団塊の世代の部屋(43) 

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200321日土曜日  第1231回  骨なし魚

 骨なし魚なんてのがあるんですね。以前テレビで見たことがありますが、何となく違和感を感じていました。
 この気持ちは何だろうかと思っていましたが、何時もの「マアいいか!」でそのまま忘れてしまっていました。
 ところが、何時ものサイト巡りで
勝谷さんの1月28日付けの日記で「骨なし魚」のことを書いている日記(甲賀瑞穂姫はこう思う2003/1/29)が紹介されていました。

 ・・・略

 「骨をとるのが面倒だから金払ってフィリピンで 骨取ってもらった魚を食べるのが常識」なんて世界で育てていくのかよ!やめてよ、本当に、恥ずかしいから。

自分の子どもさんをこんな育て方はしたくないということです。良いですね、この考え方。私がしっくり来なかったのも同じような気がします。

 もしかしたらこの記事を見られたのかもしれませんが、時を同じくして1月27日の読売新聞に「広がる骨なし魚」として載っていました。

 魚の骨を抜き取って食べやすくした「骨なし」の切り身が売上を伸ばしている。食べたいけれど、骨があるからと敬遠していた高齢者の為に、病院や老人ホーム向けに作られ、学校給食、外食産業などにも急速に普及した。「骨のない魚なんて」という声があるものの、スーパーなどの店頭にも並び始めている。・・・略

 実際の加工は、タイやベトナム、中国など人件費の安い所でやっているそうです。そういえばテレビで見たときも小骨をピンセットで抜いているのを見たような気がします。
 只でさえ、スーパーのパックしか見たことなくて、魚は切り身で泳いでいると思ってる子どもがいるといわれる時代なのに、それに輪をかけて、魚に骨があることも知らない子どもが増えたりして・・・。

 第218話第310話でも書きましたが、箸もまともに使えない子どもが又増えそうです。確かに体の不自由な老人の方にはいいかもしれませんが、いくら便利だからといって、ここまでやっていいものでしょうか。それは調理の時にやればいいことだと思います。
 その手間が嫌で人件費の安い所でやらせて輸入するとなると瑞穂姫が恥ずかしいと思う心がまともじゃないでしょうか。一体この国はどこまで行くのやら。商売といえどもどこかに歯止めがあってもいいのじゃないでしょうか。
 便利さの為に文化まで捨ててしまって良いものでしょうか。何となく
第1158話で書いたテレビゲームを思い出しました。

 魚離れが深刻で先行きの心配な漁業関係者からすれば、これで需要が増えることはありがたいかもしれません。それに肉食に偏る食生活がこれで少しは改善されることで健康にとってもいいかもしれませんが、何か方向が間違っているように思います。
 魚をさばくことも骨をとることも出来ない日本人が増殖する図は将来の人類はこうなると昔の本でよく見た頭でっかちで手足の衰えたたこのような宇宙人の絵を思い出させます。

本当にこんな事でいいのでしょうか!

200322日日曜日  第1232回  工作

 第1223回で戦後の日本は北朝鮮の工作に操られてきたことが現代コリヤ研究所佐藤所長の北朝鮮最新事情講演議事録で初めてはっきりと分かったと書きました。しかし、私のまとめ方が悪くて分かりにくかったと思います。

 何時ものサイト巡回の順路である長尾たかしさんコラム過激にして徒然1月30日に佐藤さん本人から聞いたとして国会委員会での同じ発言を取り上げていました。

  ・・・略

 「1945年から1968年の共産党、1970年から1990年の社会党の、北朝鮮賛辞。1990年からは、自民党の金丸信、渡辺美智雄、野中広務、中山正暉、加藤絋一5人の代議士による北朝鮮擁護」との主旨を答えたそうだ。

 ところが、この安全保障委員会の議事録、自民党から5人の代議士の名前を削除せよとの申請が自民党からあがっており、未だ議事録が作成されていない状態にあるという。・・・以下略

 これなら、分かりやすいでしょう。戦後の日本の問題がここに全て現れているのが良く分かります。こうやって、この国はゆがめられて来たのです。こう書けばよかったのですね。
 どう考えても、ここまで日本の国を歪めてしまった政治家たちには責任を取ってもらいたいものです。多くは亡くなっているようですが、未だに大きな影響力を持っている人や返り咲こうとしている人までいます。本当に許せません。何とかならないのでしょうか。せめて地元の人たちの良心に期待したいものです。

 この長尾さんのところを見て喜んでいたら、何と最近巡回しているクライン孝子さんの日記1月31日にその長尾さんのコラムが紹介されていました。そのことを長尾さんも31日のコラムに書いていました。
 何となく最近の私の好みが右寄りになってきているのが良く分かる出来事のような気がします。
 しかし、こうした他国に工作された人たちがやってきた極端な自虐史観がこの国をおかしくしてしまったことを考えると、一から見直す必要があるはずです。特に、良い悪いをきちんと見つめた歴史を子供達に教えてあげないといけないでしょう。極端に左に曲げられたものを真っ直ぐにすることが右寄りに見えるかもしれませんが・・・・。
それにしても、日本の政治家ってここまで腐っていたのかと改めて感心させられます。

日本人もこれで目が覚めるでしょう!

200323日月曜日  第1233回  パソコン

 「このくらいの間違いは分かってくれよ!全く融通が利かないんだから!」と文句を言ってもちっとも言うことを聞いてくれないパソコンの限界を思い知らされたのはパソコンを始めてすぐのことでした。
 パソコンとは間違いを犯さないもっと完全なものだと思っていたので何だか騙されたような気がしたものです。
 特にワードなどワープロの馬鹿さ加減に気がついて愕然としたものです。漢字の間違いや句読点、表現の間違いなど全部訂正してくれるものだと思っていました。ところが現実は全く逆でした。チョッと油断するととんでもない変換をしてくれています。尤も、その馬鹿な変換も結構楽しめるものがあってある意味では面白いと思っているのですが、公式には通用しそうも無いのが残念です。大分慣れて、こんなものだとは思えるようになりましたが、それでも未だにどこか信じている所があってチェックを忘れてしまいます。まぁ、これは性格の方が大きそうですが・・・。

 最近は他の方が書かれたもので間違いがあっても、「ああ、又IMEにやられたな!」と楽しんでいます。中にはわざと面白い変換をそのままにしているのもありますが、却って本来の意味を表していたりして感心させられたりすることがあります。そのくらいの余裕があっても面白いと思うのですが
 間違いの原因は所詮はこちらにあることを何度も思い知らされてやっとパソコンが分かってきたような気がします。

 そんな素人と同じようなことを出版のプロがやっているようです。例の「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と間違った事件です。

 131日 毎日新聞コラム「記者の目」より

 ・・・略

「パソコンへの入力ミスをチェックできずに、そのまま見過ごしてしまった。教科書会 社として絶対にあってはならないミス。誠に申し訳ない」。問題の教科書を発行した 東京書籍の担当者は、誤記の原因をこう説明した。・・・以下略

 記事は、この後の対応に苦言を呈しているものですが、私など毎日のごとくやっている間違いなので身につまされる所があって一概に非難できない思いがあります。
 しかし、教科書というと中身の批判派重箱の隅をほじくるような論争がある割には校正なんかは意外とざっとしているのかもしれません。
 こうなると、何時の日にかこちらの考えをおもんぱかって、勝手に修正してくれるパソコンが出来れば良いのにと期待しています。
 尤も、今回の「はつらつ」と「つらいよ」はどんなにパソコンが進歩しても難しそうですが・・・。
 しかし、そんなパソコンが出来たら漢字をかけなくなるどころではおさまらず、完全に頭が働かなくなる人間ばかりになりそうです。これこそ
ゲーム脳の世界かもしれません。
 余り、便利さばかりを追求していくととんでもない方向に行ってしまうことになりかねません。
 スペースシャトルの事故を見ていると人類はどこまで行くのだろう。果たして、それが本当に良いことなのだろうかとも考えてしまいます。

難しいところです!

