団塊の世代の部屋
(6)ホームへ 団塊 前 次 下へ
2000 年1月1日土曜日 第128話 現場を知らないリーダー |
あけましておめでとうございます。 2000年の正月は無事に来たでしょうか?会社で待機された方が沢山おられるようでご苦労様です。もしかして地球滅亡で誰もいなかったりして!!今年も波乱万丈の年になりそうですね。 この大晦日から正月にかけて会社へ待機された人を激励に行ったトップや管理職はどの位いたのでしょうか?部下に一番辛い仕事をさせる時こそ上に立つものはその気持ちを思いやるべきではないでしょうか? しかしながらこういう考えは日本では受け入れられないようです。上に立つものは、自分で動くのではなく、人を動かすものであると。確かに、そうかもしれませんが、一番苦しいことを、上に立つものが知っていると言うことも大切であるように思います。 さて、今年最初の団塊の世代の部屋ですが、『中坊公平の 「人間力」 中坊公平・佐高信徳間書店 腐敗はいかにして生まれるのか 「棟梁」ではなく、「親方」でなくてはできないこと』にそんな気持ちにも通じるような言葉がありました。…略
途中ですが一言。中坊さんほどの人がこう言うのです。それ以上の人が果たしてこの日本にどれほどいるのでしょう。↓にもあるように私も゛中坊首相 "待望論者です。この危機的状況にあって小渕総理じゃどうしようもないと思いませんか。
現場を知らないリーダーが組織を危うくする しかし、首相かどうかはともかくとして、現場を知らないリーダーが多すぎますね。…以下略
年末の藤沢さんの組織論に続いて、年初めも組織に関する事ですが、いかに良い組織を作っても、リーダーが現場を知らなければどうにもならにということである。現場を知らないということは、私に言わせれば、自分の仕事に興味が無い事だと思います。興味の無い仕事に力が入るわけがありません。従業員は良い面の皮です。トップですらそうですから、中間管理職当たりが、現場を知らないなんてのはもってのほか、企業とは言えないと思います。 いつものように、何処とは言いませんが! 2000 年4月22日土曜日修正 |
2000 年1月2日日曜日 第129話 上げ底 |
第83話でも取り上げましたが、人間は、組織に属することにより、その組織に対する忠誠心第一になってしまうようである。組織に忠誠を尽くす余り、社会という視線を無くしてしまうのである。 自分達に都合の良いように物事を解釈してしまう。その代表が、日本ではないでしょうか。日本の常識は世界の非常識という言葉に日本人の異常さが現されているといって良いでしょう。 日本全体が、戦後、世界に追いつき追い越せでわき目も振らずに頑張っていた頃には世界もあたたかな目で見ていてくれた面もあると思いますが、世界でも有数の経済国になった今、同じようなことをしていては顰蹙を買うだけである。 そんな日本の国の歪みは、すべての組織の歪みの集合といっても良いのではないでしょうか。
そんな考えに答えてくれるような言葉が、『中坊公平の 「人間力」 中坊公平・佐高信徳間書店「上げ底」で考えるか人間を基本に考えるか』の中にありました。…略 私たちは、いずれ何らかの拘束を受けて゛上げ底 "の上でものを判断していると思うのです。 ……以下略 これは良いですね。物事の判断の基準が、今の日本の場合世界と比べても、どうしても自分の属する組織の損得になっているのが現状です。特に属する企業の利益が第一になっている。そこには他人を思いやる心は無いに等しい。自分たちさえ儲かればそれでいいのである。 会社や組織でなく我々は「人類」、「人間」に属しているのです。自ずから何を基準にすべきかが分かるのではないでしょうか。一人ひとりがこの信念を持って行動すれば日本の夜明けも近いでしょう。 2000 年4月22日土曜日修正 |
2000 年1月3日月曜日 第130話 国民主権 |
明治維新にしても、基本的には無血革命に近いものであり、ましてや戦後の民主主義に至ってはアメリカに与えられたものである。それも、アメリカが自分達に都合の良いように、そして、実験として与えたものです。 そんな気質について触れているところが、『続いて同じく 「人間力」 司法から眺めたこの国の欠陥 国民が国民主権の使い方を知らない』にあります。国民主権について言えば、自分たちが主権者なんだ、自分たちが王様であり自分たちが国を運営しているんだという根本の感覚が、日本人には依然として育っていない。……以下略
どうです、やっと何かがわかったような気がします。こんな大事な事を50歳を越えた私が今更知るというのも情けないですが、個人の責任もありますが、ここはやはり教育というものの大切さもあるのではないでしょうか。特に中坊さんが言われるように「 本来は市民革命で勝ち取らなければいけないものを、上から与えられたものだから、有り難みがないというか、国民主権の使い方も知らない」ということが一番の問題ではないかと思います。この当たりを分かっている為政者が、政治を行う上で国民の知識が邪魔になるのであえて教えなかったのじゃないだろうかと邪推したくなるほどである。企業に都合の良い文句の一つも言わず上の言うことにおとなしく従う人を作る上で都合が悪かったのではないだろうか。 まぁそこまで悪く取る事も無いだろうが、兎に角、単なる詰込みの受験の点取りのための教育より、この「国民主権」の大切さを教える事の方が教育としてはよっぽど大事ではなかったのだろうか。今からでも、始めなければ日本は良くならないだろう。 2000 年4月22日土曜日修正 |
2000 年1月4日火曜日 第131話 あきらめるな!ニッポン |
日本国民は、政治や経済に幻滅しているし、銀行にも怒っている。それでは何故、それが生かされないのだろうか。それは、その怒りをぶつけてもどうにもならないとの諦めがあるからだろう。
中坊さんの国民主権に通じる面白い本を見つけました。「おごるな上司」で有名な堀田力さんのものです。 ……中略 市民の大方は、この激動期になっても、まだ眠っているように見えるが、頭は結構さえているし、自分で物事を解決しようという動きが着実に全国に広がっている。では、いつ、彼らは立ち上がるのだろうか。…・以下略
