので「どうしたのかな?」と思っていましたが、ヤッパリ原因がありました。
 そうですあのNTTです。自分のところの回線を使って競争相手が発展するのがいやで邪魔をしていたらしいのです。

 第372話などで何時も言ってるように、NTTは自分達が日本の国の足を引っ張っているという自覚がないのですね。DSLなんかは、本当はNTTが最初に始めるべきことなのに、他社に先を越されたら今度は邪魔をするとは何とも情けない。
 競争相手を止めておいて、その間にIP接続を広めようとしているのでしょうか?そのIP接続もちっとも安くないし、何処まで自分の利益しか考えないのでしょうか?

 森総理が一生懸命になっているIT革命もNTTの接続料には全く触れないし、一体この国は何処までズレているのでしょう。光ファイバーなどハードがどれだけ出来ても、その料金が今のままでは何にもならないのが分からないのでしょうか?
 
第411話でも述べたように、適切な料金というのが無い限り消費者は飛びつかないのですから。

 

 そんな現状を現す面白い記事が、日刊工業新聞2000年(平成12年)10月25日(水曜日)にユニクロの敵は「ケータイ」!?という題でありました。

 ・・・略

 通信コスト増で消費への影響大 女子中・高生

 「小売の最大の敵は携帯電話、パソコンの普及による通信費の増大」(百円ショップの社長)

 「通信コストは女子中・高生の買い上げ減少の原因になっている」(有賀馨良品計画社長)」

 総務庁の調査でも、8月の全国全所世帯の消費支出は実質5.0%減。これに対して通信費は実質5.2%増。勤労者で見ると消費支出は2.9%減、通信費は4.6%増と同様の傾向で、通信費が支出の減少とは反比例して増加している。通信費は平均で1万円程度だが、コンビニやカジュアル衣料専門点ユーザーでは、全体に比べ大きいと見られている。・・・以下略

 以前に第202話でも取り上げたことがここでも証明されています。NTTが一人勝ちして日本の経済の足を引っ張っている事は間違い無いでしょう。
 あの流通業界で飛ぶ鳥を落とす勢いのユニクロでさえ勝てないのですから他の企業が勝てる訳は無い。
 それが、競争によってもたらされたものならある程度は認めなければならないでしょうが、実質独占企業が自分の会社の都合で決めた料金を通しているのです。
 要するに、昔からの官庁のコスト積み上げと同じ考え方である。つまりは公社時代の体質のままという事であり、そこには消費者という発想がないということである。
 一生懸命国民の為にコストを下げて、世界と競争できるようバックアップすべき企業が逆に足を引っ張っているだけなのである。所詮、親方日の丸の意識が未だに抜けてないということでしょう。
 以前にも述べましたが、多分NTTは遠からず没落して行くと思います。何故かというと、独占のあぐらをかいている間に全く別の通信方法ができたらその時点で競争力を失ってしまうからです。コストダウンの努力をしていない企業の末路はどこでも同じだと思います。

森さんもIT革命をいうならNTTを何とかしてくださいよ!

20001029日日曜日  第415話  銀行

 この部屋を読んでいただいた方はよくお分かりだと思いますが、私がNTT以上に嫌いなものに銀行があります。
 NTTは父も兄も勤めていましたので、私もNTTに育てられたと言っても過言ではありませんし、それなりに愛着もあります。それだけに嫌いと言っても心の底ではNTTに頑張ってほしいという気持ちがあるのです。
 しかしながら、銀行には何の恩恵も受けていないと思っています。それどころか、私のわずかな税金も、得るべき金利も彼等によって掠め取られていると思っています。
 子供の頃から、預貯金というものは大事なものだと教えられ、無駄遣いをしないことが美徳と育てられてきたので、未だにケチが抜け切りません。
 その預貯金が大事というのは利子というものも大きな意味を持っていたことは間違い無いと思います。私等は生来仕事嫌いなので、宝くじでも当ったら利子で生活したいものだと何時も思っていましたが、今やそんな夢も持てないのですから。

 こんなささやかな夢さえも奪ったのがあの銀行なのです。そんな責任感の欠けらも見せずにゼロに近い金利と公的資金に胡座をかいている銀行の経営者を見ると、「あんた達には人間の心があるのか?」と問いたい。
 おとなしい日本人だからそれで通っているが、外国だったらあんた達はとっくにリンチにあっているかもしれませんよ。リンチは極端としても経営責任を問われて刑務所生活は間違い無い所でしょう。

 そんな私の気持ちを代弁してくれるような記事が、日本経済新聞2000年(平成12年)10月27日(金曜日)のコラム「大機小機」に「生ぬるい銀行のリストラ」としてありました。

 …略

 ところが銀行はじめ金融機関は、巨額の不良債権を発生させてもだれも責任をとらない。資本増強のために公的資金まで投入しても、責任意識は経営陣から産まれてこない。…中略

 東京都の銀行課税に銀行は裁判で対抗しようとしている。それも結構だが、とるべき責任をとったうえで。やって欲しい。  (時習)

 どうです久し振りに小気味のいいコラムです。この中で、リストラが製造業に比べたら生ぬるいとも指摘しているが、その通りだと思います。
 
第407話でも取り上げた外形標準課税の裁判に対する考えも同感できます。こういう国民感情が分からないことに問題があると思うのですが、そんな庶民の感情なんか耳に入らないのでしょう。きっと、銀行のエライさんは最初から庶民なんか人間として相手にしてないのでしょう。
 それにしても、これだけ国民の犠牲の上に立っている自分達の立場を全く反省しようともしないのはいったいどうしたわけなのでしょう。人間として恥を知って欲しいものです。

 この国が先の見えない重苦しい閉塞感に陥っている原因の大部分を政治と伴に占めている事は間違い無いのですから…。

どう考えても腹が立つ!