200324日火曜日  第1234回  コロンビア

 飛行機の耐用年数が20年も30年もというのは良く聞く話です。最初に聞いたときには驚いた覚えがあります。途上国の遊覧飛行に使われているものなど整備も十分でなく乗るのも怖いくらいだという記事も読んだことがあります。
 ところが、飛行機なんてものはそれが当たり前であって、日本の航空会社でも20年使ってるなんてのもあるようです。各国の航空会社が耐用年数を過ぎたものも使っているのが現状のようです。
 東南アジアやロシアの映像の中に日本の企業の名前の入った一昔前の車が走っているのを見て、「良く走っているなぁ!」と感心させられる時がありますが、飛行機の世界でもきっとそれに近いことが行われているんでしょうね。尤も、飛行機は地上を離れるだけに車より怖いですね。
 
第1227回で書いたロシアのミサイルの使用期限延長の話を思い出します。

 今度のスペース・シャトル・コロンビアの事故でそんな耐用年数のことを思った人も多かったのじゃないでしょうか。
 最先端の技術のものが、1981年の初打ち上げ以来28回目というから23年使っているということです。当たり前のように受け入れていましたが、身の回りで20年使っているものは殆どないような気がします。
 私の今となっては時代遅れの極貧パソコンですら一番古いもので96年です。そしてその進歩は想像を絶するものがあります。
 それを考えると、20年以上前のものが宇宙へ行っていることにはやはりどこか無理があるのじゃないでしょうか。
 当時のコンピュータと比べればきっと今のパソコンの方が性能はずっと上の筈です。だから、コンピュータなども積み替えられているのでしょうね。そして細部も年々改良もされているのでしょう。それにしても、20年以上も前の物ではどうやっても限度がありそうです。

 ロシアのミサイルといい、このスペース・シャトルといい今になって予算の削減でしわ寄せが来ていると言います。こんな話を聞くと、空恐ろしいものがあります。
 ミサイルは廃棄してもらったらいいですが、予算を削って安全を犠牲にしてまで宇宙に行き続ける意味があるのでしょうか。それでなくても、優秀な人材を失うほどの価値があるのでしょうか。
 やるのなら、十分に安全を確保できる予算でやって欲しいものです。人命が効率に負けたのじゃ何の為に開発しているのか分からないように思えます。戦争に予算をつぎ込むよりよっぽど夢があることなのですから。
 交通戦争の犠牲者から戦争の犠牲者、そして今度の事故など、人の命は地球より重いと言いながら、やってることは全く逆みたいです。

何をもって進歩と捉えるか!

200325日水曜日  第1235回  万引き

 人に誇れるほど本を読んでいたわけでもありませんが、履歴書の趣味の欄に書くこともないので読書と書く程度で、読書自体は好きです。
 しかしながらパソコンを始めてめっきり読まなくなってしまいました。何といっても人間には平等に24時間しかありませんので、あれもこれもという訳には行かないので仕方ない所です。
 しかし、本音を言えば、生来のケチである私には
第529話でも書いたように値段が高いということが一番大きそうです。
 積読や本棚が一杯になることにも快感を覚える方なのですが、とてもじゃないですが欲しい本を買えるだけの経済力はありません。そこで、もっぱら文庫本が主体にならざるを得ませんでした。
 特に、パソコンの本は高くて手が出なくて、始めた頃は本屋さんには申し訳ないが立ち読みでしのがせてもらいました。今は、もっぱらネットからの情報でやっています。それでも、やはり、専門書が欲しくなりますが、図書館で探すなどしてしのいでいます。

 自分に投資できないことに忸怩たる思いはありますが甲斐性が無いのだから仕方ありません。
 しかしながら、結構こうした思いの人もいるのじゃないでしょうか。というのも、やはり本の値段が高すぎます。出版される方にしたら今でも安いと言われるかも知れませんが、実際に本離れが進んでいることの原因の一つであることは間違いないと思います。

 そんななかでは、本屋さんも経営は大変だろうと思います。きっと悪循環におちいっているのでしょう、ちょっとした本屋さんでもマンガ本や週刊誌が主体で欲しい本は殆ど見つからないような気がします。それが又、本屋さんから足が遠ざかることにもなります。
 その上に、日常的な万引きの被害が経営を圧迫するという状況が慢性的になっているそうです。

 川崎の本屋さんが、万引きの少年を警察に通報したが少年が逃げ出して踏み切りに飛び込み事故死した問題で、「人殺し」とか「配慮が足りなかった」と非難され店を閉める決心をした事件を見て、そんな本屋さんの背景をも思ってしまいました。

 それにしても、いろんな考えの人がいるものですね。テレビのインタビューに本屋さんを責めるおばちゃんがいましたが、何を考えているのか不思議です。何となく、若者の犯罪を甘やかす今の風潮が現われているようです。戦後の教育の歪がとうとうここまで来てしまったのかと驚かざるを得ません。これも近隣諸国の工作の賜物かも・・・。
 こんな事で責められたら、本当にちょっとした注意も出来ない事になります。益々、殺伐とした社会になりそうです。
 それでも、そのニュースが広がって、本屋さんに激励も寄せられているそうです。日本人もまだ良識は残っているようです。
 しかし、この本屋さんの辞めたくなる気持ちも分かるような気がします。変な大人が、変な子どもを育てます。

変な時代です!

200326日木曜日  第1236回  鉄道

 4日の「クローズアップ現代」が平成9年に開業しすでに債務超過に陥った長野県の品の鉄道と「はやて」が開通したばかりの青森での並行在来線の苦境を取り上げていました。新幹線を誘致する為に赤字が予想できながらも仕方なくJRから地元自治体が引き取ったものです。
 新幹線擁護派の私としては、この問題は頭が痛い。しかし、本当に赤字が当然なのでしょうか。どこか間違っているような気がします。新幹線と在来線があるということはそれだけ公共交通を生かすチャンスと捉えることは出来ないものでしょうか。

 長野の田中知事は流石にすでに手を打っているようです。民間から人を迎えるなどして黒字化への道を探っているようです。すでに、新しい責任者はコストダウンとイベントなどによる乗客数アップにより単年度黒字を達成したそうでうす。
 まだまだ、問題はあるようですが、最初から諦めていた前の経営者と違って、与えられたものでどう利益を上げるかの前向きの考えを持つ経営者の差が早くも現れたようです。

 コストで思い出すのは、JRのコスト無視の体質です。以前の仕事でJRと仕事をする機会があったのですが、簡単な工事でも全て関連会社を使わないと許可になりませんでした。
 そして、その見積もりが民間で見積もってもらう何倍にもなるのです。一瞬目を疑いましたが、それでないと許可が下りないのです。確かに、材料なども規格の厳しいものを使ってはいますが、人件費も目一杯取っていました。どんなに見積もってもその何分の一で十分できるものです。
 これ一つとっても、こんなのんきなことやってる所を見ると
JRは余程に儲かるものだと思います。スペースシャトルのように安全を犠牲にしてまで予算カットしては困りますが、まだまだコストを削れそうです。
 それだけに、しなの鉄道もまだまだコストダウンの余地はあるのじゃないでしょうか。きっと新しい経営者の下で赤字を解消して立派にやっていけるようになるのじゃないでしょうか。そうなれば、今後の新幹線の建設も進みそうです。
 それは、新しい公共交通網の整備にもなります。将来に向かって新しい武器になるはずです。

 そんな公共交通について面白い話をトッテンさんが書いていました。流石、京都を自転車で移動しているというトッテンさんです。エネルギー問題として取り上げています。
 アメリカは自動車がなければ生活できないといわれているのには訳があるようです。それが当たり前と思っていたのが実は自動車メーカーの陰謀だったようです。

  アシスト Our World 題名:No.559 自動車のための戦争

 ・・・略

 アメリカで最初の自動車が売りに出されたのは1908年、その10年後には自動車登録は8千台から50万台に増加したが、1930年代、ロサンゼルスの空はいつも澄んでいた。・・・中略

 当時すでに近代都市であったが、路面電車システムがロスを中心に56もの都市に何千人もの通勤者を運んでいたからである。現在、この路面電車はもちろん跡形もない。線路は取り外され、舗装され、その結果澄んだ青空は排気ガスに取って代わられた。

同時期に全米45の都市で、路面電車はガソリンで動く路面バスに取って代わられた。アメリカの鉄道システムを崩壊させたのは、ほかの何者でもない、ゼネラルモーターズ(GM)を中心とした、鉄道がなくなることによって利益を得る企業団体だった。

まだ自動車がアメリカの主な交通手段になるとは到底思えなかった1930年代にそのキャンペーンは始まった。GMは路面電車をバスに切り替える事業に資金供与し、持ち株会社を設立した。その会社が路面電車の会社を買収して閉鎖し、GMのバス事業部へ移管した。そしてバスは徐々に自動車に置き換えられていった。・・・以下略

 日本でも同じことが行われてきたのだと思います。何となく、日本にもそんな陰謀が感じられます。もしかしたら、トヨタあたりが動いたのでしょうか。
 やはり、もう一度公共交通を見直す必要がありそうです。トッテンさんという強い味方が出来たので勇気百倍というところです。

 並行在来線も自動車をメインにした交通体系を根本的に変えることにより、お荷物から環境にやさしい移動手段の主役に躍り出ることになるでしょう。もっと言えば、もう一本貨物用の線路があっても良いくらいだと思います。
 そして、ターミナルからの路面電車や自転車道、歩道の整備を進めれば、
交通事故も激減させることが出来ます。
 本当に地球に優しいこと、それは即ち人間に優しい事になることは明らかです。人間の命の大切さをもう一度考え直すべきです。余りにも、金が第一の考えで効率を求め過ぎたツケが来ている事は間違いありません。

もう一度、一からやり直しましょう!