やっぱり、日本の現状を憂えている人はたくさんいるようですが、中々それが、大きな流れになりません。このあとがきは最初に実業之日本社から出版されたときのものですがそのときはここにあるように楽観されていたようだが、この後この本が文庫本になったときの文庫版へのあとがきに「 どうしてこんなに改革がすすまないのだろう。このままでは、日本がダメになることが見えているのに」と書かれている。これは、やはり国民一人ひとりの自覚を待つしかないだろうが、待っている間にどうしようもなくなるような気がします。昨日も触れた教育に待つには余りにも時間がかかりすぎます。 我々が生きている間にはどうにもならないでしょう。 それじゃあどうするのか!やはり我々が自分で立ちあがるしかないでしょう。そのために今出来る事は選挙に自分の考えをぶつけるしかないでしょう。白けたら負けです。大勢の声無き怒りを信じて、ぶつけるしかない。それでも立ち上がらないのなら、それはそれでこの国はもうダメだということでしょう。責任はあんなバカな政治家を選んだ国民一人ひとりにあるのですから。 2000 年4月22日土曜日修正 |
2000 年1月5日水曜日 第132話 仕事のプロ |
創業者社長とサラリーマン社長の違いとは何でしょう。それは、仕事に対する執念の差ではないかと思います。 創業者というのは、自分がこだわった仕事で創業した場合が多いだけに、それにかける執念は並みのものではないのは当然でしょう。 ところが、サラリーマン社長はやはり、就社した人が多く、就職ではないことが多いように重います。入社して、配属されてはじめて自分の仕事が与えられるのですから、それからの仕事との付き合いです。その上、総合職となると色んな部署を経験するという大義名分のため一つの仕事に精通する前に異動ということもあるでしょう。ですから、本当のプロに離れないと思います。そこには創業者ほどの執念が生まれないのも当然かもしれません。 まして、日本のサラリーマン社長は、分科系が多く、理科系が少ないので、尚更その傾向が強いように思います。技術や研究となるとそれなりにのめりこむ人も多いでしょうが、事務系となるとどうしても広く浅くのことが多くなります。 そうやって、社長になったサラリーマンは、仕事のプロより、社内遊泳の上手い人である傾向があるようです。仕事にこだわる人は、得てして社内遊泳のアマが多いように思われます。 チョット、過激な考え方かもしれませんが、そういう傾向は少なからずあると思います。 そんな仕事にこだわった代表のような本田宗一郎さんを、『読売新聞 2000年(平成12年)1月3日(月曜日)社説 新時代に挑む 経済によみがえれ「創意と責任」 いでよ、「俯瞰」する経営者』が、取り上げていました。 本田さんは答えた。 去年の暮れから 第124話以降で取り上げた藤沢さんが自分たちのことを「本田宗一郎、藤沢武夫の特長は何かといえば、一言でいって、エキスパートであるということでしょう。面倒見のいい管理者タイプでは決してありません。本能と直感で動きます、こういう人間は、世間一般の組織図で固められた集団のなかでは生きられないのです。せいぜい出来の悪い管理者になって、才能を擦り減らしてしまうのがオチでしょう」と言っています。これから考えるに、今の経営者は、サラリーマンでしかないということなのではないでしょうか。即ち、仕事に惚れているので無く、単に組織の中を泳ぐことの上手い人間が他人を押しのけ勝ち上がって来ただけであり、そこには仕事に対する情熱など無く単なる出世欲の権化でしかないということです。 要するに仕事は何でも良いわけで組織のトップに立つことが目的であり、仕事をする事が目的ではないわけです。ですからそこには仕事に対する愛情は無い。組織の中をどう上手く泳ぐかの関心だけで育ってきた人間に企業家精神を求めるのはハナから無理なのである。 それではどうするのかと言うと、藤沢さんがやった様に、エキスパートを活かす組織を作ることしかないと思います。その差の大きな現われが、今の本田と日産の現在の姿なのではないでしょうか。 ですから今更今の経営者に企業家精神を取り戻せと言っても、元からそんなものが無い人間が経営者になっているのですから無理と言うものではないでしょうか。 2000 年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月6日木曜日 第133話 日本の経営者 |
今、元気のある会社は、昨日( 第132話)も取り上げた創業者の心を受け継いでいる所が多いように思います。幾ら偉大な創業者の会社であっても、何代も続くと、創業者の心は忘れられて斜陽化して行くようである。企業の寿命30年という説がありますが、その当りも関係しているかもしれません。 その中にあって、元気を保っているソニー、本田等はその双璧でしょう。しかしながら、この二社も、今は後継者を上手く選んでいますが、その良さが続くことこそ今後も存続して行く絶対条件ではないでしょうか。 そんな二社に関係する面白い記事がありますので紹介します。両方ともに好きな週刊東洋経済の佐高さんものです。 20世紀超人伝説 佐高信が選ぶ経済人10傑 2000.1.1−8◆週刊東洋経済井深大と本田宗一郎。この二人がいるから、私は日本の経営者に絶望しないで済む。2人とも人マネが大嫌い。…中略 この他、佐高さんが選らんだ八人は、早川 種三、松永 安左エ門、木川田 一隆、石田 禮助、大原 孫三郎、伊庭 貞剛、中山 素平、小倉 昌男である。いずれも興味あるひとたちである。 石田禮助さんはすでに取り上げたが、他の人も、いつかは取り上げたい。 いずれにしても、ここに取り上げられた人達は仕事に惚れぬいた人ばかりであり、出世がどうのと言うような単なるサラリ−マン経営者はいないことだけは間違い無い。 2000 年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月7日金曜日 第134話 他人のお金 |
あの中坊さんでさえある訴訟に勝ったとき目の前に積まれた金の中からホンの一部を報酬としてもらったとき、最初から決められていた金額でありながら、誰か、もっとどうぞと言わないのかと思ったそうです。 そんな人間の弱さに触れた言葉が、読売新聞 1月4日 火曜日 2000年(平成12年)のミルトン・フリードマン氏( 76年ノーベル経済学賞受賞。87歳)の対談の中「21世紀への対話 政府と市場主義」にありました。
