団塊の世代の部屋16

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 2000111日水曜日  第418話  人口問題

 第258話でも取り上げましたが日本の人口はこのままでは21世紀に半ばには1億人を割るといわれています。
 
団藤保晴の記者コラム「インターネットで読み解く!時評「少子化対策で政治にできること」にも取り上げられているように先進国では少子化の問題ですが、世界全体で見れば人口増の方が大きな問題でしよう。食料から環境に至るまで地球上のあらゆる問題の根源には人口増があるようです。
 話しは飛ぶようですが、人種によってその許容範囲は違うそうですが、基本的に人間というものは他人との安定した距離というものがあるそうです。日本人は、アメリカ人よりその距離が長いというのをテレビで見たことがあります。せいぜい数Mの話ですが、それでも人口増は人と人との距離が縮まるのですから余計な軋轢も生むでしょう。戦争なんかもその延長のような気がします。

 日刊工業新聞2000年(平成12年)10月30日(月曜日)のコラム「産業春秋」にも「21世紀の難問は、なんといっても人口問題だろう。世界の人口は、2050年には現在の56億人から倍増の百億人を突破するというのだから尋常ではない…以下略」とあった。

 そこで思い出したのですが、雨漏り実験室からの戯言の中の途上国に娯楽・メディア機器の援助をを見て、テレビやラジオなどが人口抑制に効果があるというのを知りました。
 なるほど、思わぬことが影響するのだということを教わりました。そういえば、日本で少子化が問題になってきたのもそんな所にも原因があったのですね。

 これを見て思いついたことがあります。それは皆さんもご存知だと思いますが、電池の要らないラジオがあるのです。
 それは、ラジオと発電機をいっしょにしたもので、ハンドルを手で回して発電をすることによってラジオが聞けというものです。
 これなら電気のない途上国でも電池なしで使えます。日本でも災害で停電になったときでも使えるという事で防災用具として売られているようです。サーチで探してみたら2件ヒットしました。

 手まわしくん(手回し発電式ライト付ラジオ)ソーラー自家発電ラジオライトです後者に至っては太陽電池付です。どうも製造元は中国のようです。

 これらを、途上国に娯楽・メディア機器の援助をで提案されているように途上国へ援助すれば電池の心配もしなくてすみます。それ故に資源にも優しいといえるでしょう。ランニングコストも要らなくなるので一挙両得だと思います。
 その上中国製なら中国の発展にも寄与することになるでしょうから、両得以上になりそうです。
 それと、ここで
第353話などで何度か取り上げたソーラー発電を実行すれば、いよいよ日本は世界から感謝されるでしょう。同じ金を使うのなら世界から感謝される方が良いじゃないですか。

森さんやりませんか!

2000112日木曜日  第419話  日本学士院賞

 第393話の「青色発光ダイオード(LED)」の中村修二さんや第400話のノーベル賞の白川英樹・筑波大名誉教授は、日本ではその研究に見合うだけの正当な評価を受けていたとは言い難いということ述べてきました。
 それは、
第403話第412話でも述べたように異端を認めようとしない日本の陰湿な土壌があるのは間違いないでしょう。
 異端というのは余り言葉の響きが良くないですが、これこそ本当の個性と言えるのではないでしょうか。
 これからは個性の重視が必要であるといわれるが、実際にはまだまだ異端視されるのが現実です。
 
第410話で取り上げたように教育問題を考えると言いながら結局は大人に都合の良い子供に育てることになってしまっているようである。所詮、日本の功成り名を遂げた著名人を集めて教育国民会議なんてものを作っても、出て来るものは子供を型にはめることになってしまっているような気がします。なんと言ってもご本人達が日本の組織の中で生きてきたという事に限界があるように思われます。

 先月から、日本経済新聞で「教育を問う」というコラムが始まっています。今は「第1部 日本が沈む」との題で続いています。
 興味を持って読んでいますが、2000年
(平成12年)10月31日(火曜日)の9回に「人物二価」として上記に関係のあるところがありました。
 それは「日本学士院賞」という賞で、白川さんや同じノーベル賞の利根川進・米マサチューセッツ工科大教授も貰っていないのだそうです。

 …略

 「白川さんが候補になったことはない。実力者を頂点とするピラミッドからはじき出された研究者は選ばれにくい」…中略

 学士院賞は国内の学者の「仲間内の評価」で決まり、ノーベル賞は「研究内容」で決まる。…中略

 世界的な研究者の多くが日本に帰ってこない。人材の評価に「内外価格差」があるからだ。…以下略

 成る程、ヤッパリこんな世界があるんですね。「仲間内の評価」とは内向きの日本の組織そのものです。日本の会社の体質と全く同じです。
 それにしても、今度の白川さんのノーベル賞受賞決定の後の文化勲章を見ていると、そこまで恥じも外聞もなく後追いをできるものだと感心します。
 何度も言いますが、自分達で正当に評価できる社会であって欲しいものです。何時になったらそんな時代が来るのか?こんなことばかりやってると、本当にまともな人は海外へ出て行ってしまうことになりかねない。気がついたら、バカな政治家と、官僚だけが残っていたりして…。そうなったら面白いですけどね!
 それでも、あのオリンピックで世界に通用する活躍をした女性達を見ているとそんな希望が持てそうに思います。それには、そんな女性達が、古い体制にしがみついただらしない男性以上に活躍できる社会になる時を待たなくてはならないような気がします。

何時になることやら!

2000113日金曜日  第420話  IT基本戦略

 第387話でも取り上げたように何時までたってもインターネットの接続料が安くなりそうもないので、NTTに文句ばかり言っていますが、少しずつ時代は動いているようです。
 
第414話で触れたデジタル加入者線(DSL)サービスでのNTTへの公取の捜査や、電柱の使用許可が認められることになりそう等NTTへの風当たりが少しは出てきています。
 余りにも遅い対応ですが、動かないよりはましでしょう。

 そして、読売新聞 2000年(平成12年)11月2日(木曜日)が森内閣のIT基本戦略の原案が明らかになったのを取り上げていた。久し振りに「本当かいな?」と思わせる嬉しい発表でした。
 それは、「2005年に全ての家庭に世界最高水準のインターネットの常時接続を、世界最低水準の価格で提供する」というものである。
 夜のTVニュースでは、1.一年以内に低料金を実現する。2.五年以内に1千万世帯に高速回線を繋ぐと言っていました。
 これです、この言葉を待っていたのです。なんと言っても価格にやっと触れられたことを評価します。今までは、ハード面や教育面などのは触れていましたが接続料には触れられていませんでした。
 いくらハードが整備されても、コストが高いのでは何にもならいと心配していたので、この発表は久しぶりに評価できます。後は是非実現させてもらいたいものです。

 それにしても、IT戦略会議の議長が出井伸之ソニー会長で、ソフトバンクの孫さんもメンバーには入っているのに、なんでハードの話ばかりなんだろう、ヤッパリ政治家や官僚には歯が立たないのだろうかと心配していたのですが、流石にやってくれましたね。

少しでも早く実現されますように!