200327日金曜日  第1237回  京阪フィッシャーマンズ・ワーフ

 第1221回で3月末で閉鎖が決まったと書いた京阪フィッシャーマンズ・ワーフ」に買い手が見つかったそうです。

 四国新聞2月6日 

 坂出市与島の観光施設「京阪フィッシャーマンズ・ワーフ」の譲渡先を模索していた京阪電気鉄道(大阪市)は五日、総合建設業の八幡建設(鳥取市)に四月一日付で譲渡すると発表した。八幡建設は譲渡後三年間は事業内容をそのまま引き継ぎ、雇用も原則的に維持する方針。初年度の売上高は十億円を見込んでいる。・・・中略

 八幡建設は資本金四千九百万円、従業員六十三人。二〇〇二年三月期の売上高は三十九億円。関連会社では不動産賃貸業やビジネスホテル、飲食店の経営なども展開している。・・・以下略

 勇気のある企業ですね。地元にとってはありがたいことです。どんな企業かサーチで検索してみましたが、HPは無いようです。
 しかし、大手も尻込みしてなかなか買い手が見つからなかった中、よく決心してくれたものです。このくらいの規模の企業が経営するとなると失敗は許されないだけにその決断は大変だったと想像されます。多分、オーナー会社でしょうね。サラリーマン社長では到底決断できない所でしょう。

 しかしながら、そのロケーションは最高のものがあるのですから、当面は地道な努力で利益を上げてしのいでいけば、いずれ、通行料の大幅値下げなどの環境変化で大化けすることになるような気がします。その時になって、あの時買っていればと悔しがる企業も多いのじゃないでしょうか。
 京阪がなかなか撤退の決断が出来なかったのもそんな期待があったような気もするのですが、考えすぎかな。
 いずれにしても、やり方によれば、何とかなると思ったからこその買収であるはずです。その意気で頑張ってもらいたいものです。

 同じ四国新聞2月5日のコラム「一日一言」がその運賃値下げに係わる面白い提言を取り上げていました。

 ・・・略

 こんな中で香川経済研究所の「調査月報」一月号に目からウロコの大胆提案が掲載された。巨額債務の根本まで切り込んだ「調査研究・本四架橋への英断」の主張は、「事業が失敗したらメーンバンクも責任を取れ」。・・・中略

本四架橋のメーンバンクとは? 財政投融資特別会計、いわゆる「財投」。しかもこの「メーンバンク」は昨年度末に会計処理を変更して二兆五千億円近い特別利益を上げ、合わせた利益は十四兆円とケタ違いの豊かさだ。・・・以下略

良くは分かりませんが、何だか面白そうです。第1221回でも書いたように、兎に角、折角の橋を有効に活かすことをせずに無用の長物化させるより、借金は棒引きにして、有効利用することのほうが余程日本の為になる事は間違いなさそうです。作ったことが間違いであれば、それを利用しないことはもっと大きな間違いである。
 世界の人々を魅了する
観光立国を実現するためにもこんなばかげた通行料をそのままにしておくことは国にとっても無駄以外の何者でもない。

わからないかなぁ!

200328日土曜日  第1238回  知らしむべからず

 第940話で「寄らしむべし、知らしむべからず」の言葉を使いましたが、本来はどうやら、私が思っていた意味とは違うようです。

 7日の読売新聞コラム「日めくり」より

 ● 知らしむべからず ― 命令形にあらず

 「人民はよらしむべし」に続く「論語」の言葉。「大衆は従わせればいい、政策など知らせる必要はない」と解され、情報公開や説明責任を軽んじる「お上意識」をあらわすものとして使われる。
 しかし、これは「べし」を「命令」の意味に曲解したもの。注釈書の多くは、「可能」ととり、「従わせることはできるが、なぜ従うのか、理解させるのは難しいい」と解釈している。「決して、民に教え知らしめないという愚民政策を説いたものでない」(吉田賢抗著「新釈漢文大系」)という。

 このコラムは毎日、何気なく使っている言葉を解説してくれるのですが、思わぬルーツが分かったりして面白く読ませてもらっているものです。

 しかし、この「知らしむべからず」が全く違った意味とは知りませんでした。私もてっきり「知らせる必要はない」と思って、嫌いな言葉でした。
 ところが、「理解させるのは難しい」となるとこの言葉に対する思いは全く逆のものになりそうです。

 早速サーチで調べてみました。沢山ヒットしましたが、私と同じ誤解をしている人が殆どのようでした。その中で、きちんと解釈していたのが下記のHPでした。

 http://www1.odn.ne.jp/chuuwa/book/yorasimubesi.htm

 ・・・略

 この誤解は後ろの「べし」という助動詞の解釈に誤りがある。これを命令の助動詞 と誤解したのがもともとの間違いで、正しくは「可能」の助動詞として解釈すべきなのだ。つまり孔子の言いたかったのは「指導者は、自分の人徳を磨き、民衆の信用・信頼を得て民衆を導かなければならない。政策や政府の情報を、全て隈なく民衆に教え浸透させるのは、大変難しく不可能に近いからだ」ということであり、これは同時に「信なくば立たず」にもつながる。・・・以下略

 この方の解釈は素晴らしいですね。この考え方が当たり前に受け入れられていれば、封建時代から現代に至るまでの為政者の考え方も違ってきたかもしれません。そういう意味では孔子も罪な言葉を残したものです。言葉はやはり簡単な方が良いですね。尤も、為政者は自分の都合の良い様に解釈するのが習いでしょうから、いずれは曲解されたでしょうが・・・。

 それにしても、情報開示の大切さが叫ばれるようになった今の世界でも基本的に為政者や経営者、官僚などは庶民に情報を隠すことしか考えていないようです。その最も典型的なのが北朝鮮の金正日体制といえるでしょう。
 是ほど、為政者に都合よく使われている言葉は無いのじゃないでしょうか。本当に、孔子がもっと簡単な言葉を使ってくれていたらと悔やまれます。

罪な人です!

200329日日曜日  第1239回  見かけ

 人一倍臆病な私としては、暴力や大きな声には滅法弱いことを自覚しています。出来れば一生そんな場面に出会いたくないのが本音です。しかし、いざとなったら腹をくくって矢面に立たないといけないときがあります。
 しかし、えてして、見た目の強そうな人や日頃から威張っていたり、声の大きな元気そうな人の方が却ってそういうときには一番に逃げ出したりするものです。

大きな声や暴力そして、圧力団体に弱いのが人間 体を張ってまでその圧力を押し返すだけの腹の据わった人は殆どいないようです。特に政治や官僚の世界がそうというわけでもないのでしょうが、その及ぼす影響が大きいのは個人の比ではありません。
 しかしながら、多分、公の為に体を張るべき時にも怖さからついやるべきことを忘れ相手におもねってしまうのでしょう。

 そうやって、全ての問題から逃げ、先送りしてきたのが戦後の日本の為政者達だったように思います。その積み重ねが、ここまでこの国を閉塞感に追い込んでしまった。
 そして、日頃は軟弱そうな人がそういうときにびっくりするような勇気を見せてくれたりして驚かされたりします。その代表的な人が田中康夫長野県知事じゃないでしょうか。

 ちゃらちゃらとして、一見軟弱そうな様子は私もどちらかと言えば嫌いなタイプでした。しかし、実際に知事としての行動を見ると、一本筋が通っていて妥協がない。是ほどの人とは正直言って想像できませんでした。

 その真骨頂をあらゆる所で見せています。脱ダムもそうでしょう。職員の給料の5%〜10%カットもそうです。兎に角、どこのトップも嫌われることを恐れて逃げている本質に手をつけていく勇気には感心します。
 その中でも、
第1180話でも取り上げた同和問題に対する対応には感心させられます。

 123日(木)信濃毎日新聞より

 ・・・略

 これに対し知事は「あらゆる差別と同じ土俵で解決を図る。年齢、性別 や国籍の別にかかわらず公正なチャンスが与えられる社会を目指している」と述べた。県連側が「部落差別が現在もあることを認めないのか」 と迫ると、「世の中にはさまざまな差別があり、部落差別だけが特別の問題ではない」と応じた。・・・以下略

 これはなかなか言える言葉じゃないですね。この人は見かけと違って余程に腹が座っているのでしょう。日本の為政者がずっと逃げてきた問題に正面から取り組んでいるその姿勢には尊敬の念を禁じえません。
 アメリカでも、ミシガン大学の入学でマイノリティを優先することに対する疑問をブッシュ大統領が1月15日に声明したように、行き過ぎた逆差別に対する批判も出てくるようになった。
 やはり、極端に走ったものはいつかは修正されるべきと思いますが、それに手を付けることを恐れて先送りしてしまう。
 日本の戦後の政治は全てこの先送りが諸悪の根源であるといっても言い過ぎではないと思います。それだけに、そうした誰もが避けてきた問題に正面から取り組む田中知事の姿勢が一層浮かび上がります。そこが、表面だけ元気で結局は何もかにも中途半端だった小泉さんと違いでしょう。今こそ、田中さんのような腹の座った総理大臣が必要とされているはずです。

人を外観で判断することの多い私としても反省しないといけません。尤も、結構当たっているとは思っていますが・・・。

人は見かけによらない!