フリードマン この 「人はだれも、他人のお金を自分のお金を使うように注意深く使わない」という言葉は、ズバリと本質を突いていると思います。公務員が予算のムダ遣いをするのは正にこのためです。企業でもそうでしょう。自分のお金を使うときの慎重さが税金とか会社の費用となるとガラッと気持ちが変わるのです。使わなきゃ損とばかりに振舞うのです。その上残すと翌年の予算が付かないから、余ったものまでムダに使いきってしまう。これは皆が分っていることなのでしょうが、誰も改革しようとしない。これが人間の身勝手というものでしょうか。人間て情けないですね。と言いながらも私も同じ立場ならきっと同じようにやるんじゃないでしょうか。 やはり、第105話で取り上げた『いま「武士道」を読む』の本文にあった、「金銭と金銭慾とをつとめて無視したるにより、武士道は金銭に基づく凡百の弊害から久しく自由であることをえた。しかしああ!現代における拝金思想の増大何ぞそれ速やかなるや。」という言葉が重いです。 中坊さんや石田禮助さんの精神を持った人でないと無理かもしれない。 これはやはり育て方や教育でしかできないことなのでしょうか。ホント寂しいですね。 2000 年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月8日土曜日 第135話 無責任政治 |
正月も終わり仕事も始まりましたが、相変らず先行きの分らない日本です。一体、政治家は日本をどうしようとしているのでしょう。 大阪府知事の候補者選びで相も変らず、国民を無視して政治家の都合ばかりでやろうとしています。 ……略 国民を火の車に乗せていることにも、気づかぬふりをしている。……以下略 どうです、この小渕政権の無責任さ。そこには国民とか、日本の国の将来という視点は全くないように思えます。政権をどうやって長続きさせるかという視点しかないようです。すべてが、国民に目先の利益をちらつかせる方式である。「アホな国民はこれで騙されるだろう」と思っているに違いありません。 あの人達は自分達さえ良ければ日本の国なんかどうなってもいいのでしょう。将来の国民がすべてのツケを払わされるのです。あんな奴等を選んだのは我々なんです。 正月にミサイルでも飛んできた方が良かったかもしれないですネ!! 2000 年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月9日日曜日 第136話 先送り |
昨日、 第135話で触れたように政治家が、自分の事しか考えず問題を先送りするばかりである。考えてみれば、日本の国にそんな政治家が出たことがあるのだろうか?戦前、戦後を問わずこれといった人はどれくらいいたのだろう。 多分、何人かはいたのでしょうけれど、勉強不足で思い出しません。ここで良く取り上げる石橋湛山さんも力を発揮する時間がありませんでした。 明治維新から大正にかけての政治家にかろうじて名前を残した人もいるようですが、これも賛否両論というところじゃないでしょうか。 もしかしたら、日本という国にはそんなリーダーは似合わないのでしょうか? そんなことを考えさせられる言葉が「日本経済新聞 2000年 (平成12年)1月6日(木曜日)大機小機 ダイナミズムへの挑戦の年に」ありました。 ……略 これだけ先送りに対する批判の記事がめにつくようになっている。もう、いい加減に今までの「 一過性の効果しかなかった」「予算のバラマキ」で国民をコケにするのはやめて、根本的なテコ入れをする必要がある。目先の選挙のための人気取りや圧力団体の声ばかり聞いていたのでは今までと何の変わりもないのである。確かに大きな変革は一時的には一部の団体の反対やスコミの偏った報道などの標的になるだろうが将来の日本を憂えるサイレントマジョリテイである国民はそこまでバカじゃないはずだ、将来のためになる根本的な政策には耐えるに違いない。それこそが「目先のつじつま合わせではなく、大きく構えて国民をその気にさせるダイナミズムを生む政策」である。心有る国民はそれを待っているのである。何時までも小渕政権の無策を放っておくことはできないときが来ているのだ。何故、将来の日本を考える政治ができないのだろう。それ程、日本人は救いようがないのだろうか。 2000 年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月10日月曜日 第137話 山の国と海の国 |
今年初めてのサンデープロジェクト見ました。田原さんが小渕総理にTELしたりしていました。政治家は怖いですね、言葉だけ聞いていると、いかに一生懸命国の未来を考えているかというようなことをいってましたが、所詮上辺だけだと思います。それを象徴するようなことがその後の経済予測のなかでありました。 それは3人のエコノミストに今年の予測を聞いたものであるがその中で慶応大学教授 竹中平蔵さんが日本の国は山の国と海の国の二つがあるという表現をしていた。それは従来の規制に守られた旧来依然としたグループ、銀行、ゼネコン等を代表とするもので、これを山の国と呼び。海の国は情報産業など規制が無い自分達の力で、すさまじい勢いで伸びて行っているグループ、孫さんのところのソフトバンクのようなベンチャ―企業が代表でしょう。今の日本はこのすさまじく伸びている海の国と規制に守られて更に壁を高くしている山の国があるのでトータルとして停滞しているのであるということである。この表現は非常に分り易くて良かった。 ところが悪いことに山の国が従来の自民党の選挙基盤であるということである。だから政府も何をやらなければいけないか分っていても選挙を考えると思いきってできないというか、やらないということであるようだ。要するに日本の将来より自分達の身分が可愛いだけである。特に「ペイオフ解禁」等は其の最たるものである。すべてが先送りである。その裏には今言った選挙対策があるのである。アレほど日本を滅茶苦茶にした銀行をまだ救おうとしているのである。 折角伸びようとしている海の国があるのに山の国を助けるために足を引っ張っているのです。何故自分を捨てて、日本の国の根本的な改革をやろうとしないのか。海の国が伸びれば、山の国からの人も吸収されるはずである。確かに一時期耐えなければならないだろうが将来のためには皆で耐えなければならないし、その救済のためにこそ税金は使われるべきだろう。 今こそ自分を捨てられる、中坊さんのような人が求められているとは思いませんか。口だけ上手い政治家は信頼できない。 |