2000114日土曜日  第421話  権利意識(土地)

 昨日触れた電柱の使用許可の件で、掲示板に、ころさんから書きこみを頂きましたが、それによると電柱一本建てるのに20万円かかるそうです。
 それと建てる場所の土地所有者に設置料を払うわけですね。そう言えば私の家にも電柱が一本建っていて何がしかの使用料が入っているようです。いくらだったかも覚えていませんし、初めはそんな物が建っていることも気が付きませんでしたが電力会社かNTTかも忘れましたが契約に来て「そんな契約があるんだ!」と知りました。
 ころさんの言うように権利を主張することができることも知りませんでしたし、反対もできないものだったと思っていました。

 それにしても、あの電柱資産価値は莫大でしょうね!その償却費もバカにならないものがあるでしょう。それの使用を許可するとなるとその許可料も当然取ることができるのでしょう。そうすれば、結構コストダウンになるのではないでしょうか。
 尤も、NTTにすればそれを使わせることによって起る料金競争の方が影響が大きいので法律を盾にして邪魔していたのでしょう。
 それが使えることになれば、競争による料金の値下がりは我々消費者に大きな恩恵をもたらしてくれることになることでしょう。
 しかし、日本には我々の知らないこういった法律が沢山あって、それが規制緩和を阻んでいるようです。
 その上、ころさんが、日本人の権利意識はメチャクチャ強いと言ってましたが、そんな権利があることも知らない人が殆どでしょう。へんに知ると欲が出るというところではないでしょうか。この当りにも日本の「言った者勝ち」の体質が現れているように思えます。

 そんな権利意識が高速道路や空港などの公共施設の建設費用を天井知らずにしている面があることも確かです。
 
第111話でも述べましたが、権利を主張する裏には責任が伴うはずです。自分さえ良ければの権利意識が日本のコストを上げているのです。

 公共施設に必要な土地は最悪でも路線価で提供しなければならないような法律が必要かもしれません。
 どなただったか忘れましたが、「本当は、土地は全て、国のものであり、今使っているのは仮であって、公共施設に必要な場合は、無条件で提供することに反対できないという法律があってもおかしくない」との主張をされていた方がおられましたが、その通りだと思います。
 規制ばかりの法律でなくて、こんな根本から国の形を変えるような法律を作ることが大事なのではないでしょうか。
 日本のコストを上げているのは、下がってきたとはいえ土地の値段が一番大きいのですからそれが無料となればコストの大部分が要らなくなります。
 これができれば、高速道路も大幅なコストダウンができることになり、全線無料ということもできるのではないでしょうか。当然、電柱も公共の物という事になるでしょう。

 大きく言えば、日本の国をここまでの借金国にしたのもバブルの元凶も所詮は土地の値段だったのは明らかです。
 だから、こういう法律ができると公共投資も大幅にカットできることになり、国家予算も現在の何分の一かで済むことになるでしょう。全ての公共料金は大幅に値下がりすることになります。
 その代わり、国も情報の開示が前提になります。そして皆が納得できる徹底的な議論も必要でしょうし、そこに利権に群がるようなことがあっては全てが駄目になるでしょう。
 
 結局、権利を主張して儲けたと思っていても回りまわって自分にも降りかかることになると思います。

権利の主張は程ほどに!

2000115日日曜日  第422話  目利き能力

 この部屋で人事について、何度も取り上げてきました。こんなテーマを書くということは、私自身が現在それなりの不服を持っているという事は当然見透かされているでしょう。
 最近は、それにも慣らされて諦めの境地に入っていますので結構気楽にやっています。どう足掻いても会社が変わらないのであれば、飛び出さない限りはその中で楽しくやるしかないと達観することにしました。
 とは言うものの、人間の感情なんてそう簡単に押さえられるものじゃないですね。何だかんだと気に障ることはあります。
 我慢!がまん…!

 そんな心境のためか最近は、人事問題の面白い記事にも余り出会わなかったような気がします。
 ところが、久し振りに2000.11.4◆週間東洋経済のコラム「経営改革入門」に報酬制度改革1、年功的人事慣行の払拭、「現場の管理職を人材の目利き役に」として面白い記事がありました。

  …略

 年功的運用に伴う、目立たないながらも重要なもう一つの問題は、人材の目利き能力のある管理職が育たないことである。

 どの組織でも、誰が見ても高い業績を上げる人材は二割程度しか存在しないといわれる。この二割を、管理職が地道に選び出す週間の根付いている組織では、年功的慣行は存在していない。入社年次といった形式的基準を廃し、現場の管理職に、社長になり代わって人材を選び出す伯楽としての役割を与えることが年功制払拭の最短コースである。…以下略  講師 高野研一 ウイリアム・エム・マーサー コンサルタント

 そうです、これです、これがないのです。最近の大企業の不祥事は、戦後の右上がりの成長に乗って、社内営業の管理職がはびこってきたという事だろうと思います。
 それこそ、ここで言われている人材の目利きが育たなかったと言うことでしょう。本当の人材でなく社内遊泳の名人が引き継がれてきたことによる澱がたまって来て、どうにもならなくなってきているのではないでしょうか。
 当然、上に耳の痛いことが伝わるわけはなく、現場を知らないトップが裸の王様となり、いざというときに適切な手が打てなくなってしまったことが、最近の不祥事の原因の大きな理由の一つだと思います。

 この逆に、管理職が真剣に人材を選ぶ力を持ち実施しているような企業は風通しの良い組織として益々繁栄の道を突き進むことになるでしょう。
 しかしながら、それにはトップの意識が次第ということでしょう。トップが余程の覚悟を持っていないと無理でしょう。残念ながら、その逆の組織で育った人がトップでいるというのが大方の現状だったりして…。

 やはり、政・官・財全てが、戦後以来そんな組織になってしまったことが今の閉塞感につながっているのではないでしょうか?
 50年かかってたまった澱は50年かからないと変えることは難しいことなのでしょうか?

そうでないことを祈ります!

2000116日月曜日  第423話  

 今(5日夕方)法事から帰ってきました。そうです、が亡くなって丁度今日で一年経ちました。早かったのか、遅かったのかどちらともいえない一年でした。
 パソコンの師匠だっただけに、どうしても、パソコンをやってる時に思い出す事が多かったような気がします。ソフトの新しい操作法を覚えたり、ハードを増設したりと何かやる毎に「あ!これ兄貴におしえてやろう!」と思っては「そうか!もういないんだ!」と思ったものでした。
 それにしても、パソコンって誰かそばにわかる人がいないと面白さは半減すると思うのは私だけでしょうか?
 わからないことを聞くにしても、覚えた事を自慢するにしても、わかっている人がいないと少しも面白くないです。もっともっと話したい事は沢山あったのに・・・。

 サイト巡りは上級者ばかりで、今度はこちらがついていけないと言うありさまで、いまだにROMばかりです。下手にいじっては調子が悪くなるの繰り返しばかり、最初の頃は、自分でも知識が増えていくのが面白かったものですが、最近は踊り場に差し掛かったようで進歩が無い感じです。
 こういう時こそ、一緒に話し合える人が欲しいですね。

 このところ、PCやその他の事でも気のめいる事が続いてチョッと弱気です。今日は、私事ですみません。

 今週は明日から出張が重なるので更新が余り出来ないと思います。

2000119日木曜日  第424話  規制緩和

 第319話で取り上げたエアドウに対する大手3社の卑怯な値下げ問題ですが、何か良い方法はないのだろうかと思っていました。
 確かに、私の嫌いな銀行もそうですが、弱い所を潰していけば最後には大手だけの寡占と言う問題に突き当たります。その大手が、消費者の立場に立った経営をしてくれれば問題は無いと思うのですが、世の中そんなに甘くないようです。
 企業というか人間というものは競争相手がなくなるとどうしても楽をしようとするようです。つまり、努力をせずに、安易に値段を上げることにより儲けようとするのです。闇カルテルを組む事も少数の企業なら話もつきやすいでしょう。
 これじゃ、いくら競争原理を取り入れても最後には残った大手に牛耳られて、消費者の利益にはなりません。
 この部屋で、競争によって健全なところだけが生き残ればいいじゃないかと主張してきましたが、その点だけがチョッと不安でした。