2003210日月曜日  第1240回  芸術

 久し振りに笑わせてもらったと共に一体芸術ってなんだろうと考えさせられました。芸術の世界も笑っちゃうぐらいいい加減ですね。

 8日に開かれるオークションに作者不詳として出品される予定だった油絵「婦人像」がゴッホの初期作品と分かった。(読売新聞より)

 アムステルダムのゴッホ美術館が昨年暮れに調査して本物だと分かったのだそうです落札予定価格を1万〜2万円としていたのが本物と分かって2、3千万になるだろうといわれていたのが、広島から朝のニュースで知ってオークションに参加した人が6600万円で落札したそうです。1万円が6600万円です。
 こうなると、何をもってこの絵の価値を見ているのか疑問ですね。絵の本当の価値じゃなくてゴッホの名前だけということのようです。確かに、ひまわりのように華やかさもなく、何となくくすんだ感じでどう見ても気持ちのいい絵とは思えませんでした。もしかしたら、ゴッホの失敗作だったりして・・・。

 大好きな「何でも鑑定団」を何時も楽しみに見ていますが、鑑定士が良いというので、そうかなぁと思うだけで、実際にその価値を自分で見極めているわけではない。中には、間違っているのもありそうに思うのは私だけでしょうか。
 多分、多くの芸術品といわれるものにも案外この権威づけられて良いと言われるから、そうなのかなと思われているものがあるのじゃないでしょうか。
 逆に良いものでも、その時代の権威といわれる人たちにその良さが分からなくて埋もれてしまった場合の方がもっと多そうな気がします。
 実際は自分が気に入ったものを自分で選んで楽しむことが出来ればそれがその人にとっては本物じゃないでしょうか。なんにしても、金額を見て初めていいものだとしか思えないのも悲しい所です。

芸術って!

2003211日火曜日  第1241回  チマチョゴリ

 単純な正義感を振り回す私は、朝鮮人学校の生徒のチマチョゴリが切られたなんてニュースを聞くと、「何て奴がいるんだろう!日本人の風上にも置けない奴がいるもんだなぁ」と腹立たしく、情けない思いをしたものです。
 昨年の拉致問題の後、その手の事件が増えたとの報道がチラホラ見られるようになり、気分的には滅入ったものがありました。
 ところが、何時もの
勝谷さんのところが、「あれは、朝鮮総連関係者が自分たちでやって騒いでいるんだ。そして、マスコミがそれを検証もせずに無批判にニュースで流しているだけだ」と書いているのを見ました。
 確かに、自分の周りを見ても、日本人にそんな卑劣な奴がいるようには思えず、不思議に思っていただけに、「成る程、そんなこともあるのかも知れない。これは、マスコミをもっと疑う必要があるなぁ」と驚いたものです。
 かといって、全くそんな奴がいないとも断言できるほどモラルが高いともいえない今の日本では、一体どちらが本当なのだろうと悩んでしまいます。

 2月になって又、その事件が起きたとどこの放送局だったか忘れましたがテレビのニュースでやっていました。切られたチマチョゴリも写されていました。

 6日の毎日新聞にも記事がありました。

 東京朝鮮中高級学校(東京都北区)高級部1年の女子生徒(16)が通学中の電車内で制服のチマ・チョゴリを切られたとして、同校の具大 石(ク・デソク)校長(56)や父母らが7日午前、内閣府を訪れ、再発防止を求める小泉首相あての要請書を提出した。

同校によると生徒は1月29日朝、JR埼京線電車内で若い男に体を押しつけられた。降車後、スカートの後ろ側が横約7センチ、刃物で切られているのに気づいたという。

 さて、どこまでが真実なのか全く分かりません。

 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6199/sonota.htm#sourenの中にチマチョゴリ事件は我々の自作自演だ

 という興味深いものがありました。1998年のことですからかなり古い話ですが、参考にはなりそうです。
 朝鮮総連関係者を名乗る人からのメールだそうです。当時の事件は自分達の自作自演だったという内容です。

 ・・・略

 報道の「デマ」によって、これだけの同胞がひどい目に遭っていますよ、を強調するため、自作自演の被害者をつくり、あたかも日本人が再びわが民族に危害を加えたように捏造し、マスコミに報道さす。 自作自演のためには、被害者役(子供は特に世間の同情を呼ぶ)とよごれ役(我々が金を払って雇う)を決めて、できるだけ人々に注目されやすい目立った場所(警察関係者がいない場所)で実行する。よごれ者役は裏おもてを知っているが、被害者の少女や家族は何も知らない。日本人がやったと思い、わが総連の団結力は強固なものになる。日本人がチマ・チョゴリを切りつけるわけがない。

 日本人は過去のことに弱い。我々はそこにつけこむ。相手より多い人数で集団抗議すれば、誰だって圧倒される。総連で真相を知っているのはごくわずかだ。離脱した者さえ本当のことを言えない。鳥越俊太郎など、テレビでしきりに「チマチョゴリ事件の再発防止」を訴えて反共和国番組の解説をしているが、正真正銘のバカと笑われている。

 これ、本当でしょうか。本当だとしたら、恐ろしい限りです。日本人の甘さが徹底的に利用されているといえるでしょう。
 どうしても日本人を信じたい私など、「日本人がチマ・チョゴリを切りつけるわけがない。」という言葉に、救いを感じてしまうのがやっぱり甘いのでしょうね。そこに付け込まれて、マスコミまで騙されているというのですから、日本人って本当にお人よしなのかも。

 第1230回でも触れましたが、鳥越さんもこんな所で書かれていたとは・・・。正義感あふれる人だけにこうした話は気の毒です。
 私にしろ、鳥越さんにしろ、単純に不正なことを許せない性格はこうやって上手く利用されるのでしょうね。
 しかし、こうした正義感を利用する卑劣なやり方に腹が立ちます。そして、こうした単純な性格は大方の日本人が持つ普通の性格だと思います。そして、それを上手く利用されているとしたら、残念ながら、もう少し悪くなって裏を読む力も身につける必要があるのかもしれません。このあたりが、日本人の常識は世界の非常識と言われるゆえんかもしれません。それが、外交の甘さにもつながっているのでしょう。
 散々、
ODAでお金を貢いで、裏で馬鹿にされ利用されて、自分達は不況で瀕死状態。

本当に日本人ってお人よし!

2003212日水曜日  第1242回  土井党首

 私もご多分に漏れず一時期はパチンコをやっていました。目的は、一日3箱吸っていたタバコ(チェリー)代を稼ぐことでした。
 しかし、その時間の浪費がもったいないと思い何時の間にか止めました。丁度、フィーバーなんてのがはやり始める前だったのと、まだ全自動でなく右手でバーをはじいていた頃です。
 その内タバコも止めたので、それ以後パチンコもやったことはありません。その後、何でパチンコをやらないのかと聞かれたら「何で、北朝鮮のミサイル代を俺が払わなきゃならないんだ!」なんていってたことを思い出します。ですから、北朝鮮にパチンコの金が流れていることはそんな昔から公然の秘密だったのでしょう。

 そんな頃に、テレビで今の社民党の土井党首が、パチンコのファンだといっていたのを見て、「日本を代表するような政治家が良くそんなことをやってるな、他にやることがあるだろうが!」と何となく違和感を感じたことを覚えています。
 今になってみれば、その頃から、土井さんは北朝鮮とつながっていたのでしょうね。もしかしたら、何か人には言えない深い関係でもあるのかもしれません。
 今頃、のこのこと韓国に行ってノムヒョン次期大統領に、太陽政策を支持するなんて言ってるのを見せられると尚更その感が強くなります。この人は、本当に、拉致犠牲者に対して悪かったとは思っていないようです。
 この人は、もしかしたら、本当に日本の国をおかしくした一方の責任者かもしれません。何の根拠もない、反対の為の反対を声高に叫んで、国民の利益をどれだけ損なってきたことでしょう。国を間違った方向に導いてきた責任は自民党の長老達と同罪でしょう。

 もう少し、まともな人だと思っていたのですが、最近の動きを見ているとやはり老害を感じてしまいます。恥というものを感じる心が無いのでしょうか。尤も、政治家にそれを求めるのは無理なのかもしれません。恥を知るような人は最初から政治家なんかにならないでしょうから。
 お願いしますから、長老達と一緒に、もう引退してください。あなた達が何時までも辞めずにうろうろしていることがこの国の未来を益々暗いものにしていることに気がついてください。

わからないんだろうなぁ!