2000 年1月11日火曜日 第138話 田中秀征 |
過去の素晴らしい人というのは大抵その親の育て方に大きく影響されているように思える。ここで今まで取り上げた中坊さんとか、石田禮助さんでもやはり両親の影響が大きいような気がする。ということはここまで崩れた日本が立ち直るには気の遠くなるような時間が必要ということである。まず親から育てなければならないのだから。 そんなサムライの一人であると思われる佐高信さんが好きな政治家にあげている田中秀征 元企画庁長官の記事が「日本経済新聞 2000年(平成12年)1月7日(金曜日)日本経済を聞く」にありました。さすがに佐高さんが押す人だけに面白い内容である。「政府は放っておけば大きくなる。既得権益は自己増殖するからだ。小さな政府づくりとは、かくも難しい」 「最大のモラルハザードはバブルの発生、崩壊からその後始末に至るまでの失政の責任を政治家、官僚ともきちんと引き受けていないことだ」…以下略 やはり中々厳しいですね。これでないと、佐高さんが認めるはずが無いですね。それにしても、いかに政治家とか官僚が自分を律することをしていないかがよく分る。 こりゃ大変だ!!日本の将来ちょっと望み薄かな! 2000 年4月24日月曜日修正 |
2000 年1月12日水曜日 第139話 ペイオフ |
国民が折角、ルールに従って、耐えようとしているのに政府がそのルールを変えてしまう。ある程度国民もいやだけど、「日本が良くなるためにはある程度の痛みも必要かな」と覚悟しているのに、田中秀征さんもふれている地域振興券とか介護保険とか次から次と国民をコケにした政策を出してくる。その仕上げのように今度のペイオフ延期をきめてしまった。 このペイオフについての記事が昨日と同じコラム「日本経済新聞 2000年(平成12年)1月 8日(土曜日)日本経済を聞く ▽6池尾和人 慶大教授 過剰貸し出し圧縮カギ金融再生、道のり遠い」にありました。金融再生問題の中で取り上げられているものである。ペイオフの所だけを取り上げます。……略 ペイオフ(預金などの払い戻し保証を一定額までとする措置)の解禁が一年延期となった。この影響は。 「例えるなら『良薬は口に苦いから飲まない』という感じだ。…以下略
年末のこの延期決定からどれだけの批判がおきていることだろう。この部屋でも何度もでてきた。それだけこの延期には何の根拠も無いのが誰の目にもあきらかである。それなのになぜやるのか、そこにはどう見ても選挙対策しか見えない。小渕政権が国民の本当の気持ちを分らず、表面だけで喜ぶだろうとバカにした結果だと思う。ところが国民はそれ程バカじゃなかったということではないだろうか、小渕内閣の支持率が又下がり出したそうである。 ここまでコケにされてもついて行くのですか皆さん!! 2000 年4月26日水曜日修正 |
2000 年1月13日木曜日 第140話 反骨精神 |
元プロ野球ジャイアンツの選手落合博光さんは今までのプロ野球選手の中では異色である。高校時代から、所謂、体育会系ののりを嫌い、下級生をいじめると言う事はなかったそうである。それどころか、そういう体質を嫌って、高校、大学の野球部を途中でやめているのである。それでいて社会人から遅く入ったプロでアレだけの成績を残したのである。 一番古い体質の体育会系の中で自分を通し誰にも負けない成績を残したということは、人一倍抵抗があったはずであるがそれを感じさせない。すごい人である。 この落合さんがインタビューで、「実力の世界といわれるプロの世界にも、好き嫌いの人事がありますよ」と言っていたのが印象に残っています。
そんな落合選手にも関連する面白い記事が『日本経済新聞 2000年(平成12年)1月 7日(金曜日)チェンジアップ 豊田 泰光 清原「孤独」に復活の芽』にありました。……前略 張本や落合ら巨人に移籍してつぶれなかった選手は、みな反骨精神を売り物にしていたような選手だ。孤独を恐れないだけでなく、自らを鼓舞していくタイプである。 この「 巨人に移籍してつぶれなかった選手は、みな反骨精神を売り物にしていたような選手だ。孤独を恐れないだけでなく、自らを鼓舞していくタイプである。」という言葉が気に入りました。本当に強い人は孤独に耐えられる人である。日本人特有の群れるということがない。付和雷同がない。自分の考えを持っている。このあたりはすべて、今のような右肩上がりが望みにくい時代の経営者や管理職に求められることではないだろうか。右肩上がりのときは、きちんとしたポリシーを持たない、上の言うことを伝達するだけの管理職でも誤魔化せたが、今、そんなことをしていたら会社自体が無くなってしまう。 自分の考えで動ける人間が必要とされているはずである。これと思った方針を大胆に進めていく意志の強さが求められる。他人と同じ事をしているようではこの時代を勝ちぬくことは出来ないのではないか。まだまだ日本の企業ではそういう人は受け入れられないが…。 2000年4月23日日曜日修正 |
2000 年1月14日金曜日 第141話 日本らしさ |
大阪の夏の暑さはどうだろう、車やビルのクーラーの吐き出す熱で昔には無かった絶えられない暑さ。そのくせ部屋の中では冷房病の心配をしている。サラリーマンはネクタイに背広で虫の息。一体、我々は何をやっているんでしょうね。 考えさせられるコラムがありました。尾道で有名な映画監督の大林宣彦さんの記事です。 日経流通新聞 2000年(平成12年)1月8日(土曜日) 先探人 美しさ失った日本人に警鐘 大林 宣彦さん 心の豊さ映画で伝える……略 「この国は急に日本らしさをうしなってしまった。日本人が美しさをなくしていく。これほど短期間にその国らしさを失った国はない」。黒沢や小津の世界から逸脱していく日本。 ……以下略 どうです考えさせられますね。戦後日本人が捨ててきたことへの警鐘があります。便利さとは即ちわがままであり、自分さえ良ければの今の風潮のすべてかもしれない。 せめて夏の背広くらい止めましょう! 2000 年4月26日水曜日修正 |
2000 年1月15日土曜日 第142話 世界一の借金王 |