 ところが、そんな危惧にこたえてくれる本に出会いました。何時もパソコンでお世話になっているharuhisaさんが貸してくれた『「規制緩和という悪夢」内橋克人とグループ2001 文芸春秋』という本です。

 アメリカのカーター大統領の時の航空業界の規制緩和での出来事から本当に規制緩和はばら色なのだろうかという疑問を提起しています。
 確かに、規制緩和初期には多くの航空会社が起こり航空運賃は劇的な値下がりをしましたが、やがて、体力のある大手に集約され返って規制緩和以前より高い運賃になってしまったそうです。
 エアドウと大手3社の話に通じるような結果です。やっぱり同じなのかとがっかりしました。ところが、救いがあるようです。
 それは所謂「独占禁止法」です。アメリカでも完全に機能しているとはいえないかもしれませんが、日本のそれよりはよほどしっかりしています。あのマイクロソフトを分割しようとしている事からもわかりますし、
AT&Tを分割したのもそうです。まだまだ完全ではないようですが、その努力は買えると思いますし、消費者の利益を守るためにも力を発揮してもらいたいものです。

 ところが、日本の現状の公取の情けなさではアメリカのような期待は出来ないですが、規制緩和が必要な以上、見張り機関の充実は絶対に必要です。
 特に何でもうやむやにしてしまうことが得意な日本では規制緩和と見張り機関が両方一体でないとアメリカの航空業界どころではない事になるでしょう。何たって、誰も責任を取らないのが当たり前の国なんですから・・・。

 どうやら、この国の人は権利の主張はしてもそれに対する責任をとろうとしないようなので、きちんとした法律をつくり、それを公平に運用する事しか解決は無いように思います。第421話で取り上げた公共事業に対する協力を求める事でもそれが必要なのでしょう。

人間の欲はどこでも同じですかね!

20001113日月曜日  第425話  加藤絋一

 先週は、兄の法事から親戚の結婚式の間に出張と個人的都合もあって暫く間が開きました。
 その間に、アメリカ大統領選挙の混迷があったり、
ヒラリーさんがニューヨーク州の上院選で当選を決め、いよいよ大統領への道を歩み出したようです。
 一方、日本の総理になって欲しい田中真紀子さんが
「自民党の明日を創る会」から「この会は加藤絋一さんの別働隊だ」と言って脱会しました。
 そして、その加藤さんはいよいよ森おろしを決意したようです。内閣不信任案が出れば、棄権するか、賛成すると表明して波紋を広げています。
 民主党の菅幹事長も、もし加藤さんが自民党を飛び出せば、総理に押してもいいと言っています。しかしながら、加藤さんにそこまでの決意はないように思えます。

 加藤さんも第370話でも取り上げたように、サンデープロジェクトでの発言を見るとかなりのやる気はあるようです。しかしながら、自民党の中でやる限りは限界があるように思えます。
 過去にも、
第74話で触れた橋本さんのように構造改革を目指した時、結局は族議員やマスコミによって引き摺り下ろされたようになりそうです。
 今度こそそんなことがないような総理大臣が出ることに期待したいものです。その為にはやはり自民党内では無理なように思います。
 所詮、自分の利権を手放す族議員はいないし、何時までも景気がどうのこうのといってる財界や国民、そして最大の敵マスコミが相手なのですから…。

どうなることやら!

20001114日火曜日  第426話  閉鎖性

 とうとうイチローの大リーグ入りが決まり、来年は日本のプロ野球はどうするつもりなんでしょう。
 佐々木、野茂、伊良部など個性派である日本の一流選手はみんなアメリカに行ってしまい、残るは球団に逆らわない優等生ばかりなりということにならなければいいですが…。
 優秀な選手が大リーグに挑戦することは個人的には大賛成ですが、それだけ日本のプロ野球が選手にとっては魅力がないと言うことにもなるのだと思うと複雑な気持ちにもなります。
 大リーグは力さえあれば誰でも受け入れてくれますが、日本のプロ野球は外人枠なんてのがあってとにかく閉鎖的です。外人であろうが何であろうが良いものを見せないとファンは離れていってしまうと思うのですが、どうもそんな考えはないようです。
 そんな障壁に守られた狭い枠の中では一流の選手は育たないのではないでしょうか、それが尚一層のファンの離反を促すような気がします。

 11月8日の天声人語でも触れていましたが、大リーグは佐々木投手を新人王に選びました。野茂投手についで二人目です。
 ところが日本では最初から外人には新人王の資格を与えていないそうである。この彼我の差は一体何でしょう。こんな差別をよく許しているものです。戦後の輸入関税と同じ発想なのでしょう。

 こうやって見ると、日本の社会の縮図を見ているようですね。何でも自分達の都合だけのルールを作り、都合の悪いものはできるだけ排除して仲間内だけで群れる。
 気が付いたときには、世界では通用しない日本だけでしか通用しない者ばかりが残ってしまっていることになる。

 2000年(平成12年)1114日(火曜日)の日経産業新聞のコラムSangyoメールにも日本で学んだ中国人が「なぜ米国へ来たかって。日本が嫌いなわけじゃないんだ。将来性を感じられなくなったからさ」と言ってって日本を離れアメリカへ渡ったことを紹介している。
 そして、
第393話でも紹介した、青色レーザーの中村修二さんがカリフォルニア州立大学の教授になったかたわら、アメリカにある日亜化学のライバル企業で研究をつづけることになったことにも触れ、「社員が意欲を持って働ける環境を造らないと、優秀な人材は日本から去るばかりである」と結んでいる。

 どうです、プロ野球も産業界も全く同じ現象ですね。以前にもどこかで触れましたが、優秀な人達はこぞって海外へ脱出して行ってしまうのではないでしょうか。
 気が付けば残ったのは要らない者ばかりなりということにならなければいいのですが…。今の体質を変えない限り現実になりそうな気がします。
 尤も、ぬるま湯は気持ちがいいのでなかなか抜けられないでしょうね!

ここはひとつ加藤さんに期待しますか?無理だろうなぁ!

20001116日木曜日  第427話  買い物袋

 単身赴任9年目ともなると「買い物なんか男のするもんじゃない」と思ってた私も、今じゃスーパーでの買い物も何のためらいもありません。
 一人分の惣菜に、カップヌードルと殆ど毎日同じようなものを買っているので、陳列場所も大体は知っています。
 いっぱしの主婦気取りです。夕方の値引き品も平気で買います。ああ!ここまで堕落するとは自分でも思ってもいませんでした。しかし、人間生きるためには恥じも外聞もありません。
 レジのおばちゃんも顔見知りです。声はかけませんがお互いに分かっているという雰囲気でしょう。
 さてレジを済まして、ビニール袋につめるのも慣れたものです。そして、両手に袋を提げて歩いて寮まで帰るのです。
 単身赴任以前だったらそんな人を見ただけでも「何じゃあいつは、かわいそうに!何とも情けない!!」などと思っていた私が平気で歩いているのですから慣れとは恐ろしいものです。
 それにしても、気をつけて見ているとそんな哀れな中年が結構多いです。皆、単身赴任族なんでしょう。日本の現実を見せ付けられているようで悲しいですね。

 さて、そんな私が日頃何とかならないものだろうかと思っていたのが、その袋を提げて歩くときの手にくい込むビニールの痛さです。買い物をした事のない人は分からないでしょうが、重いものを入れたときのあの痛さは持ったものでないと分からないでしょう。
 2リットルのお茶のペットボトルを2本に1リットルの牛乳パックなんかを入れたビニール袋を提げて10分くらい歩くのですが、その手に食い込む痛さに思わず何でこんなことしてるんだろうと思うことがあります。

 日刊工業新聞のコラム「製品開発に変革せまるユニバーサルデザイン」というのがあるのですがその2000年(平成12年)11月15日(水曜日)にヘルパーハンドルなるものが紹介されていました。
 それは、トライポッド・プランニングという会社の「ハンディ・ワーミィ」といって買い物袋用のヘルパーハンドルだそうです。先ほど言ったような重いものを運ぶ時に、袋の持ち手が手や指に食い込み痛みを感じるのですが、その荷重を分散し、傷みを防ぐものです。

 面白いものがあるものですね!やっぱり誰の考えも同じだったのでしょう。「女性が手提げ袋の持ち手にハンカチを巻く姿が多く見られた」のにヒントを得て作ったそうです。
 手になじみやすい丸い形状で
ABS樹脂製、280円で月3、4万個売れるヒット商品になったそうです。見つけたら買って見ようかな?

