2020年 9月30日(水) 第2295回 ★墨で消された「日本国史」の復活 |
教科書を墨で塗らされたと亡くなった兄が言っ
ていまし
た。幸い私は戦後産まれだったのでそんな目には合いませんでしたが、完全にGHQの意図で作られた教科書で学ばされたということ
です。 兎に角、日本史や世界史の授業は暗記ばかりで全く面白くなかったのを覚えています。大学受験に日本史を選んだのは世 界より日 本の方が覚えることが少ないはずと考えたからでした。 そこには、楽しさなんて全くなかったように思います。 ねずさんがその墨で塗らされた教科書を動画で語ってくれます。これは楽しみです。 それにしても、最近のねずさんは出版から動画出演と人気絶頂です。これで、一人でも多くの日本人が日本の素晴らしさ を知って 目覚めてくれることを期待します。 本来なら、この部屋でも何度も書いているように、政・官・財・マスメディアの人達にねずさんの講義を受けさせて正し い国家観 と歴史観を身につけさせたいものです。 やはり、文科省は廃止して、ねず省にしてもらいたいくらいです。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /23 チャ ンネル AJERの新番組「日本国史」 ・・・略 現代の歴史教育は、年号を覚えたり、事件や事故、あるいは人物名等を、ただ丸暗記することが、あたかも歴史であるかの ような構 成になっていますが、それらは実は、単に年表学であったり、事件簿、人物名鑑でしかなくて、それだけでは歴史の名に値しない。 そういうことを、実は戦前戦中の教科書は、しっかり踏まえて教育を行っていた、ということになるのです。 その意味で、現代日本はGHQが禁止した歴史教育が、いまだに禁止されたままになっているわけで、これは根本から歴史 教育のあ り方を見直さなければならないという、たいへん大きな問題提起を行う内容になっているわけです。 しかも、国史というのは、もともとは1300年前に書かれた日本書紀がベースになります。 つまり我が国は、現代の世界の歴史教育学会が行うべきとしている「本来あるべき歴史教育」を、なんと1300年前から ずっと行っ てきた、ある意味、世界最古の充実の歴史教育国家であったということです。 そうしたことが、戦後75年、主権回復からも68年も経っていながら、奪われたまま放置されているということは、たい へんに もったいないことだし、ご祖先に申し訳ないし、絶対に見直さなければならない事柄であると思います。・・・以下略 こんな楽しい歴史の授業を受けたかった。これからの子供達は是非そうしてあげたいものです。 |
2020年 9月29日(火) 第2294回 ★米国の教科書に書かれた日本の歴史 |
レーガン大統領が、教育勅語の素晴らしさを認
めアメリ カの教育に採用したとの話はネットで知りました。 何と、日本の神話までが使われているのだそうです。何だか、アメリカによって禁止された教育がアメリカで行われてい ることに 驚かされます。 それだけ、良いものは良いと考える度量の大きさがあるのでしょう。それに比べて、日本では、狭量な反日売国左翼・在 日共が反 対しているというのですから何と言う皮肉でしょう。 ねずさんが紹介してくれています。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /22 米国 の教科書 に書かれた日本の歴史 ・・・略 名越 二荒之助先生の著書に『ドキュメント 世界に生きる日本の心―21世紀へのメッセージ』という本の中に、米国の中等教育用の教科書の記述の日本語訳が掲載されています。 引用します。 ****** Land of the Gods(神々の国) Japanの子供たちは、学校で次のように学んでいる。 イザナギという権威ある神が、その妻のイザナミとともに Floating Bridge of Heaven(天の浮橋)の上に立った。 イザナギは、眼下に横たわる海面を見降した。 やがて彼は暗い海の中に、宝石を散りばめた槍(やり)をおろした。 その槍をひき戻すと、槍の先から汐のしずくが落ちた。 しずくが落ちると、次々に固まって、島となった。 このようにして日本列島が誕生した。 その島でイザナギは多くの神々を生んだ。 そのなかのひとりに、太陽の女神があった。 女神は孫のニニギを地上に降りたたせ、新しい国土を統治することを命じた。 ニニギは大きな勾玉(まがたま)と、神聖な剣と、青銅の鏡の三つを持って、九州に来た。 これらはすべて、彼の祖母から贈られたものであった。 これら三つの品物は、今日もなお、天皇の地位の象徴となっている。 ニニギにはジンムという孫があって、この孫が日本の初代の統治者となった。 それは、キリスト紀元前660年の2月11日のことであった 何百年もの間、日本人はこの神話を語りついできた。 この神話は、日本人もその統治者も、国土も、神々の御心によって作られたということの証明に使われた。 現在のヒロヒト天皇は、ジンム天皇のDirect Line(直系)で、第124代 に当たるといわれる。 かくして日本の王朝は、世界で最も古い王朝(dynasty)ということになる。 ****** ・・・以下略 日本の異常さに改めてがっかりさせられます。 やはり、一日も早い教育改正が必要です。まずは文科省の廃止からですね。 |