いつもの石井氏のコラムが又面白い。 2000.1.15 ◆ 週刊東洋経済 経済人 の言葉ウォッチ石井信平 「世界一の借金王」が君臨する 2000年度の国家予算を見ると、八十五兆円の歳出を、三十二兆円の国債で賄う。「私は世界一の借金王」と小渕首相は大見得を切ったが、一体、こんな低水準の冗談を、報道する価値があるのだろうか? 「マダム、もう一杯!」限りなくツケをしながら、カウンターを離れずに飲み続ける酔客の、チリチリと刺すような焦りが、酔いとともに次第にSM的な快感に転じる。「俺こそ、この店一番のツケ侍」とオブチはわめく。このツケの払いは国民だ。 人の感覚は複雑で、痛いとか苦しいことに快感を覚える。この相矛盾した、アンビバレンツな感覚こそ、人間心理と生体の微妙な揺らぎを暗示し、そこから詩や文学が生まれる。小渕総理の強さは「人柄」にありという説があるが、私は踏み込んで言いたい。彼はSMの快感にはまってしまった。 予算閣議の直後に開かれた経済戦略会議で小渕首相は語った。「景気対策は一服して、来年からは構造対策ですか、とよく聞かれるが、どちらも継続して対応していく案件だ」(朝日新聞、1999年12月26日)。実に、彼のアンビバレンツな状況を的確に語っている。 公共事業をバラまく景気対策と、財政の健全化を図る構造改革は、正反対の一大事業である。「借金はするぞ」と「借金は返すぞ」を同時にスローガンにして、「どちらも継続して対応しよう」というのだ。もう、縛られながらキモチいいと思うSM的状況としか言いようがない。 敗戦はゼロからのスタートだった。「復興」を得意とする国民は破局から学ばず、破局をキモチいい、と思う感性が運命づけられている。権力とはアンビバレンツな快感だ。同時に、この国の国民も、働き、絞られ、リストラされる快感にはまった無抵抗なM奴隷である。 改革も改造も革命も、この国にはふさわしくない。日本列島は一大SMプレーの官能現場として、二千年紀を迎えた。 相変らず痛烈である。「 この国の国民も、働き、絞られ、リストラされる快感にはまった無抵抗なM奴隷である」とはいいえて妙の一言である。何時も言うようにこれだけバカにされても立ちあがらない国民は日本人だけなのかもしれない。ここまで為政者の都合の良いように飼いならされてしまっては「無抵抗なM奴隷」と言われても仕様がない。これはやはり教育だろうか、それとも国民性か? |
2000 年1月16日日曜日 第143話 世間 |
どうして日本人は、ここまで自分が属する組織に弱いのだろうか。国土の狭さに関係あるのだろうか?いや、そんなはずはない、世界にはもっと小さな国もある。 やはり、これは江戸時代の幕府の政策によるような気がする。5人百姓という最低の単位での相互監視による政治に慣らされてしまったのではないでしょうか?300年かかって体に染み付いたものは300年掛けなければ体から抜け出さないのだろう。 それ程、徳川幕府300年の治世は日本人の体に染み付いている。世界的に見ても300年の平和ボケの国はないのではないでしょうか。抑えつけられながらも、何処かお上任せの気楽さにもなれてしまったのかもしれません。そうでなければ、日本人のこの異常さは説明がつかないと思います。 そんな疑問に答えるような面白いコラムがありました。 日本経済新聞 2000年(平成12年)1月10日(月曜日) 時論 阿部 謹也 共立女子大学学長(一橋大学前学長) 文系・理系の区分は幻想 新千年紀へ教育再構築を…略 このことは欧米社会に「世間」がないということと深くかかわっているのだが、わが国の世間は贈与と長幼の序を原理としているだけでなく、時間を共有している関係でもある。欧米の社会では個人は自分の時間を生きているのであって、家族以外にはそれを共有できる人は極めて少ないのである。…以下略
ここでは前半に触れたい。「 このことは欧米社会に「世間」がないということと深くかかわっているのだが、わが国の世間は贈与と長幼の序を原理としているだけでなく、時間を共有している関係でもある」や「この違いは日本人の人間関系のすべてを規定しているといえるほどの影響力を持っている。同じ時間の中で生きているため、常に先輩・後輩の関係が問題になる」という言葉が面白かった。これは以前触れたが、相互監視や恥の文化である。要するに他人の目を意識することにより自分というものがなくなるのである。これこそが日本人を「無抵抗なM奴隷」にしている原因ではないだろうか。これは江戸時代からの村社会の管理が今も生きている証拠でもある。つまり日本人は他人と同じ事をして入れば安心というように意識付けられ、育てられてきたために、人と違ったことが出来ないのである。 ビート猛の言った「赤信号みんなで渡れば怖くない」こそが日本人の体質を見事に現しているのではないだろうか。 だからみんなで為政者にバカにされながらじっと耐えているのである。このコラムの表題「新千年紀へ教育再構築を」が必要だが余りにも遅いのではないだろうか。 関連参照 第41話 第44話2000 年4月26日水曜日修正 |
2000 年1月17日月曜日 第144話 マスコミ |
どうにも納得がいかないのが、政治家にしろ、財界人にしろ一人ひとり話を聞くと、「今の日本は駄目だ、何とかしなくちゃ」と言うことである。ところが実際やっている事は、全く違っているのである。 ところが、えらく楽観的な記事があった。時々取り上げているコラムであるが、ちょっと今までとは筆致が違うような気がするが、それなりに面白いかもしれない。 …略 どうです面白いと思いません。久し振りに政府のちょうちん記事を見た気分です。第一から第三までは特に異論はありませんでしたのではぶきますが、第四に至っては、今の政府が全くやろうとしていないことを既にやってしまって、後は仕上げを待つというような結論である。 佐高さんが以前日経はおかしいといって睨まれていると言っていたがこういうところがそうなのだろうか。ちょっとがっかりである。 これを考えさせられる面白い記事が年末にあったので書いておきます。 12 月29日 ◇天声人語◇ 作家、高杉良(りょう)さん(60)。…中略 どうですか、この言葉「 一番反省すべきはマスメディアではないですか」は、その通りだと思います。マスコミの力が強いだけに、心して欲しいものです。今の日本の閉塞感の何%かは、マスコミの責任もあると思います。マスコミに携わる人達、特に上層部に、政治家や、官僚、財界人と同じように自分の仕事のプロがいないということだと思います。 日本中無責任でどこへ行く! 2000 年4月26日水曜日修正 |