 それにしても、同じことを感じても凡人と成功する人の差はここにあるのでしょう。商売の種は誰にでも平等にあるが、気が付くかどうかとそれを実行に移す熱意の差で大きく違ったものになるのですね。
 考えさせられるなぁ!漫然と生きてる人間にはチャンスは来ない!

エジソン曰く1パーセントのひらめきを生かすかどうかですね!

20001117日金曜日  第428話  異才

 最近、第426話でも触れたように異質を受け入れない日本の体質を取り上げる記事がよく見られるようになったと思います。
 少しずつ、これはおかしいと思う人が増えてきたのか、それとも今まで沈黙を保ってきた人たちが発言し始めたのだろうか?
 多分、そんな記事ばかり見つける私が変わり者なんでしょうね。しかしながら、何度でも言いますが、こんな体質を変えないと本当に日本はこのままジリ貧になってしまうような気がします。
 人の評価を業績でなく好き嫌いでやってる限り、ダイナミックな変革は起こらないでしょう。好き嫌いと業績は何の関係もないことが、この国では受け入れられないのです。

 そんな私の言いたいことが、日本経済新聞夕刊2000年(平成12年)11月15日(水曜日)のコラム「ニュース複眼」にノーベル賞と「神の手」、「相互批判避ける学会に罪」として石器発掘の「神の手」と対比して取り上げられていました。

 …略

 日本の学界に固有の、独創性をつぶす体質が浮かび上がる。だれかが台頭してきたり、異才を発揮して大きく羽ばたいたりするのを極端に嫌う風土だ。学問の中身の議論ではなく、人柄や学科内での立ち居振舞いがあげつらわれる。
 みんなで出る杭を打ち、飛ぼうとする人を引きずりおろす。評価されるのは学界や大学での地位で、地位が権威となり、いつのまにか主流が形成される。…以下略
 編集委員 塩谷 善雄

 本当に学者の世界だけでなく日本中でこんなことが行われているのです。これが日本人の性格というのじゃ余りにも情けないし、将来の希望も無いように思われます。
 こういう体質が無くならないのは、戦前のしがらみから公職追放でせっかく若返った経営者が、結局は戦前の体質をそのまま受け継いでしまったと言うことではないでしょうか。それは、所詮日本人は何も代わっていないということかもしれません。
 その流れ出出世した経営者が今の日本を動かしている限り望みは無いのかもしれません。多分、これからも変わらないでしょう。

やっぱり、海外脱出しかないのかな!

20001118日土曜日  第429話  子育て

 昨日の続きになりますが、今まで、日本人の組織に埋没してしまったり、長いものに巻かれろなどの体質に、これまでも何度か触れてきました。
 それでは、どうして日本でそんな体質ができるのかというと
第41話などでも取り上げてきたように教育という面が大きいと思います。
 しかしながら、それじゃなんでそんな教育をするのかという疑問が残ります。それは、狭い国土と農耕民族ということも原因の一つであるように思います。所謂、村社会の相互監視ということでしょう。
 その上に、戦後に経済発展のために経営者に都合の良い教育をしたのですから尚更組織の言うままの人間になっていったのでしょう。挙句に、
第22話でも取り上げたような、経営者の好き嫌い人事が横行したのでは誰も逆らうものはいなくなってしまったということでしょう。

 日経産業新聞2000年(平成12年)11月15日(水曜日)コラム「Sangyoメール」に面白い説がありました。

 動物の中で人間の生まれ方は風変わりといえる。未熟な状態で生まれ、その後の生活の中で、人間としての資質を育てていく。だから、三歳までの環境がどう育つかに大きくかかわっているという。幼児の時に他人とのコミュニケーションがないと、社会性が身につきにくい。

 コーカソイド(白人系)に比べモンゴロイド(日本人など)はこの傾向が強いそうだ。だから、西欧では幼児も一種の独立した人格として育てるのに対し、アジア人は兄弟や大人の集団の中で皆が面倒を見ながら育てるという。…中略

 西欧流の育ち方をした人たちの社会と、アジア流で育った社会とでは、社会のあり方が大きく違うのは当然だろう。西欧社会では個人が強く意識され、個人間の競争が重視される。アジアでは個人より集団意識が強く、競争よりも強調が重視される。

 成る程、こんな説があるんですね。言われて見ればその通りかもしれません。その上に西欧とアジアの違いである狩猟民族と農耕民族も影響していると思います。
 それにしても、こういう背景があるとすると日本人が西欧のように個人の能力を重視することは難しいのでしょうか。
 確かに、組織にしたがって皆と同じように目立たないようにしていれば、それなりに組織が養ってくれるということもあり、ある意味ではその方が競争世界より生きていくには楽かもしれない。
 しかしながら、そんな日本的な考えは経済が右肩上がりの戦後や競争相手が国内主体の場合は通用したのでしょうが、嫌でも世界と競争しなければならない時代にはそんなにのんびりしているわけには行かないように思います。個人の能力を最大限活かすような社会でなければ世界から取り残されてしまうでしょう。
 そのためには、「出る杭を打ち、飛ぼうとする人を引きずりおろす」ような体質を一掃する必要があるでしょう。その逆こそ必要なのは明らかです。

 しかし、こうして見ると日本人の性格が有史以来培われた民族としての性格となると所詮世界の狩猟民族と互角に戦うのは無理かもしれませんね。
 こうなると、いっそのこと、経済成長なんか諦めて江戸時代の日本人のように、あるものを上手に循環して利用するエコロジー社会を目指すという方向に行った方が日本人にあっているのかもしれないですね。
 現実には、今更そんな生活には戻れないと思いますが、経済成長を追いかけて来た結果が今の閉塞感漂う変な日本であるならば、もしかしたらその方が正解かもしれないですよ!
 物質文明を追いかける限りいつまでたっても充足感は得られないのかもしれません。せめて今の状態で満足して、これ以上は求めないことにすれば案外面白いかも!

もしかしたら、のんびりと暮らせるかもしれない!