2003213日木曜日  第1243回  芸術は長く

 今回のゴッホの絵の騒ぎを見ていると人間の幸せって何だろうと思えてきます。というのも、あの「ひまわり」は53億円だったし、100億円以上で取引された絵もあったようです。ものすごい評価です。でもそんな評価を受けているゴッホは幸せだったのでしょうか。そして、そんな高値で売れる絵の恩恵を受けたのでしょうか。
 何と、
生前売れた絵は一枚だけだったのだそうです。そして、37歳で自殺しているとなると普通に考えて彼が幸せだったとは思えません。
 しかし、後世の人は今の名声を得たのだから彼の人生には価値があったと言います。果たしてそうでしょうか。確かに、歴史に残る名前を残すことは人間にとって是ほど名誉なことはないでしょうが、それを享受できなかった本人は本当に幸せだったのかと考えてしまいます。
 ゴッホと同じ時代を生きた名もなき人の中にはずっと幸せな人生を送った人も沢山いたのではないでしょうか。死んでからの名声と、本当に生きた幸せと、どちらが価値があると比べることは出来ないかもしれませんが、折角生まれてきたのなら楽しく一生を暮らして満足して死んでいった方が幸せなような気がしてしまいます。
 ゴッホ本人は今の名声を全く知らないのですから、その絵を利用して儲けた人たちの方が良い思いをしているだけなのじゃないでしょうか。

 12日の読売新聞コラム「日めくり」がそんな思いに答えるような、「芸術は長く人生は短し ― 努力しても道遠く・・・・」という言葉を取り上げていました。

 人の命は短いが、優れた芸術は作者の死後も長く残る、という意味でよく使われる。しかし、、芥川竜之介は「誤謬」の題で、この解釈の間違いについて書いている。「人亡べども業顕(わざあらわ)る」でなく「人生は短い故刻苦精励を重ねても、用意に一芸を修める事は出来ぬ」が正しいという。
 古代ギリシャの医師ヒポクラテスの言葉で、日本語で「芸術」と訳されているのは「医術」のこと。長い年月が必要な医術の修行に比べ、人生は短すぎるというのが、もともとの意味だ。

 この間の第1238回で取り上げた「知らしむべからず」を思い出します。人は、ゴッホに対してもこんな「人亡べども業顕(わざあらわ)る」の言葉を勝手に当てはめて納得しているだけなのじゃないでしょうか。それとも、恵まれなかった人生を価値あるものとして認めたい人間のせめてもの慰めの気持ちが現れているものなのかもしれません。いずれにしても本人の気持ちを知りたいものです。
 それにしても、言葉って本当に不思議ですね。というか、何となく為政者達に都合の良いように解釈されて、庶民を納得させる為に利用されているような気がするのは単なる私のひがみ根性でしょうか。

何が本当の幸せか!

2003214日金曜日  第1244回  偶然

 13日のサイト巡回は偶然が重なって驚かされました。

 発端は読売新聞の週刊新潮の宣伝でした。インターネットから「盗用」していた朝日のかんばんコラム「天声人語」との大見出しが載っていたのです。

 それから、何時ものサイト巡回を始めたところ最近覗くようになった、【別冊サイバッチ!
に早速情報がありました。それによると「平成
13年5月1日の天声人語が「散人雑報」というHPのマル写し=盗作であることを暴いているのだ。」だそうです。

 自分がこうやって毎日の更新に苦しんでいるので、日頃から、毎日のコラムは大変だろうなぁと身につまされる所があります。
 プロといえども、たまには何かを参考にしたいこともあるのかも・・・。私なんかは、最初から自分の考えだけではすぐに行き詰るだろうと思い、色んなコラムを参考にする方式で始めただけに全てを自分で考えて書くことの難しさは想像を絶する苦しみがあるのだろうと尊敬しています。

 散人雑報を調べてみるとここも以前来たことがあるようでした。なんと萬晩報にリンクがありました。ところが、朝のうち訪問できたのですがこの問題で急にあくせ閉鎖されたようです。
 何が起きたのでしょう。一斉にアクセスがあったのか、心無い批判が寄せられたのか・・・。掲示板の嵐と同じようなトラブルがあったのでしょうか。

 さて2番目は何時もの勝谷さんの××な日々2月13日付けです。この部屋でも取り上げた加藤博さんを週刊新潮が批判しているのだそうです。

 『週刊新潮』加藤博さん批判記事に北朝鮮難民救援基金が反論。冷静かつ完璧。

 それだけでは終わりませんでした。これもリンクさせてもらっている「隠された真実」の報告・日記の2月13日に週刊新潮で取り上げられたとありました。

 週刊新潮2月20日号

 何だか、サイトの世界も広いようで狭いのかなと妙な感心をさせられました。週刊誌は殆ど読みませんが情報もこれだけ偶然が重なるともしかしたら、私の好みが偏りすぎているのかも・・・。
 ネットの巡路も見直す時が来ているのかもとチョッと悩んでしまいます。何といっても一日は24時間しかありませんから。

それにしても、偶然の重なりでした!

2003215日土曜日  第1245回  キャンプ

 毎日松井選手のアメリカでの自主トレのニュースが続いています。相変わらず芸のないマスコミ報道です。イチロー選手の時と同じく、アメリカで恥を撒き散らすのでしょうね。
 それにしても、日本ではキャンプ真っ最中というのに松井選手はフロリダで自主トレーニングだし、佐々木投手や長谷川投手達投手組みのキャンプが始まったマリナーズもイチロー選手たち野手は27日頃がキャンプの始まりだそうです。日本とは一月近くの差があるんですね。
 開幕は同じ頃なのにどうして一月も違いがあるのでしょう。特に、日本より広くてフロリダなんか日本よりずっと温度も高くて練習条件にも恵まれているところがまだキャンプをやらずに、条件の悪そうな日本がとっくに始めているというのも変ですね。

 MSNジャーナル のマーティ・キーナートさん2003213がその日米の違いを分かりやすく書いてくれていました。

 「メジャーリーグでいちばん気に入っているのは、大人として扱ってもらえることだ」 20017月にシアトルで開催されたMLBオールスターゲームの前に、イチローは私にそ う言った。「でも日本では、まるで子ども扱い。 朝から晩まで、何もかも管理される」・・・以下略

 ここに、全てが現れているようです。イチロー選手ほどの人でも管理しないと気がすまない日本の球界のおかしさに誰も疑問を抱かないのでしょうか。というより、プロの選手でも社畜であることを求める日本の体質なのでしょう。
 野茂選手とイチロー選手などはそうした管理されることが一番嫌いだったようですね。管理する方よりされる方が選手としても、人間としても数段上なのに無理やり枠に入れようとして才能をおさえつけてしまう。角を矯めて牛を殺すの典型です。その証拠を身をもって証明してくれたのが野茂選手でありイチロー選手だったということじゃないでしょうか。

 その、強烈なメッセージを受け止めることが出来ずに自滅の道を突き進んでいるのが日本の球界であるように思うのは私だけでしょうか。

 13日の読売新聞に社会人野球シダックスの野村克也・GM兼監督が帝京大学との練習試合にベンチ入りできなくなったとありました。

 ・・・略

 野村監督がテレビCMに出演していることを、全日本大学野球連盟が問題視。各大学に野球連盟に「野村監督がベンチに入らなければ試合してもよい」との通達を出した。・・・以下略

 何でも、学生野球憲章に「芸能人など」との試合を禁止する規約があるからだそうです。一体、野球と何の関係があるんでしょう。こんなの見てると笑うしかありません。
 それにしても、相変わらず縦割りの連盟というのが沢山あって、日本の野球をがんじがらめにしている図式が見えるようです。沢山の連盟にはお年寄りの理事なんて人たちがいて野球のことなんか興味もなく、只、自分達の存在感だけを主張しているような気がしてなりません。
 これも、日本の社会の縮図なんでしょう。日本の野球も日本と同じで将来はなさそうです。

日本人って何なんだろう!

2003216日日曜日  第1246回  当事者

 拉致から帰国された5人の方たちが少しずつ真実を語りだしたようです。北朝鮮は、やはり、5人を本当に帰す気持ちはなかったのです。

 14日産経新聞

 ・・・略

 関係者によると、北朝鮮側は当初、被害者五人を一時帰国させ、日本政府が求める被害者の原状回復をいったん実現させた上で約二週間で北朝鮮に戻し、「やはりこちら(北朝鮮)で暮らすことにした」と表明させる計画だった。被害者が日本の親族に明らかにした。・・・以下略

 横田めぐみさんのことだけは話しても良いとかめぐみさんのご両親を北朝鮮に来させるようにするなどの指示を与えていたそうです。

 最初、5人を二度と北朝鮮に帰さないと決めたニュースに接した時、「えっ!そんな考えがあるのか?」と驚き、地村さんのお父さんの「絶対に帰さない!帰したら二度と日本には帰れない」との固い決意を聞いて、「成る程、確かにそうかもしれない」と自分の危機感のなさを恥じたものです。
 その後も、こう着状態が続くに連れ、識者とかマスコミで5人を北朝鮮に帰すべきだとの声が勢いを増してきているような気もします。そして、韓国の太陽政策を煽る、民主党の管代表や社民党の土井党首。こうしたことに危機感を感じて、家族の方がこの情報を危険を顧みずに明らかにしたのでしょう。
 やはり、本当に当事者として世間の冷たい目と戦ってきた方たちというのは危機感が半端じゃない。周りで、どうのこうのと分かった風な口を利くことが恥ずかしくなります。
 それに比べて、この期に及んでも、何の手も打とうとしない小泉さんを筆頭とする政治家たちの危機感のなさはどうしようもなさそうです。所詮他人事のようです。

 色んな掲示板をさまよう中で、横田めぐみさんのお母さんを外務大臣にするべきだなんて書き込みを見たことがありました。荒唐無稽な話ですが、実際に、今の政治家たちよりはずっと適任かもしれません。

 そんなことを思わせる記事がありました。あの田中長野県知事が又してもやってくれました。

 14日、信濃毎日新聞より

 長野県の田中康夫知事は14日までに、県教育委員会の教育委員に、いじめの被害を 訴える遺書を残して自殺した同県須坂市立常盤中学校1年、前島優作君=当時(13)= の父親の前島章良さん(48)を起用する方針を固めた。・・・以下略

 サリン事件の河野さんを公安委員に起用した時と同じ発想ですね。身をもって苦しみに直面して戦った人だからこそ本当の問題点が分かるはずです。
 やはり、田中知事は凄い。長野県に置いておくのは勿体無い。この人が首相だったら、もしかしたら、横田めぐみさんのお母さんの外務大臣も実現するかもしれません。
 こういう政治家がなぜ中央にいないのか。自分のことしか考えない政治家達に政治の原点とは何かを見習ってもらいたいものです。

本当に危機感がない!