2000 年1月18日火曜日 第145話 先送り |
選挙対策かどうか知りませんが、自分達の事しか考えずに先延ばしばかりしている政府は必要無い。 進むべき道が見えているのに邪魔しているのが政府じゃ国民はたまったものじゃないです。そう思いませんか。 きっと、国民はレベルにあった政治家しか持てないのでしょう。 今日の日経には笑いました。昨日久し振りにちょっとおかしいんじゃないかと取り上げた同じコラムに「日本経済新聞 2000年 (平成12年)1月15日(土曜日)大機小機 長期展望に立った国策の構築を」というその返事みたいなのがありました。まさかここを見てるわけじゃあるまいし。…略 しかし、自律的回復の条件が整ったかというと、決してそうではなく、問題の先送りにより病状を悪化させたのではないかとすら思える。…以下略 (遠山) どうです、このぐらい同じ事をそれも同じコラムで論じて正反対の結論に達するのも面白いですね。しかし、それを両方とも載せるというのは昨日はがっかりしましたが、日経も捨てたもんじゃないかもしれないですね。 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月19日水曜日 第146話 指導者 転職失敗記 |
最近経営者ということで身近な所で話題になったことがあります。それは、経済界の中では評価されている企業(特に業績面)でも、そこで働く従業員にとってはその中身は体のいい奴隷制度か、封建社会そのもののような企業があるということである。 まずは世界の経営者ともいえる政治家の面白い話が「2000.1.15 ◆週刊東洋経済 風 新しい皮袋の中身は」にありましたで取り上げます。 …略 世界の指導者にも変なのがいる。まして日本のおいておや…。どこかで聞いたようなセリフですね。歎異抄の善人なおもて往生す、ましてや悪人おや…だったかな? そんなひどい企業を書いたHPも沢山あるようです。そういう一つがありました。 リンクをお願いしてみました。考えさせられます。希望に燃え、目標を持って頑張っている努力する人間を踏みにじるような経営者がいるんですね。本当に腹が立ちます。そんな人間が経営者でございと堂々と他人を踏みにじって生きているのです。許せません。経営者たるもの自分は、他人の人生を左右するだけの立場にあるという自覚と責任感を持って経営にあたって欲しい。それだけの責任があるはずである。他人の人生を滅茶苦茶にする権利があるはずがない。重く受け止めて欲しい。そんな覚悟を持って経営している人間がどれだけいるだろうか、いないだろうなぁ。 転職失敗記2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月20日木曜日 第147話 清濁併せ呑む |
そごうの水島会長が責任を取って辞任しました。バブルの時はその経営手腕を持ち上げられ、その経営方法をお手本にするようにと、雑誌にもかかれたものです。その裏には、銀行が見え隠れします。 そんな経営者ということに関する面白い記事がありました。 今話題の人、孫正義さんのインタビュー記事「2000.1.15 ◆週刊東洋経INTERVIEW 激動期、革命期には上がアホではもたない 孫正義」です。 …略 良いですね、この『 いままでの日本の大企業の経営者というのは、そういう議論をすると、「アイツは青い」となった。むしろ「清濁グッと併せのむヤツ」とか、そういう人ばかり偉くなってきた。これが日本の大企業の根底の問題ですよ。』という考えこそ以前から私が主張してきたことそのものである。この清濁併せ呑むという言葉にどれだけの人間が泣かされてきたでしょう。要するに、悪いことをした奴らが自分達の悪い所を隠す都合のいい隠れ蓑に使ったのです。 何故か日本人はこの言葉に弱く、この言葉の前に悪事を見逃してきたような気がします。 今までの右肩上がりの時代にはこういう経営者でも何とか誤魔化せた。しかし今のような「激動期、革命期」にそんな悠長な経営では乗り切って行けないのである。 新しい考えの孫正義さんがこうしてマスコミの兆児となってマスコミにちやほやされている時、同じく時代の兆児として二十年〜三十年(?)くらい前にマスコミにおだてあげられた坪内さんが去年の暮れに亡くなった。あの当時は今と同じようにマスコミがこぞって坪内さんの経営を褒め上げたものである。私も何冊か本も読ませていただいたが、来島ドックの挫折によってマスコミから見放されてしまった。 アレを見せられているので、孫さんが将来もしつまずくようなことがあれば、又、マスコミにたたかれ捨てられるのだろうなと考えてしまう。どうも日本のマスコミはあまりにもポリシーが無い。この国がここまでひどくなったのも、マスコミの責任も小さくは無いと思う。 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月21日金曜日 第148話 マスコミ |
日本人は特にマスコミや権威に弱く、何でも信じてしまうところがある。ましてや、新卒の学生さんなんか世間の裏も知らずにリクルートあたりのちょうちん記事を真に受けて企業を選ぶのだから、その責任たるや重大である。一度就職すれば、ただでさえ労働流動性の無い日本では転職することは至難なのだから。 経営者についての面白い記事が「2000.1.22 ◆週刊東洋経済 企業の優劣は社長が決する 福田富子 兵庫県加古川市・会社員・31歳」にありました。読者の広場への投書です。 …略 これは面白い。この言葉は強烈ですね。 佐高さんがリクルートが企業から広告費をとって本を出すことによって大きくなったことを批判していたが、それは金をもらって本当の批評ができるのかという視点からであった。この批判精神を社会全体が持つ必要があると思う。特にマスコミはその必要があるはずである。 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月22日土曜日 第149話 地域振興券 |