20001119日日曜日  第430話  加藤紘一

 今、一番注目されている第425話でも取り上げた加藤さん、いよいよやる気のようですね。今日(18日)も朝からTV「ウエイクアップ」に出演していました。

 黙って待っていれば、次期首相とも目されている人がどうしてここまでやる気になったのか興味があります。どちらかと言えば最後まで動かないと思われていたのではないでしょうか?
 しかしながら、
第370話で取り上げたように、サンデープロジェクトでの「私に任してください。やります」の言葉に、「あれっ!」と思ったのは私だけではなかったでしょう。
 「いよいよその気になったのかな!」と思わせる迫力がありました。

 今日の出演では経済と財政の改革を 

  1. 支出の見直し、削減。
  2. 税制の見直し。課税最低限の引き下げ。
  3. ITを中心とした規制緩和。

の三つを柱にして進め、日本の再建と構造改革を目指すとのことでした。

 これに関しては、この部屋で何時も言ってることなので大賛成です。ただ一つ違うのは加藤さんはこれを景気を落とさずにやると言っていたことです。
 それが実際に実現できれば良いのでしょうが、現実はそんなに甘くは無いのではないでしょうか。
 ここは、国民を説得して、5年、10年かかってもこの国の財政や社会を健全にするために耐えることを納得させることではないでしょうか。そうでなければ、結局は今までの総理大臣と同じことになると思います。
 つまりは、いかに国民に痛みを辛抱する気にさせるかと言うことです。国民を味方につけることができるかどうかが成功するかどうかの分かれ目です。
 今は、加藤さんを支持する国民が多いと思いますが、実際に政策が動き出し不景気担ってくると、またぞろマスコミや経済財界、そして当然そのときの野党などが騒ぎ出して付和雷同の国民を煽るような気がします。
 それに国民が乗せられない覚悟が大事です。この中でも、マスコミが一番危ないのではないでしょうか?そうなると橋本元総理と同じ轍を踏むことになってしまうでしょう。
 今こそ国民も覚悟のときだと思います。

 本当に景気が良いことばかりを求める必要があるのかどうか考える時がきているような気がします。経済成長が止まったって良いのじゃないでしょうか?
 これ以上、上を目指すことが本当に良いことなのか?振り返って見ることも一つの方法のような気もします。

そうは思いませんか?

20001120日月曜日  第431話  政治改革

 今日(19日)は、朝からNHKをはじめ各TV局へ、加藤紘一さんと野中幹事長が出演して明日の内閣不信任案による政治改革問題一辺倒でした。単なる派閥争いだと言う説もありました。首相公選制も話題に出ていました。
 その中でも、何時ものサンデープロジェクトでの田原紘一朗さんをはさんでの二人の主張が面白かった。

 加藤さんは政治を変えるために立ち上がったと言い、野中さんは補正予算他大事な法案を通さなければならない時に、それを邪魔することは許せないとの主張であった。
 野中幹事長さんは
第363話でも取り上げたように、同じこの番組に出たときの話を聞いて考えとしては素晴らしいものを持っていると思っていた。
 田原さんも、野中さんと、加藤さんは考えが近いのだから手を組んだらどうですかとしきりに煽っていました。

 そして野中さんに、「森総理と自民党とこの国を良くすること」の中のどれが一番ですか」と聞いて、野中さんの「もちろん、この国を良くすることを一番願っています」と答えを引き出しました。
 そして、加藤さんが予算を成立させることに協力するのなら総裁選挙を前倒ししても良いとの言質を取った。
 加藤さんには、総裁選が前倒しできるのなら内閣不信任案に賛成しないと言わせた。そして、今日の夜話し合いをすることを提案。どうやら今夜何かが起こりそうですね!

 もしかしたら、明日の政変はなくなるかもしれない情勢になった来たような気がします。いずれにしてもこのまま終わることは無いでしょう。

 それにしても、日本の国の政治はTV番組で決まる時代になったのでしょうか?良し悪しはあるでしょうが、国民の前に情報が開示されることは良い事だと思います。それだけTVの影響が大きいということでしょう。

 しかしながら、加藤さんにしても野中さんにしても国を思う心が見えるのですが、それでどうしてまともな政治ができないのでしょうか?それだけ足を引っ張る族議員がたくさんいるのでしょう。

おかしな話ですね! 

 夜のスクープ21に今日最後として加藤さんが出演していました。今日だけで5回のTV出演だそうである。最後の頑張りでしょうが政治家も体力勝負ですね!

 朝の野中さんとの歩み寄りの線は無くなったようです。さてどうなるでしょう!

20001121日火曜日  第432話  政治改革

 何だか、散々期待させといて肩透かしを食らわされた気分です。結局は我が身がかわいいだけだったのでしょうか!加藤さん。
 確実に勝てそうもなくなってきたので、内閣不信任案に反対するのではなく欠席の道を選んだようです。これで不信任案が可決する可能性は無くなったという事でしょう。
 というのもこの時間(
AM1:30)になってもまだ本会議が開かれてないのです。馬鹿な議員がコップの水を野党席に撒いたとかで中断しているのです。

 全く、折角日本も変わるときが来たのかと期待したのが馬鹿でした。所詮、期待するのが無理だったようです。そんなに簡単に変わるわけは無かったのです。
 日本中を期待させただけに、加藤さんは身を捨てて欲しかったです。こんなことじゃ、初めから何もしなかった方がましというものです。
 それにしても、自民党というのは、もう救いようが無いと言うのが良く分かります。
第311話で取り上げた「自民党の明日を創る会」もこんな時に立ち上がることができないようでは、田中真紀子さんが脱退したのも分かるような気がします。所詮は、坊ちゃん達のパフォーマンスでしかなかったのでしょう。
 自民党を除名するぞと言われただけで腰が引けてしまったのですから何をかいわんやです。人間、利権を持つともう元には返れないのでしょう。そんな人たちに期待したほうが馬鹿でした。あっさりと諦めたほうがよさそうです。

 まだ本会議は開かれていませんが、結果は見えています。

やっぱり、この国はもう駄目かも…!

20001121日火曜日  第433話  女性総合職

 ネットをやりながらついでに夜中の本会議も見ましたが、何の変化も起こりませんでした。自民党から白票(賛成)を入れるものは見事に一人もいませんでした。
 見事としか言いようの無い締め付け振りだったということでした。きっと、組織としては立派なんでしょうね。即ち、中身の成員は自分の意志を主張することもできないほど腐っていると言うことでしょう。

 加藤さんももう終わったかもしれないですね。ここまで国民に期待させたのなら、あっさりと玉砕して欲しかったですね。どんなに綺麗事を言っても所詮は我が身の方が国民よりかわいかったと言うことでしょう。
 政治家の身分を捨てることが出来なかったということです。尤も、玉砕しても誰も助けてくれないでしょうから恥を恥と思わなければ生活するには正解かも…。

 今日は、あんな茶番劇より興味あるニュースがありました。商工中金の総合職の女性が「男性との待遇で差別を受けた」と、会社と人事考課担当の男性上司2人を相手に訴訟を起こしていたものに判決が出たというものです。
 20日に大阪地裁で裁判長が総額220万円の支払いを命じたものですが、女性総合職への性差別を認めた判決は初めてだそうです。原告の女性(横田幸子さん)は不服として控訴するそうです。

 判決後、横田さんは「男女差別が認められたものの、主張のごく一部でしかなく、悔しい思いでいっぱいだ」と話した。…読売新聞11月21日(火曜日)より

 しかし、第236話でも取り上げた三和銀行といい金融機関のおごりが見えて、いやですね。対外的には女性の総合職を取り入れて、先進的な企業であるかのように表面を装って、内実は全然変わっていないということです。
 それにしても、その上司に腹が立ちます。会社ににらまれることを怖がり自分の身がかわいいために横田さんを正当に評価することが出来なかったのでしょう。
 もちろん、トップの責任が一番だが、それと同じくらい、こういった長いものには巻かれろの中間管理職が会社を駄目にしていることは間違いないでしょう。そして、会社自体がそれに気がついていないことが一番の問題です。
 こんな会社(尤も、殆どがここと変わらないところばかりでしょうが・・・)は女性が先頭に立ってボイコットしてやりましょう。