2003217日月曜日  第1247回  1人勝

 デフレ時代の儲け頭と得意絶頂にあったユニクロが元気がなくなったと思ったら、今度はマクドナルドまで赤字に陥ってしまった。
 1、2年前は時代の寵児ともてはやされたのがあっという間の転落である。流石の藤田田さんも消費者の動向を読みきれないのか値段設定に迷っているようです。商売って怖いですね。さて、どちらがもう一度盛り返すか興味が沸きます。
 私の予想では、マクドナルドは口がターゲットである食品の強みで盛り返してくるだろうと思います。しかし、流行に影響されるユニクロのような商売はもう一度盛り返すのは難しいかもしれませんね。

 そんな、大方の企業が元気の無い中で、相変わらずトヨタが元気です。去年末で既に2年連続1兆円の利益を確かなものにしています。
 しかし、残念ながら、この会社の体質は
第602話の『自動車絶望工場』の頃と変わっていないのじゃないかと思えます。というのも、これだけの利益を上げていても今年の春闘でも分かるように従業員を大事にする意思が見えないからです。
 奥田さんが社長になった頃は、「あっ!この会社も変わったのかな?」と期待したのですが、最近の奥田会長の
消費税容認の発言などから、「やっぱり、自社が繁栄するためには従業員も関連企業も利用するだけなんだなぁ」と失望を感じています。

 くそ真面目に利益を追求する姿は企業としては優秀なのかもしれませんが、そこには、日本を代表する企業としての自覚がどこにも無いように感じるのは私だけでしょうか。
 もうすこし、従業員に優しく、絞ると水が出るくらいの余裕のある経営をしてもらいたいものです。
 どんなに立派な利益を上げていても、「あんな企業で働きたくない」と思わせる企業が日本一の企業では夢がなさ過ぎます。
 トヨタ一社が繁栄して、日本が沈没という風に思えて仕方ありません。

考えすぎでしょうか!

2003218日火曜日  第1248回  デモ

 イラク攻撃に反対するデモが15日世界中で行われたそうですね。世界で1000万人を越えてベトナム戦争当時を上回ったそうです。
 ロンドンで50万人、ローマで100万人、パリで20万人、アメリカでもニューヨーク38万人と各地で集まったそうです。日本ではそれ程のデモがあったようにもなさそうです。

 それにしても、50万、100万の数って想像を絶するものがあります。実際にそれだけの人が集まったのでしょうか。思わず日本の初詣の人出を思い浮かべてしまいました。明治神宮など100万を越える初詣客を集める神社が何軒かありますが、あれも一時じゃないはずですから、日本で、それだけの人数が集まることはまず無いのじゃないでしょうか。
 それだけ世界では今度のイラク攻撃への関心が高いということなのでしょうが、それだけの人が集まる広場や道路があることに驚いてしまう私はそれだけ他所事の気分しか無いようです。 
 日本では、余り集まらなかったということは私と同じように危機感のない人が大半だということなのかもしれません。特に、日本人にとっては、今は、イラクより北朝鮮という気分だろうと思います。

 しかし、どうして、拉致問題に抗議するデモが日本で起こらないのでしょう。この機会に、一斉に日本で拉致問題抗議デモを開催したらどのくらいの人が集まるでしょう。
 1000万人くらいを集めるデモを全国一斉にやれば北朝鮮に対する強烈な意思表示になるだけでなく世界に対するアピールは衝撃的なものがありそうです。
 今の北朝鮮に対する日本人の気持ちならこのくらいの人数は集まりそうに思えるのですが、甘いかな。
こんな時こそ、日頃から日本人をミスリードしているマスコミあたりが協力して音頭を取れば面白いかも・・・。たまには役立って欲しいものです。

世界に日本人のパワーを見せ付けましょう!

2003219日水曜日  第1249回  両替

 100円を1円玉100枚に交換したら200円の手数料を取られるというニュースをテレビでやっていました。毎日の商売につり銭の必要な人は大変です。これを見て、バブル頃の銀行とのやり取りを思い出しました。
 当時、毎日自動販売機から集金した硬貨を銀行に入金していました。ある日、取引銀行の支店長がお願いがあると営業所へ来られました。支店長自らがこんな吹けば飛ぶような小さな営業所へ来られるなんて事は前代未聞のことで「一体なんだろう?」と緊張しました。
 それは、硬貨の入金は手間ばかりかかって儲けにならないのでどこか他の金融機関に頼んで欲しいとのことでした。「もし続けて欲しいのなら月末に預金残高4000万を残して下さい。そうすれば何とかお引き受けします。」というこのなのです。その理由は、入金した売上は本社が吸い上げるので銀行としては残高が残らないの為、メリットがないということのことでした。
 分からないではないですが、以前から、ある程度の残高は残していたこともあり、反論させていただきましたが、最後には「硬貨はお金じゃないんです。」と言われて唖然としたものです。

 銀行にしたら、手間ばかりかかって儲けにならない、このバブルの時にそんな細かい仕事はやってられないということのようでした。きっと本店からの指示もあったのでしょう。
 銀行嫌いの私としては、「わかりました、それならこちらからお断りします!」と啖呵の一つも切りたい所でしたが、他にどこもやってくれる所がなく渋々、条件を飲んだものでした。もちろん一層銀行嫌いになりました。
 根本的にはどこの銀行ももてあましていたのでしょう。全国的に、今は、集金専門の子会社を作ったり、運送会社がそうした子会社を作って集金に回ったりしているようです。

 しかし、硬貨はお金じゃないというのはどうにも納得が行きませんね。消費税外税なんてもっての外ということになります。大きな儲けに走って、小さな日銭は相手に出来ないということでしょうか。こうなると商売は成り立たないことになりそうです。
 それなら、いっそのこと硬貨は廃止して、カードでしか買い物できないようにするしかなさそうです。それはそれで面白いかもしれませんが、すぐのことにはなりそうもありませんね。

 そうなると、今度の、交換手数料は銀行自体がその存在意義を否定しているようなものじゃないでしょうか。完全に自分達がサービス業だというのを忘れているようです。
 何兆円という負債債権を整理しても「小さな取引は要りません」ということでしょう。完全に日本の中小零細企業は相手にしないということです。中小企業に対する貸しはがしもこうした考えと同じなんでしょう。

完全に庶民を敵に回すつもりです!

2003220日木曜日  第1250回  100円ラジオ

 同じ独裁体制といっても北朝鮮とイラクでは様相が大分違うように感じます。イラクでは、秋葉原のような所があってパソコンも手に入るようです。

 田中宇の国際ニュース解説 → イラク日記(4)バクダッドの秋葉原

 この一連のイラク日記を読むと、情報もラジオやテレビなどからも割りと自由に手に入るようです。
 ラジオもテレビも国営放送で情報操作されている北朝鮮とは比べ物にならないくらい自由といっても良いのじゃないでしょうか。
 北朝鮮を内部から崩壊させようと思っても
第1213回でも書いたように想像を絶する報道規制がある為に打つ手がないという感じです。
 何か良い方法はないものかと思っていましたが、
北朝鮮・拉致事件支援者議論掲示板で最近(17日、18日)面白い提案がされています。

 それは、日本の100円ショップで100円ラジオなるものが売られているが、それを、風船などで北朝鮮に飛ばせたらどうだろうというものです。
 100円ショップって凄いですね、こんなものまであるとは。しかし、これは面白そうですね。
 実は、北朝鮮に庶民に何とか情報をと考えた時に
第418話で書いた手まわしくん(手回し発電式ライト付ラジオ)ソーラー自家発電ラジオライトを思い出していました。これなら電力事情の悪い北朝鮮でも使えると思ったのです。
 しかし、どうやって配るかの問題で無理かなと諦めました。それにしても、ここまで統制された国があるとは恐ろしい限りです。

 それにしても、風船とは面白いですね。これも、あんな小さな100円ラジオだから可能になる方法かもしれません。私の考えたラジオよりコストも重量も小さいですから、可能性はあるかもしれません。
 太平洋戦争時の日本の風船爆弾を思い出させるアイデアです。あの時の風船はたしか、和紙をこんにゃくでつくったのりで貼り付けて作ったものだったように思います。そういえば、北朝鮮から時々飛来する風船もあります。その逆をやって金正日体制を内部崩壊に導くことが出来れば面白いですね。
風船でなくても、兎に角何らかの方法でラジオを届けたいものです。

やれることは何でもやるべき!