竹下元総理の引退がやっと決まったようですが、あの古里創生基金を思い出します。あれほどの壮絶なむだ遣いを許した日本国民とは一体何なんでしょう。 津名町の金の延べ棒だけが騒がれて、一体、何が残ったのでしょう。あの無駄遣いを、もっと生きた金として、何か一つのことに集中して使ったらもっとすばらしいことが出来たような気がします。 そして、去年は、その子分の小渕総理が、公明党を取り込む為に、地域振興券という竹下さんに劣らない馬鹿げたことをやりました。 何の役にも立たなかったことは、誰が見てもハッキリしています。何とも情けないことばかりです。 そんなばかばかしさを取り上げた、もろ手を挙げて賛成する記事が「週刊東洋経済 ◆2000.1.22 編集室から」にありました。 地域振興券、介護保険見直しなど、天下の愚作数あれど、昨年末の与党による「ペイオフ解禁」の一年延長は、その極め付けでした。…以下略(山縣) どうです、この部屋で取り上げてきたことをズバリと書いてくれています。ここまで私の気持ちを代弁してくれると、かえって気持ちが悪いくらいです。しかし、これが普通の国民の本当の気持ちではないでしょうか。 2000年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月22日土曜日 第150話 天候異変 |
まともな季節が来なくなってどのくらい立つでしょう。毎年、天候異変が起きて、「ああ今年もか」と誰もが気にもしなくなってしまった。 季節がキチンと来ないということは、経済にも悪影響を与える。夏はあくまで暑く、冬はそれなりに寒い。そうならないと困る業種というのは結構あるものです。 何時だったか、冷夏で海水浴場が軒並み打撃を被った時もありました。暖冬で、冬物衣料が投売りになったときもありました。 これだけまともに季節が来ないということは、炭酸ガスによる温暖化現象等、人間が原因に違いないと思われます。 気になる記事を「日刊工業新聞 2000年(平成12年)一月某日 産業春秋」に見つけたので、書いておきたいと思います。今年の天候異変の一つでしょう。 年がかわり2000年になってもサケは戻って来なかった。金華山沖に近い福島県いわき市の鮫川に異変がおきている。「こんなバカげたことはない。初めてだ」…以下略 こんな恐ろしい事が起こっているのに、マスコミは余り知らせてないような気がするが、私が知らなかっただけならいいが…。地震がくる来ないは別としても自然がこれだけの変調をきたしていることをもう少し取り上げても良いのじゃないだろうか?世間の不安を煽るのではなく、真実を知らせるべきである。心の隅にこれは何かあるかもしれないと思っているのとそうでないのとは心構えが違ってくると思います。 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月24日月曜日 第151話 トイレ |
その会社が良いかどうかはトイレを見れば解かるといいます。 飲みに行ったら、一番にそこのトイレを見れば経営者の商売への取り組みが解かると言われたくらい大事な所です。 当然企業も同じですが、中々そこまで気も金も回らないのが普通でした。今でこそ、水洗トイレが当たり前になりましたが、以前は、行くのもイヤになるところも沢山ありました。 今では、公衆便所に凝る自治体も沢山あります。 実は、あの本田宗一郎さんが早くからそんな所に気を使っていたそうです。 経営に終わりは無い 藤沢武夫 より十、本田かぶれ 別けへだてのない人間関係…略 どうです、いい話だと思いませんか。こんな情を見せ付けられたら、誰だって働こうという気になるんじゃないでしょうか。経営者が心のそこで「会社は俺のものだ、俺が何をしようと俺の勝ってだ」という気持ちを持っているのと「会社があるのは、皆が働いてくれているからだ」というのでは、全く従業員の受け取り方が違ってくると思います。そんな心の持ちようは、黙っていても現われてくるものではないでしょうか。 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月26日水曜日 第152話 引き際 |
もう一つ本田宗一郎が日本の経営者の中で尊敬される理由の話を取り上げます。色んな本で取り上げられている話ですが、藤沢さんという一方の当事者によって書かれたの初めてなので興味深かったです。 その中でも感心させられたのが、二人の引き際である。この二人の対極にあるのが大手銀行である。社長や会長等の経営陣を退いた人が、退くことなく代々相談役としてズット専用車と部屋を持って勤務しているそうである。その人件費だけでも莫大なものらしい。尤も、そろそろメスが入っているらしいが。 経営に終わりは無い 藤沢武夫 より十、本田かぶれ二十五年目の幸せな別れ
本田はわたしのことを聞くとすぐ、「二人いっしょだよ、おれもだよ」 ここは読むたびに涙が出そうになります。なんて幸せな人生でしょう。そしてそれを言い切れるところが又、すごい。それは即ち、二人の心がそうさせるのだとおもいます。これが地位にしがみつくような人達だとこんな感動は覚えないでしょう。 お詫びしなければならないことがあります。この感動的シーンは、藤沢さんのフィクションだそうです。二人の本質は、そう違ってないと思いますが、世の中甘くないですね! 参りました!! 2000 年4月27日木曜日修正 |
2000 年1月27日木曜日 第153話 流動性 |
今、IT革命ということで、情報産業は中途採用での人集めに躍起だそうです。あのマイクロソフトがインターネットで仕度金を積んでまで中途採用をおこなったほどです。 ところが、それには技術が要ります。その道のプロということでしょう。そういう技術を持っていればこそ、そういった恩恵をこうむれるのですが、一般の事務系のサラリーマンにはそこまでの技術が無いのが現状だろうと思います。 これからの労働力流動化の波に乗るためには、売り物になる実力をつけることが必要になります。それが無ければ、中々、波に乗りきれずに取り残されて不満を持ちながらも今の会社で辛抱するしかないことになります。 それでも、こういった流動性がどんどん進めば少しは一般の人も恩恵にこうむれる機会が増えてくると思います。 面白い本を見つけました。ロスアンゼルス在住の商社マンが書いた「アメリカ人は、なぜ明るいか? 原隆之 宝島新書」という今のアメリカです。その中に「ビジネスマンとサラリーマンの間 同種内淘汰.」という面白い所がありました. ……略 前半略しすぎたので分りにくい所があるかもしれませんが言わんとするところは分かっていただけると思います。要するに日本のサラリーマンは社内でしか通用しないということである。 