 しかしながら、自民党から企業まで日本中の組織という組織は腐っているとしか思えません。男の作った組織はもうどうしようもないと言うことでしょう。
 自浄作用の無い組織は崩壊するだけです。

やっぱりこの国を変えることが出来るのは、もう女性しかないと思います。

20001122日水曜日  第434話  女性総合職

 昨日の女性の評価の件で上司を非難しましたが、実は、第75話で書いた私が営業所時代に採用した女性のことで経験したことがありました。チョットそれに触れてみたいと思います。

 それまでは、営業所の女性は事務員さんだけでした。これは全国の営業所も殆ど同じです。そして身分的にはパートというのが多いようでした。
 香川営業所の事務員さんは営業所創設以来の方で、最初から居られるのは一人だけです。その上、その仕事は素晴らしく、彼女がいなければ営業所が動かないと言っても過言でない程でした。
 私など、どれだけ彼女に助けられたか分かりません。お客さんとの対応は電話での事が多い職場だったので、彼女は営業所の看板でもあり、その対応の良さにお客さんから良く誉められたものです。
 地方出身の若い所員のお母さん役として相談に乗ってくれていたようです。営業所の業績が上がったのも彼女の功績が大でした。なんたって、私がいない方が営業所が上手く動いたくらいです。どれだけ感謝してもし切れないほどでした。
 
 ところが彼女の身分は準社員という中途半端なものでした。私も中途採用なので、会社の方針に精通していないところもありましたが、調べて見るとどの営業所も事務員さんの扱いはそんなものでした。
 何年かそんな状態でしたが、あるとき事業部長のお陰で彼女を正社員にすることが出来ました。これで何とか定年になっても退職金が出るようになりました。少しは、報いることが出来たかなと思ったものです。もちろんその仕事の中身には到底足り無かったと思います。そして、私が大阪に来た後何年かで定年退職されました。

 そして、第75話で触れたようにパートで女性のルートセールスを採用したのです。そして彼女も素晴らしい人でした。そしてこの方も事業部長のお陰で、正社員にしてもらいました。その後、社長賞を取るほどの成績を上げました。
 ところが、この会社もどこにもあるように営業職と事務職の給与体系が全く違っていたのです。特に正社員になって間もない事務員さんの給与は悪かったようです。一方、基本的に営業職は女性でも男性と同じだったので、そういう面では昨日の商工中金よりはましだと思います。要するに事務員さんの待遇が悪すぎたのです。
 そんなことさえ分からない所長と言うのも情けないですが、そのため、ある年の昇給で、後から入った彼女の資格と給料が事務員さんを追い抜くことになってしまいました。
 このときほど、会社の給与体系に腹が立ち事務員さんに申し訳ないと思ったことはありませんでした。二人とも優秀で、甲乙つけがたいのに職種だけでそれだけの差があると言うのは納得ができませんでした。
 しかし、現実はどこもこんなものみたいですね。事務員さんがいないと動かない会社は多いと思いますが、そんな女性を補助としてみなす今の日本の風潮はやはりどこかおかしいのではないでしょうか。
 そんなことを思っていたら面白いサイトを見つけました。

 団藤さんの「インターネットで読み解く!からリンクされているthink or dieです。そこのサラリーマンの現象学のなかの「学歴嫌い」と実力主義・II (20000423)に『まず女性差別の問題でたとえ話をすれば、男性でも(従来の女性差別的な意味で)「お茶くみOL」的な仕事ができるようにするということだ。すべての男性がバリバリ仕事をしたいわけではない。だから男性のための「楽な仕事」も選択肢として認めるのだ。男でも「女の仕事」ができ、女でも「男の仕事」ができるようにするということだ。そうしておけば、男性の中から給料が安くても楽な仕事が良い!という人間がぞろぞろ出てくるはずだ。そうすれば企業は本当の意味で「性別で選んで損した」と実感するだろう。』という面白い考えがありました。

 その通りですね、もっと言えば女性が外で働いて、男性が家事をしても良いのじゃないでしょうか?男が仕事をして、女が家を守るなんて発想自体がおかしいとも言えるでしょう。
 人間には、男女の区別じゃなくて個人の得て不得手というものもあるはずです。得意なもの、好きなもので人生の方向を決めても良いじゃないですか。

 いずれにしても、女性を体よく安く使う体制と言うの早く無くしないと折角の戦力を活かす事はできないでしょう。そしてそんな会社はこれからの時代に生き残ることが出来ないようになるのではないでしょうか。

それにしてもまだまだですね!

20001124日金曜日  第435話  子供の産めない国

 昨日も述べましたが、世の中には家事が好きな男性もいるはずです。夫婦でどちらが外で働くのに適しているかは分からないとも思います。
 私も、半分冗談でよく「俺が家事をしようか?」と言っては奥さんに叱られていますが、ある面では彼女の方が私より優秀なのですから本気でもあるのですけどね・・・。
 しかしながら、団塊の世代以上の年齢の男でも職の無い時代に同世代の彼女が今から新しい職を探すのは不可能と言っても良いでしょう。
 今はパートにいっていますが、彼女の能力を生かすような職場とはいえないようです。実際、横から見ていても能力もやる気も無い男に使われているのは勿体無いと思います。

 これは日本の社会のシステムが女性を活かすようになっていないことが一番大きな原因です。
 丁度年末調整の時期ですが、あの所得税控除の限度額というのが女性が働くことを邪魔していることもあります。あんな限度額は廃止すべきです。
 そして、
第350話で取り上げたオランダのように基本的に時間給などを男女とも同じにすべきです。
 そうすれば、皆が自分の好きな時間働けることになります。男だって、自分の好きな時間が持てることになります。

 昨日と同じ第75話で取り上げた週刊東洋経済の特集 働く女性と出産・育児の続編が「子供の産めない国」との題で2000.11.25日号にありました。
 その中に、松田さんといって奥さんの変わりに子育てをやられている方が載っていました。最初は薬剤師をしている奥さんに強力するために会社と交渉して時短を認めてもらったが、その後退職。その退職金での北欧旅行で向こうで男性の育児が普通であることを知って、子育てを決心したそうです。

こういう人生があっても良いじゃないですか。

20001125日土曜日  第436話  アルハラ

 11月も早くも終わりそうです。もうすぐ気ぜわしく、忘年会等で酒を飲む機会が多い年末がそこまで来ています。
 私は、酒が余り飲めないし、どちらかと言うと嫌いなので若いころから毎年忘年会の季節は憂鬱でした。できることなら参加したくない方です。
 酒が嫌いと言うより、酒の席が嫌いといった方が良いかもしれません。確かに、気の合う仲間と飲む酒はそれなりに楽しいのですが、それでも出来れば飲まなくて済む方がありがたい方です。ましてや、飲めない人にまで無理やり飲ませようとするような席は大嫌いです。
 ですから、できれば会社の飲み会には参加しないようにしています。その為もあって会社では変わり者で通っています。
 中には飲めなくてもそんな席が好きで場を盛り上げるのが苦にならないと言う人もいるようですが、私にしたら「そんなのはおかしいんじゃないかなぁ!そんなに無理しなくても良いじゃないか」と思えてしまうのです。

 どうして日本人はあんなに飲む席が好きなんでしょう。何の楽しみも無かった時代には忘年会や新年会とか社内旅行などもそれなりに意義はあったのかもしれませんが、今時そんなことしなくてもやることはいくらでもあります。
 飲みたい人は飲みたい人だけで飲めば良いのじゃないでしょうか、飲めない人まで巻き込むことはないはずです。
 世間では煙草の害が盛んに言われていますが、他人に迷惑をかけるという意味では酒の方が酷いのではないかと思います。
 