20001030日月曜日  第416話  ヒラリーさん

 サンデープロジェクトに石原都知事が出演

 石原さんは、北朝鮮の高官が「日本の政治家は金を渡せば何でも言いなりだ」と、外国ジャーナリストに言ったという話をしていた。中国にもそういうコネクションがあると思うのが自然だろうと嘆きながら言っていた。
 そこまで、日本の政治家(自民党の一部)は堕落しているのだろうか?田原総一郎さんがそれは本当は言いたくないが売国奴ですねと言っていたが、まさしくその通りでしょう。
 何だかありそうなことだけに悲しいですね。

 さて、もっと興味深かったのは大統領婦人であるヒラリー・クリントンさんのニューヨークでの上院選挙でした。
 現役のファーストレディが上院に立候補することは史上初めてだと言うことですが、番組を見ているとそんなことは大して大事なことではない事に思えました。 
 と言うのは、アメリカでは思ってるほど女性の地位が高くないと言うことが取り上げられていたからです。政治家の数も案外少ないようです。企業での地位も思ってたほどではないそうです.尤も日本ほどではないですが…。

 そして、ヒラリーさんが、現役のファーストレディであり、その能力もクリントン以上と認められていながらなかなか支持率が上がらないで苦戦しているのには、政治は男のものだというような意外とも思える保守的な背景があるということです。
 これは、私も誤解していました。もっと女性の社会進出に行為的な国だと思っていただけに、ちょっとショックでした。
 ヒラリーさんは14歳の時にキング牧師に傾倒し、その暗殺のときに学校で泣きながら本を壁にぶつけたそうです。そして、大学を主席での卒業式のときに共和党の議員の発言に怒って壇上にたって反論をしたら卒業生の拍手が暫く鳴り止まなかったなんてエピソードを聞くとその強さに感心させられます。
 そして、ファーストレディとしてクリントン大統領の数々のスキャンダルに耐えたことにより全米の信頼を勝ち得たということらしいです。それでも苦戦しているのです。

 そして、本当に驚かされたのは、今回の上院選挙に勝った場合、時期大統領選挙の一番の候補者になるだろうと言われているということでした。それほど、実力は認められているということだそうです。即ち、アメリカの最初の女性大統領の可能性が高いということです。
 それだけに、共和党が必死になって当選を阻止しようとしているというということらしいです。

 これは面白いですね、こうなると是非ヒラリーさんに勝って欲しいですね。そして、大統領になってもらいたいものです。その頃には日本では、田中真紀子総理だったりして…。

どうなるか楽しみですね!

20001031日火曜日  第417話  非拘束名簿方式

 第413話でちょっと触れましたが、何だか知らない間にという感じで非拘束名簿方式が成立しました。
 これほど国民をないがしろにした事件もチョット珍しいのではないでしょうか?自民党・公明党・保守党の与党が、来年の参議院議員の選挙で過半数を割ることを恐れてなりふりかまわずごり押しで通したと言うことです。
 TV討論も何度か見ましたが、全く理由になってない。結論が先にあって、それに対して詭弁を弄するだけだったのは余りにも見苦しかった。口を開けば、国民の為に選挙制度を変えると言っていたが、いったい誰がそんなことを望んでいるのか?馬鹿にするにも程がある。

 早くも、あの高橋さんの小出監督に自民党から出馬の打診があったそうです。さすがに小出監督は、「私は高橋の世界記録を狙っているので、出ません」と断ったそうです。
 ここまで恥じ知らずなら、噂の長島監督にも本気で声をかけているかもしれないですね。しかし、もし出馬要請に応じるような有名人がもしいたらお目にかかりたいものです。もしいたとしたら、多分その人は今まで培ってきた自分の名声を捨てることが分かっていないのだと思います。
 国民にしても、もしそんな人を選ぶとすればもうこの国を諦めていると言うことでしょう。そんなことが起こるとも思えませんが、常識では考えられない国民でもあるだけに、何が起るか分からないところが怖いです。

 それにしても、高橋選手の国民栄誉賞、柔らちゃんの総理大臣顕彰、白川名誉教授の文化勲章と他人の人気や名誉に乗っかることしか思いつかないのでしょうか。
 その発想は、今回の非拘束名簿方式と全く同じであることは明らかでしょう。情けないというより、いよいよ日本も終わりと言う気分です。
 もし、救いがあるとすれば、ここまで馬鹿なことをやった与党を国民が見放すことを来年の参議院選挙で実行したときでしょう。
 そうなれば、今の政府与党のバカな行動も日本を救うことになったとして将来において評価されることになるかもしれないです。

本当にどうなることやら!

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