このあたりは今のサラリーマン社長にも当てはまるのでしょう。それでも天下りできる人はまだ良いのではないでしょうか?一般サラリーマンは退職すれば余程のことが無い限り、現状より条件の良い所へ再就職できることは無い。だから「サラリーマンは会社にしがみつくしか生きる道がない」という筆者の言葉はズバリ核心をついている。 だからこそ「ビジネスマンではなくサラリーマンなのだろう」という筆者の言葉は、かなり辛らつな言葉ですね。会社の中だけしか通用しないものにしがみつかざるを得ない日本の社会で、本当の実力をつけることより、社内を泳ぐ方に力を注がざるを得ない。そして、気がついた時は何にも無かったということになるのだろう。流動性のない労働市場もその大きな原因のひとつである事は間違いない。 やはり、自分でどこでも通用する力をつけるしかないのです。厳しいですね。しかし、それこそが当たり前の世界だと思います。 昨日の 二人の話と比べて何と情けない話でしょう。全力で生きた人との差でしょうか…。平成 12年4月28日金曜日修正 |
2000 年1月28日金曜日 第154話 価値観が統一 |
第41話 第94話 第143話 等で触れてきたが、戦後の日本の教育は、没個性が基本である。人と変わったことをしない、組織をみださないという企業等の組織にとって都合の良いことを教えてきたという事である。 言われたことを素直にやっていれば良い戦後の経済成長期のマスプロには、非常に都合が良かった。それが日本の高度成長を支えてきたことは確かである. しかしながら、時代は変わり、情報産業など個性を求められる産業が必要となってくると没個性の人材ではどうしようもなくなってきている。自分のアイデア一つで企業を起こし、今までにない産業をおこすなどというのは、人と同じ事しかできないものには到底無理である。 そんなことを、「アメリカ人は、なぜ明るいか ?」のなかでアメリカ人に指摘されている。 ……略 どうです,この情けなさ。実は、昨日の「同種内淘汰」の話も、今日の話もアメリカのヒュレット・パッカードの一技術課長さんが筆者に語った考えである。 またしても、この二人の「爪のあかをせんじて飲ませたい」ものですね。 2000 年4月28日金曜日修正 |
2000 年1月29日土曜日 第155話 レイオフ |
日本では、斜陽産業に属する会社で、従来の仕事を捨てて全く新しい産業に飛び込むというような思い切ったことができる経営者がいるだろうか?戦後の主用産業であった、炭坑や繊維産業などが今では見る影も無い。 そんな日本のことに「アメリカ人は、なぜ明るいか?」のなかの「当分日本はアメリカに勝てない !?」で触れています。 ……略 日本のリストラに名を借りた首切りを見事に衝いていますね。この中で触れている、IBMのリストラは恐れ入りますね、40万人の従業員のうち30万人を解雇。そして新しい方針の為に10万人を採用。それで20万人で新しい戦略の会社としてスタート。これほどの事をやったとは知りませんでした。道理で素早く立ち直ったはずです。そのやり方すべてが正しいかどうかは何とも言えませんが、戦略を持って、やり遂げたことは確かですね。日本人にはそう簡単に真似のできることではないでしょう。 この「 リストラとレイオフの大きな違いは、それを行う経営者がコア競争力に対する明確な理想像をもっているかいないかということだ」という言葉は、さすがですね。日本のほとんどの経営者にはできないのではないでしょうか。元々それだけの経営哲学も持ってないし、小手先の人員整理ぐらいしか思いつかないでしょう。日本の政治自体がそれと全く同じで小手先の誤魔化し、先送りの見本である。 2000 年4月28日金曜日修正 |
2000 年1月30日日曜日 第156話 企業の繁栄 |
日本の繁栄は、企業の繁栄であって、従業員にとってはその恩恵は殆ど関係無かった。確かに、一部の大企業や、公務員の中には、恩恵をこうむったものもいるだろうが、中小企業の従業員を見るとそれ程でもないのは間違い無い。 それは、良く比較される世界との物価差などに表れている。賃金は世界のトップクラスといわれるが、可処分所得や使いでは、それ程でもない。生活するのが精一杯というのが大多数の人の感覚ではないでしょうか。 会社や組織にに属していれば、少しは恩恵にもあづかれるところもあるが、一旦それから外れると、何にも残ってないということになる。 大会社の経営者が、その地位を離そうとしないのもそんな背景があるらしい。会社にいれば、接待費は使い放題、運転手つきの車での送り迎え等至れり尽せりであるが、一旦辞めるとただのおじさんになる。それがイヤで辞めないのもあるらしい。
そんな日本の現実に「アメリカ人は、なぜ明るいか?」の中の「アメリカ人の裕福さの秘密」で触れている。 ……略 日本の経済システムをそのままにして、雇用慣行だけをアメリカ風に変えるとなると、日本では住宅ローンと教育ローンを抱えたサラリーマンが経済的に行きつまってしまい、次々と「首吊り」「飛び込み」という悲しい事態になってしまうかもしれない。…以下略 結構、辛らつですね。確かに日本の良さもありますが、総じてやはり日本はおかしいですね。国民じゃなくて、企業だけが繁栄する仕組みになってしまっている。戦後の復興期にはこれでも良かったのかもしれないが、折角ここまで発展してきたのにその果実を国民が享受するのでなく、一部の企業や銀行とか、ゼネコンのような護送船団方式で必要以上に守られている所に吸い取られている。そしてそれと組んだ政治家や官僚だけが上手い汁を吸っている。 何で、みんな立ちあがらないのだろう? 2000 年4月28日金曜日修正 |
2000年1月31日月曜日 第157話 勝ち組 |
1月の最後になりました。1月の締めくくりに丁度面白い記事がありました。いつものコラムです。 経済人 の言葉ウオッチ 石井信平 ついに日本はミリタリー・ 日本で戦争が始まったのか、と浮き足立つ思いで各企業トップ年頭挨拶の記事を読んだ(朝日新聞、1月5日朝刊)。 相変らず小気味がいいですね。今の日本を代表するような大企業の社長さんを一刀両断のもとに切り捨てている。一度どんな人か、見てみたい。又、こういうことを平気で書かせる週刊東洋経済もたいしたもんだ。こういうマスコミがもっともっと増えて、本当のことを国民に知らせてくれれば、もう少し日本人も利口になるのじゃないでしょうか? |