2003221日金曜日  第1251回  ロードプライシング

 17日に高知自動車道トンネル内で工事の為に停止中の乗用車にトラックが追突、トラックと乗用車が炎上して乗用車の3名が亡くなった悲惨な事故がありました。

 高知自動車道を通ったことのある人は、「やっぱり起こったか」と感じた人が殆どではないでしょうか。
第1025話でも書きましたが、あのトンネルの中の対面通行は高速道路とは言えません。あんな怖い道は出来れば二度と走りたくないというのが私の感想でした。その中で、工事をして片側通行というのですから起こるべくして起こった事故といっても言い過ぎではないような気がしました。

 あんな中途半端な道路を作るくらいなら却って無い方が良いと言えば、それこそ顰蹙を買いそうですが、効率優先、人命軽視の日本の政治がああいう道路を作るのじゃないでしょうか。

 そんな中、同じ17日ロンドンで、交通渋滞緩和の為に中心部に乗り入れる車両に約1000円を課すロードプライシング制度というのが始まったというニュースがありました。
 これはなかなか面白そうですね。日本でも東京都の石原知事が山手線の内側あたりで考えているそうです。

 ロードプライシング 


 東京で上手くいけば、地方にも広がるかもしれません。兎に角、今の車優先の交通体系を見直すためのきっかけになって欲しいものです。
第1247回にも書きましが、自動車産業1人勝ちのもたらす弊害も一緒に根本から見直すときが来ているような気がします。
 しかし、
第1215回の立体交差でも書きましたが日本の行政も準備はしているんですね。それが、なかなか実行に移せないところに日本の政・官・財によるがんじがらめの問題があるようです。
 ここは、やはり、石原知事のような危険な匂いはするが、破れかぶれの実行力が必要なのかもしれません。
 もっと、適任は田中長野県知事かもしれません。兎に角しがらみに囚われる旧来の政治家には出来ないことは間違いなさそうです。

少しずつは良くなっているのか!

2003222日土曜日  1252  取り締まり強化

 どちらかと言えば性善説の好きな私ですが、どうやら人間そんなに甘くは無いようです。
 残念ながら、
第1203回で書いたように罰則の強化により交通事故死が減少したことからも、所詮人間は罰せられないと駄目なのかもしれません。
 特に、戦後の日本は、家庭や地域、そして学校と社会全体が子育てを怖がって叱ることから逃げてしまった為に最低限のモラルさえも無くなってしまって、やったもの勝ちの風潮が蔓延してしまったように思えます。
 それだけに、犯罪を減らすためには法で縛るしか仕方がないのかもしれません。

 市民のための環境ガイド の 2月16日: ニューヨークの地下鉄の治安回復 特命リサーチ 200X よりにそんなことを考えさせることが取り上げられていました。

 あの不法地帯といわれたニューヨークが今、変わったのだそうです。

  「落書きを消す」。これが1984年に開始し、91年に大半の落書きが消されてから犯罪発生数が減少を始めた。ラトガース大学のケリング教授の提案だった。その後、軽犯罪の取り締まりを強化して、その結果、94年には凶悪犯罪がなんと半減した。

この手法に着目したジュリアーニ市長は、ニューヨーク市警にも導入した。落書消しと歩行者の信号無視、空き缶の投げ捨てなどを取り締まった。そして、やはり凶悪犯罪が減少した。・・・以下略

 あの落書きだらけだったニューヨークの地下鉄が綺麗になったのでしょうか。悲しいような話ですが、やはり人間は弱いのですね。しかし、ニューヨークでさえ効果のあることなら日本ではもっと効果があるかもしれません。 

 躾が無くなった上に、犯罪者の権利が叫ばれるばかりに被害者の権利がないがしろにされる問題が多くなってきたように社会全体のモラルが落ちてしまった以上、日本でもこうした手法を取り入れるしか方法は無いのかもしれません。
 その為には
第1195話でトッテンさんが言われている公務員倍増で警察官の数を増やすことも必要でしょう。
 そういえば、私の子供の頃にはもっと警察官が身近にいたような気がします。交番にも警察官が何時もいたように思うのは勘違いでしょうか。
 犯罪の数が飛躍的に増えているということは、現場の警察官の人たちにそれだけ負担がかかってきているということは間違いなさそうです。そうなれば、必然的に現場のモラールも低下するのは避けられないでしょう。その上に、外国人犯罪の増加が加わって現場の負担は想像を絶するものがありそうです。
 現場に多く人を配置して負担をなくすることが
第1230回でも取り上げたような交通事故現場での杜撰な取り扱いも経ることになりそうです。
 無駄を省くことは必要ですが、それが過労につながったのじゃ何にもなりません。本当に必要な所に人を配置しましょう。

やっぱり余裕が必要!

2003223日日曜日  第1253回  人員増

 22日の読売新聞が、偶然でしょうか昨日書いたニューヨークの取り組みを取り上げていました。
 昨日増員が必要だと書きましたが、ニューヨークは果たして警察官の増員をしたのだろうか、もし増員したのならどのくらいあったのだろうかと疑問を感じながらも調べなかったのですが、それにも触れていました。

 ・・・略

 三万人だった警察官が六千人増員され、麻薬密売に限らず、無賃乗車や置き引き、落書きなどの取り締まりを徹底することになった。・・・以下略

 2割の増員ですね。やはり、掛け声だけでは駄目です。きちんとした体制を作らないと現場に負担がかかるだけで、却って成果は上がらなくなるでしょう。
 そんな現状にも触れていました。

 ・・・略

 「市警の手法は、実は日本の防犯の考え方。なのに、本家の日本では空き交番が増え、何時の間にか犯罪防止システムが機能しなくなっていた」・・・中略

 「日本も、警察庁や警察本部に権限や人材を集めるのではなく、現場の警察署長が犯罪防止に集中できる体制を作る必要がある」

 やはり、そうですね、警察官の姿が見えなくなっているような気がしたのですが、実際に減らされているのでしょうか。そして、偉いさんばかりが威張って、現場の人員が足らなくなれば士気が落ちるのは当然でしょう。
 人を減らしたために、現場ではサービス残業が蔓延しているというリストラばやりの日本の企業と同じような現象と言って良いでしょう。

 偶然はもう一つ、第1230回隠された真実」のご家族が、告訴状を提出したことも載っていました。読売は、テレビと共にこの事件を良く取り上げるようになりました。
 被害者の車が運転されていたのを見たと言う新たな目撃者も現れたそうです。いよいよ解決は近そうです。
 この問題も、原因は現場の士気の落ち込みにあると見るのは考えすぎでしょうか。余裕の無さが、こうした杜撰な扱いを生むのだと思います。それとも、もっと隠された奥があるのか、いずれにしても良くここまで来たものです。家族の執念ですね。

現場に十分な人員配置を!

2003224日月曜日  第1254回  街に出よ

 ネズミ捕りって未だに多いのでしょうか。余り車で走らなくなっていたので最近の傾向が分かりませんが、以前はあれほど嫌なものもありませんでした。何時もスピードメータを気にして走るのは面倒なものです。
 しかし、考えれば、そうした気持ちを持ってスピードに気をつけることで交通事故を避けることができたことも結構あったのかもしれません。

 それにしても、ネズミ捕りをして、反感を買うより、警官を見ると思わずブレーキを踏む私のような小市民の心理を利用してもっと道路横に警察官を立たせたり、パトカーを走らせれば良いのにと思ったものです。このあたりも人員数から不可能なんでしょうね。
  警官の姿を見なくなったと感じているのは私だけでは無いようです。

 毎日新聞社説 治安の回復 書類作りは簡略に、お巡りさんは街に出よ

 ・・・略

 それには警察官の姿を人々に見せ付けるのが一番だ。事故多発路線に赤灯をつけた警察車両を意識的に走らせただけで事故が減った、との報告もある。警察官やパトカーは存在自体が犯罪抑止力だ。それなのに、以前のように姿を見かけないのは心細い限りだ。制服警察官が街頭に立ち、不審者を見つけたら職務質問する。基本動作の励行が、手っ取り早い治安対策ではないか。・・・以下略

 情けない話ですが、やはり私のような小市民が多いんですね。誰も、捕まるのはいやなんです。やはり、こうなると手っ取り早くこの国の治安や交通事故の減少を計るには警官を増やすことが一番のようです。もっとも、この記事によると、書類が多すぎて、現場に出る機会が減っているということのようです。
 これもありそうなことですね。組織が大きくなって管理職ばかりが増えるとこういう傾向になりがちです。
 どこの組織も本部で現場を知らない机上の空論だけの人間が報告のための書類を増やし現場の足を引っ張るものです。管理者が増えて現場が手薄になると組織の衰退が始まるのはどんな組織でも同じなのでしょう。
 人数を増やしても、こんな事で現場に出る機会が減ったのでは何にもなりませんが、現実はやはり人員不足が大きいような気がします。

 検索してみましたが、余り分かりやすい資料は見つけることが出来ませんでした。

 公務員数の各国比較  

 公務員の種類と人数

 全体に少ないのかもしれませんし、配分が悪いという面もありそうです。さしあたって、国会議員や高級官僚、地方議員の人数の削減を最優先でやって、その分現場の人たちを増やしてもらいたいものです。
 やたらに公務員が増えることが良いとは思えませんが、やはり、本当に必要な所まで削減するのは考え物でしょう。

難しい所です!