第278話第279話でも触れたように、タバコも煙や火で迷惑をかけますが、酒のように酔っ払ってわめいたり、からんだり、喧嘩をしたり、路上に吐しゃ物を残したりと他人の迷惑を顧みないほどではないと思うのは私だけでしょうか?
 タバコは百害あって一利無しと言われ、酒は百薬の長とかばわれていますが、それは酒に飲まれる以前の問題であって、飲まれてしまってはその害はタバコの比ではないと思います。酒乱はあっても煙乱はないですし…。

 ところがこういう考えは、日本の社会では嫌われるんですよね!サラリーマンとしては失格の烙印さえ押されることがあります。
 しかしながら、昔から酒の飲めない人というのは日本には結構いたはずなのですが、それを主張することは、はばかられたということでしょう。要するに、酒飲みの論理に押しきられていたのです。

 日経流通新聞11月23日(木曜日)の「世相キーワード」というコラムに「アルハラ」という面白い言葉が紹介されていました。

 忘年会などの宴席が増えてくる季節。左党にはたまらないが、そうでない人には、ただでさえ嫌いな酒を上下関係などをかさに強要される耐え難いシーズンでもある。大阪府東大阪市に本部がある「イッキのみ防止連絡協議会」では、酒を用いた嫌がらせを「アルコール・ハラスメント(アルハラ)」と位置付け、被害防止を訴えている。…以下略

 良い言葉ですね、セクハラで女性の権利が表に現れるようになったように、酒の被害も表沙汰になることは良いことだと思います。
 社会の風潮の為に大きな声で「嫌!」と言えなかったのは同じことだと思います。嫌いなものを断る権利もあるはずです。
 酒を飲めないのは「男じゃない」とか「酒も飲めずに営業ができるか!」とか「ノミニケーション」とか言われるが、「放っといてくれ!酒を飲めないこととと人格や仕事が何の関係があるのか?」と言いたい。
 今時、飲まないと意思の疎通が出来ないなんてのもナンセンスです。そんな時間があったら本の一冊でも読んだ方がよっぽど役に立つと思いますがどうでしょう。
 他人に勧めずに自分だけが楽しめば良いじゃないですか。どうして酒を飲むときまで群れたがるのでしょう。
 好きなもの同士で集まって楽しくやるのまで止めろとは言いませんが飲まないものまで誘う必要はないと思います。

  セクハラと同じようにアルハラで苦しめられた人は少なくないはずである。もういい加減に大人になりませんか。一人ひとりの個性を尊重すべきです。

又、嫌われるなァ!

20001126日日曜日  第437話  路面電車

 チンチン電車と言って分かる人は私と同世代以上かもしれません。初めて乗ったのは大学受験のときでした。京都駅から、教えられたとおりの5番の番号のついた電車に乗って鹿ケ谷の目的の宿舎に無事についた時にはきっとほっとしただろうと思います。
 何しろ、一人で旅行することも初めてな田舎の子供ですから本当にたどり着けるか不安だったように思います。
 ところが、あの分かりやすい丸い番号板のついた路面電車に乗ったら、後は勝手に連れて行ってくれました。
あの分かり易さと確か15円位だった(もう忘れましたが!安かったことは間違いないです)何処まで行っても同一の値段で、その後の学生時代の貴重な足でした。
 丁度、カローラやサニーと言った大衆車が出まわりだし、いよいよこれからは車の時代という頃だったのですが、そんなものを持てる訳もない学生にはありがたかったものです。
 その速度は、今から考えるとのんびりしたものでしたが、時間の一杯あった学生には気になるものではなかったと思います。
 それから、数年後、噂にはあがっていましたが、とうとう、その車に追われるように路面電車が廃止になったのです。ニュースで知って、何となく寂しい気持ちになったものです。

 再び、縁あって京都を訪れたとき既に路面電車(市電)は無く替わりに市バスが走っていました。慣れもあるのでしょうが、市バスの路線の分かり難さに「ヤッパリ、市電の方が良かったなぁ!」と思ったものです。
 そして又、何の因果か単身赴任の身となり仕事で京都に行くと今度は地下鉄が走っていました。尤も地下鉄は早くて便利ですけどね…。大阪でも、もっぱら地下鉄を使っています。市バスは大阪でも判り難いし時間の計算も出来ないので1度乗ったことがあるだけです。
 地下鉄の弱点は景色が見えないことでしょうか?それ意外は時間の計算が出来て、仕事には車よりよっぽど便利だと思います。

 ところが、ご承知のように、今、路面電車が見直されて来ています。ヨーロッパで見直され、それが日本にも広がってきているようです。

 2000年11月24日(金曜日)の日本経済新聞にも「路面電車再び排ガス抑制」、「環境問題関心高く」として取り上げられていました。

 「市電」が日本で初めて走った京都で路面電車が復活しようとしている。明治期には近代化の象徴だった路面電車だが、二十一世紀に向けた復活計画のキーワードは「環境」。…以下略

 第85話第90話でも触れたように公共交通であるバスの赤字が何処の自治体でも問題になっています。その理由は色々あるでしょうが、先ほども述べたあの行き先の判り難さも原因の一つではないかと思います。その上に、渋滞の為に時間の予定が立たないこともあるはずです。運賃もあるでしょう。
 そして、今の時代はやはり「環境」でしょう。そして、そのコストがあります。熊本や岡山など地方都市でも計画が上がってきているようですが、それは建設費がキロ当り30億円と地下鉄のキロ当り300億円に比べて十分の一と圧倒的に少なくて済むことが理由の一つでしょう。
 良いですね!何たって、あの渋滞が解消されるし、その分排気ガスは少なくなる。おまけに時間の計算はできるとなれば復活大歓迎です。

もう1度京都で路面電車に乗れるのは何時だろうか!

20001127日月曜日  第438話  政治改革

 第431話で取り上げた、先週のサンデープロジェクトでの盛りあがりの後の落胆は本当に情けなかったですね。
 今日
(26日)、田原総一郎さんも「お前が折角盛りあがったものに水をさした!野中さんと二人で仕組んだんだろう?」とあちこちから非難されたと言っていました。
 そこまでは思いませんでしたが、野中さんの総裁選前倒しで加藤さんがぐらついたのは確かかも知れませんね。
 島田伸介さんが「あの時、あの話にぐらついた時に加藤さんは負けたと思った」と言っていたのが印象的でした。芸能界の修羅場をくぐってきただけに鋭い感性を持っているのかもしれません。

 それにしても、あの後の国民の落胆と怒りは(マスコミの操作もあるかもしれないが…)凄かったですね。あの反応を見ていると、日本人が政治にここまで感心を持ったことはなかったのじゃないかと思えました。特に若い人の関心が高かったそうです。
 街頭インタビューをしたアナウンサーが「今回ほど、マイクを向けたとき皆が反応したのははじめてです。」と言っていたのにもそれが現れています。
 これだけ日本中の人に期待を持たせ、そして、見事に裏切って落胆させた加藤さんもある意味では大した物です。
 「政治生命は終わった」とか「いや、また浮かび上がってくる」などいろいろ取り沙汰されていますが、私としては、もう信用できないというところです。

 しかしながら、今回の国民の反応が本当であれば、自民党の明日がないことだけは間違い無いでしょう。今度の選挙が楽しみです。
 そう言う意味では、加藤さんの今回の行動も無駄ではなかったということになるかもしれません。
 ところがこれが選挙に出てこないのが今までの日本なのですから、今度もどうなることやら。これでも自民党が勝つとしたら、本当に日本の国は終わりでしょうね。

楽しみですね!

20001128日火曜日  第439話  倒産

 企業の倒産が増えているそうです。特に中小企業に多いようです。年間の負債総額は10月までに21兆円に達し、1999年の13.6兆円を既に超えているそうです。
 ところが、一方、24日に大手銀行16行の9月中間決算が発表されて、25日の日本経済新聞によると「各行が実施した不良債権処理(単体ベース)の総量は一兆六千六百四十五億円と、当初見込み
(八千九百三十億円)の1.8倍に膨らんだ。大口融資先の破綻や債権放棄要請が相次いだためだ。」ということです。
 何と言う数字でしょう。未だに兆を超える不良債権処理をやっているのです。そしてその後ろにはその何倍もの不良債権を隠しているはずです。いつまで、銀行の失敗の後始末の為に協力させられるのでしょう。

 一体これをどう考えたら言いのでしょう。何時も行ってるように、銀行の経営の失敗の皺寄せが全て中小企業に来ていると言っても言いすぎでない事は間違いないでしょう。
 その証拠のような記事を見つけました。

 2000・11.25週刊東洋経済の「特別レポート」、「倒産高水準の背景は金融機能再生の遅れ」として『金融機関が出す資金は「不動産だけ例えば競売物件でテナントがついている年利20%出回るような収益ビルの出物を買うとき、それも信金、信組だけ」。…中略 したがって、中小企業には無力感が漂っている。銀行から資金が出るような事業計画を作ろうにも、銀行が資金を出す基準が分からない。』…以下略

 どうです、未だに銀行はこんなことをやっているんです。そしてその貸し渋りの原因に答えるような本「金融庁が中小企業をつぶす 著・東谷暁氏・草思社刊」が日刊工業新聞11月27日の「読書・著書登場」に紹介されていました。
 その紹介文の中に「貸し渋りの原因は金融庁のマニュアル裁量行政にあるとし、そのマニュアルを守ろうとしたら中小・零細企業に貸せる条件はない」とあるそうです。
 そして、本文の最後に、今のような金融行政が続けば数年後には「中小・零細企業の荒野になる」と指摘しているそうです。

 何とも恐ろしい話ですね。ここまで無責任が許されて良いのでしょうか。これだけの犠牲を中小・零細企業に押しつけ、知らん顔です。
 これが、政・官・銀行の無責任と言わずに何と言ったら良いのでしょうか。その責任を取ろうともしないし、それどころか先日からの加藤さん騒動の様に、所詮は自分達の都合だけです。
 加藤さん騒動で表に出てきた国民の今まで隠れて蓄積された憤懣がそろそろ爆発しても良い頃じゃないでしょうか?しかし、あの政治家達じゃこの憤懣も晴らされることは無いかもしれませんね!

これでも、国民は立ちあがらないのでしょうか!

20001128日火曜日  第440話  公害訴訟

 第168話第364話第380話で取り上げた尼崎公害訴訟ですが、未だに国は和解に応じようとしていないようです。一体、何時まで、国民を虐めたら気が済むのでしょう。
 11月27日に尼崎に次ぎ2例目として、名古屋南部公害訴訟で判決があった。 11月27日の夕刊読売新聞より

…略

 国と、被告企業に対し、原告百十一人に総額三億円を支払うよう命じ、差し止め請求も「浮遊粒子状物質(SPM)の濃度が一日平均値一立方メートル当り0.159ミリ・グラムを超える汚染となる排出をしてはならない」と認めた。…以下略

 裁判所の考えは住民の立場に立つことがはっきりしてきました。これは非常に評価できることだと思います。
 それにしても、TVで原告の人達を見せられると、尼崎のときと同じように、「どうして、人生を踏みにじられなければならないのだろう。」と悲しくなります。
 自分があの立場に無いのはたまたまであって、「何時同じ目に会うかもしれない。もし自分や家族があの立場になったらどうだろう?」と思わざるを得ません。旦に、運だけの問題だろうと思います。
 そう言いながらも、所詮は、自分の身に降りかかったことではないので本当の苦しみはわかりません。
 しかしながら、
第380話でも言ったように、国にはその痛みを感じる人がいないのでしょうか?何時もながら、国の担当者のコメントを聞いていると「あの人達は本当に被害者の苦しみが分からないのだろうか?」と思ってしまいます。
 そんなことはない、彼らだって、それは感じているはずです。つまりは、誰もが責任を取ろうとしない組織を守るためにだけに、仕方なく、立場だけであの発表の場に出て来ているのだろうと思います。彼らだってあんな場所に出たくないはずです。
 そんな組織に属しているから仕方なくやっているのだと思いたい。いずれにしてもあんな立場になるほど勉強しなくて良かったかも…。

 本当に、誰が責任を持っているのか分からないのが歯がゆいですね!多分、誰も責任を取らないから、ああなるんでしょうね。

何時もながら、国って何だろうと考えさせられます。

20001130日木曜日  第441話  瀬戸大橋

 第298話で取り上げた瀬戸大橋ですが、ご承知の様に開通以来大きな問題を抱えています。
 それは通行料金です。往復一万円前後の料金の為に地元の人も殆ど利用することありません。当初の見積もりによる交通量も開通初年度から減る一方です。トラック業界も未だに大半の便でフェリーを使っているというのですから何をかいわんやです。
 そして、1999年の西瀬戸自動車道
(しまなみ海道)の開通で、明石大橋も入れて橋は3本になりました。当然のごとく瀬戸大橋の利用量は減りました。

 地元だから言うのじゃないですが(本当はそうですが…)最初から、あの料金は無茶なのはわかっていたはずです。
 何故そうなったかと言うと、日本道路公団でなく
本州四国連絡橋公団を作って、そちらで建設し費用を持たせたからです。地元の県にもいくらか負担させるという方法です。
 確かに、見た目には地元が利益をこうむるのだから費用も負担させるということで問題がないように見えますが、そんなやり方は最初から無理があったのです。

 最初から、日本道路公団で建設していれば、通行料もあれほど酷い設定にはならなかっただろうし、それによる通行量もこれほど低迷することも無かったように思います。
 その分、全国の人には負担をしてもらうことにはなるでしょうが、本当を言えばリンクして頂いている「
雨漏り実験室からの戯言」でも取り上げているように限りなく無料に近くても良いのですから。
 本四公団の負債総額は三兆八千億円だそうですが、あの銀行に投入した公的資金に比べたら微々たる物です。
 例えば、
第439話で取り上げた今年度だけの銀行の不良債権処理金額一兆六千六百四十五億円と比べて見てください。どう考えてもおかしいと思いませんか?余りにも最初から発想が狂っているとしか思えません。

 さて、2000年(平成12年)11月29日(水曜日)の読売新聞一面に嬉しい記事がありました。何と、その本州四国連絡橋公団を廃止との見出しで、政府が本四公団を2002年度をめどに廃止する方針を決めたと言うのです。
 廃止後は日本道路公団に移管するか、規模を縮小して維持管理会社に改組して継続する案を軸に調整しているそうです。

 これは、変な会社を残すより、是非日本道路公団に移管して欲しいものです。というのも組織が一つでも残ると、又おかしな費用が出てくることは間違い無いのですから。
 本質的な問題から言えば道路公団があること自体も納得がいかないのですが…。これは今回は触れないことにします。

 それにしても久し振りに良いニュースです。是非実現して欲しいものです。当然、その後で通行料の値下げを前提としています。四国にとっても日本にとっても絶対に悪くないことだと思います。

待ちどうしいな!

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