2003225日火曜日  第1255回  フライブルク市

 路面電車のお手本の町として、第1204回で取り上げたフライブルク市ですが、エネルギー政策でも先進的のようです。

 23日夜10時からNHK衛星放送で地球環境を取り上げた番組がありました。ソーラ発電を取り入れているところを紹介するような番組予告があったので、思わずチャンネルを回してしまいました。あの「メタルカラーの時代」の山根一真さんが司会をやっていました。
 そうしたら、フライブルク市のソーラー発電が取り上げられているじゃないですか、
太陽光発電をやっていることは分かっていましたが、路面電車の方に気を取られて、「太陽光発電もやっているんだなぁ」くらいの感想しか持っていませんでしたのでこれには驚き興味深く見てしまいました。

 いきなり、フライブルク市の駅前のビルが紹介されていました。高さ60メートルの南側壁面半分がソーラーパネル貼りです。こうしたビルは世界でもここだけだそうです。
 外にも学校寄宿舎の窓枠のまわりがソーラーパネルだったり、
サッカー場の屋根も紹介されていました。
 
SAG社という会社が、無料で提供してもらったサッカー場の屋根などに太陽光発電装置を設置し、ソーラー株として一般市民に一株からでも発売するのだそうです。
 発電した電気を電力会社に販売してそれを株主に配当する方式です。株主は1万2千人になっているそうです。山根さんも思わず買ってしまったそうです。尤も、配当は現地に行かないと受け取れないとか言っていました。
 太陽光発電に対する市民の意識はかなり高いようです。値段は普通より高くなるが、全てを太陽光発電で賄う住宅も発売されていました。
 この背景には原発廃止を決め、そのために電力会社に太陽光発電の電気の高価買取を義務付けるなどのドイツ自体のエネルギーに対する取り組みがあるようです。どうしてこれが日本でできないのでしょう。

 しかし、このフライブルク市って本当に凄いですね。交通体系に太陽光発電、そしてゴミ回収など21世紀の世界が目指すべき都市づくりを完全に先取りしています。どうやらSAG社を設立した人など、民間からの盛り上がりが大きいようです。

日本こそやるべき!

2003226日水曜日  第1256回  携帯電話

 第946話第1086話で書きましたが去年退職前の二ヶ月間長い間抵抗してきた携帯電話を持たざるを得なくなり仕方なく使いながらもその便利さに改めて恐怖を感じたものでした。
 そして退職によって、再び平穏な日々がおとずれていたのですが、残念ながら、今度は新しい仕事の都合でどうしても持たざるを得なくなりました。
 そこで、やっと決心して、昨日購入に出かけました。今時新しく携帯を買うような人は滅多にいないだろうと思っていたのですが、何とお店の窓口は一杯でした。暫く待って、やっと順番が来たので「何時もこんなにお客さんが多いのですか」と聞いてみたら、安売りのチラシを入れたからということでした。新しい機種に買い換える人も結構居るようです。
 機種に興味の無い私としてはこれ幸いと「何でも良いから一番安いのお願いします」と言ったところ、最初は手続き込みで3000円くらいだったのが、ファミリー割引(家族は既に持っていました)などを申し込むことで何だか分からないうちに最終的には無料になっていました。
 設定が済んで、「いくらですか?」と問うと「無料になりました」です。「へ!何だそりゃ」ってなもんです。機種も
N504iとかいって、そんなに古くないもののようです。
 何とも怖いですね。タダほど怖いものはないと言いますが、やはり、これは余程儲かる商売のようです。確かに、本体は無料になりましたが、毎月の基本料と通話料を考えるとそんなものは無視できるのでしょう。完全に
NTTの策略に乗せられているようです。
 そこまでしても、通話料は下げないのですからおかしな話です。我が家ではこれで4台目の携帯になります。最後まで抵抗していた私が陥落したため基本料金だけでも大変です。
 この不景気の時にこれだけの通信料負担は大きい。他の消費を削らざるを得ません。皆さんどうしているのでしょう。何時までもこんな料金体系じゃ景気の足を引っ張っているのは間違いなさそうです。

 それにしても、去年やっと覚えた使い方も一年も経つと殆ど忘れているし、機種も変わったことで又最初から覚えないといけません。あの分厚い説明書を見ただけでぞっとします。
 しかし、皆こんなもの良く覚えますね。パソコンの方がよっぽど簡単に思えます。子どもに聞いてみたら、「そんなもの読まないよ、誰かに聞いた方が早い!」と言われました。
 「成る程、今時の子供はそうなんだ!」と納得。何でも説明書から読まないと気がすまない団塊の世代の弱点を突かれたようです。ゲーム脳の世代にはかないません。

抵抗むなしく携帯生活です!

2003227日木曜日  第1257回  テーマパーク

 第521話でシーガイアが倒産した時にかろうじて残っていると書いたハウステンボスが更正法を申請しました。2200億円の負債総額。
 やはり、駄目だったんですね。
USJも不祥事以来苦戦しているようですし、いよいよディズニーランドの1人勝ちがはっきりしてしまいました。テーマパークって本当に難しい商売のようです。人生に余裕の無い国民が大半の日本には不向きな業種なのでしょうか。

 「レジャーは大西にまかせろ」でオープンの時には飛ぶ鳥を落とす勢いだった香川のレオマ・ワールドも閉鎖され、この2月18日には親会社の日本ゴルフ振興まで民事再生法を申請してしまいました。
 何だか日本中が沈没してしまっているようで寂しい限りです。こうやって倒産した日本中のテーマパークやゴルフ場がシーガイヤのように外資によって買い叩かれているようです。
 
新生銀行のように外資によって日本中の資産が買われてしまい、ますます日本は食い物にされていく状態になりそうです。
 こうした倒産に追いやられた所も、銀行からの運転資金さえ調達できれば生きながらえる所もありそうですが、日本の銀行にその力はなさそうです。

 散々バブルを煽って、高い建設費で作られた効した施設は今の不況では客足も伸びず運転資金もままならないという所でしょう。それを安く手に入れた外資は負債が無いのですから新生銀行と同じようにすぐに利益を上げることができるはずです。
 こんな条件の良いときに日本の企業の中に手を出せる所がないというところに日本の今の経済状況が象徴されているようです。
 本当に、おいしい所は外資に全部持っていかれそうです。バブルの時にアメリカの資産を買いあさっていた日本企業が高値で買って安値で手放したことと比べるとまったく逆の減少です。それだけ向こうの方が上手だったと言うことでしょう。アメリカの高笑いが聞こえるようです。
 そして、本来ならこの現象の責任を取るべき日本の銀行は国から公的資金を注入してもらったり、貸しはがしをやって自分達が生き残る為に中小企業を切り捨てているというのですから何をかいわんやです。

寂しいですね!

2003228日金曜日  第1258回  桶川ストーカー事件

 第1017話で取り上げた猪野詩織さんのご両親が起こした国家賠償訴訟の判決が26日ありました。
 その判決の意味は私には余り分かりませんでしたが、その裁判の過程で、埼玉県警が詩織さんを貶めるような発言を繰り返したと言う背景の方に腹が立ちました。
 どうして、過ちを素直に認めないのか。そんなことをして組織を守れば守るほど国民の気持ちは警察から離れることが分からないのでしょう。
 組織を守ることにより、国民が、警察は結局信頼できないと言う気持ちにならせてしまったことの方が警察にとっては今後国民の応援を得られないという大きな損失につながるような気がします。

 そんな警察とぐるになったような判決文を読んでいてどうも違和感を感じてしまいました。何だろうと思っていたら、詩織さんの名を呼び捨てで書いているのです。法律なんか全く知らないので、判決文はこういうものなのだろうとは思いますが、それにしても、この心のこもらない、被害者を見下したような文章はどうにも受け入れがたいものがあります。
 こんな文章を見ると、「司法は庶民の立場に立っていないのだなぁ!」と感じずにいられません。
 専門家から見れば、何を馬鹿な事を言ってるんだと思われるのでしょうが、そんな人間としての素直な気持ちさえ分からないところに司法のおかしさがあると思えて仕方がありません。こんなことを感じたのは私だけなのでしょうか。案外こんな所に今の日本の乱れの元があるのじゃないでしょうか。

 それにしても、国民を守るべき法が組織を守るための法になってしまっている。完全に本来あるべき目的を失ってしまっているところにどうしようもない閉塞感の漂う日本の現状があるように思えます。

全ては原点に戻る必要がありそう!

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