2020年 9月28日(月) 第2293回 ★天然の災害に備える |
談合とは悪の温床だとマスメディアによって思
い込まさ れていましたが、ねずさんによって、談合の大切さを教わり目が覚めました。 これも、アメリカが参入を狙って仕掛けたものだったようですが、仕掛けたアメリカも参入は出来なかったようです。 しかし、そのお陰で日本の公共工事は談合が無くなったものの建設業界は完全に崩壊したようです。 喜んでいるのは財務省くらいじゃないでしょうか。 今回も、その談合が何の為に行われていたかをねずさんが懇切丁寧に教えてくれています。 結局は、その談合の本当の意味が理解出来ない金の亡者達によって潰されたようなもののようです。そして、その裏に は、やはり あの国の人達が暗躍しているようです。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /21 天然の災害に備える ・・・略 ところが、こうした工事にはたいへんな巨額の資金が動きます。 そうなると、その工事利権に群がる馬鹿者たちがうごめきはじめます。 これはチャイナの三峡ダムと同じです。 本来の目的を離れて、ただ工事を理由に、そこから巨額のお金を抜き取ってフトコロに入れる。 そういう連中のことを、隠語で「ガンボ」と言うのだそうで、「ガっぽりボろもうけする」から「ガンボ」なのだそうです が、要する にカネさえ儲かれば、災害対策などどうだっていいという考え方の延長線上に、こうした馬鹿者たちが生まれるわけです。 これが何を意味しているかというと、そういう人たちは、災害のない国からやってきた人たちである、ということです。 経験がないからわからないし、日本に住んで水害などを経験しても、だからといって水害対策が現実にデキるものであるとも 考えな い。 ひたすら、いま自分が儲かればそれで良いと考えます。 これに対し日本人は、転ばぬ先の杖であり、水害が起きるとわかっているなら、いつ台風がやってきても大丈夫なように日 頃から備 えるし、たとえ被害が起きたとしても、そこから一日も早く復興ができるように日頃から工夫をこらそうとします。 河川には、日本全国、どこにも巨大で立派な堤防が造られています。 あの堤防のほとんどは、まだ土木用重機などなかった明治以前に、人力で築かれたものです。 そして、こうした大規模土木工事には、手抜きは許されません。 なぜなら、どこか一箇所でも手抜きがあれば、そこから堤防が決壊するからです。 誰も見ていなくても、誠実の限りをつくす。 建設予算をいかにケチるかではなく、どれだけ誠実な工事が実現できるかに価値の尺度を置く。 談合制度は、そうした災害対策の経験から生まれた、きわめて日本的制度でもあったのです。 すくなくとも、談合においては、一度でも手抜き工事がバレた業者は、二度と公共工事の請負ができないとされてきたので す。 いくら値引きしても、ダメなものはダメ。 あたりまえのことです。 思うに、戦後の傾向として、政治や行政に携わる人たちは、その職員たちが、ほんとうに真面目に市民のためにという思い で仕事を されている方がほとんどである一方で、上位に立つ人たちは、ひたすら自分だけの利権や役得を追い求めるばかり、要するに自分の懐 を肥やすことにのみいそがしくするばかりで、肝心の市民、県民の生活がどうなるかなど、ほとんど「知ったこっちゃない」 という傾 向があるような気がしてなりません。・・・中略 またいざというときにのために、人足さんたちを豊富に抱えておくことも、社会の仕組みとして必要なことです。 ですから公共工事は談合によって、業者の利益が十二分に確保され、競争は工事の質で勝負する、という社会制度が敷かれて いまし た。 ところが半世紀前に談合が外圧によって否定され、犯罪扱いされるようになりました。 私は逆だと思っています。 談合を犯罪扱いするという犯罪が日本で行われたのです。 談合がご禁制となり、競争が工事の質ではなく、いたずらな価格競争となり、結果、社会の多くの人びとの職が奪われ、長 年の経験 を持つ一流の大工さんよりも、コンビニでバイトをしている学生の娘の方が月収も年収も多いなどという、おかしな社会現象が生ま れ、結果、社会全体が貧困化し、ごく一握りの「上に立つ」人たちだけが、政治利権と裏金で、贅沢三昧な暮らしを手に入れ てい る。・・・以下略 これも、行き過ぎたリベラルと言えそうです。やはり、正しい国家観と歴史観が必要です。上辺の綺麗事のレッテルに騙 されて日 本がどんどん劣化しているのは間違いないでしょう。 何とか、元に戻さないとやはり日本は消滅しかなさそうです。 |
2020年 9月27日(日) 第2292回 ★武田勝頼の妻 |
昨日も日本の女性の強さをとりあげましたが、
今日もそ の教養の凄さを思い知らされる話です。 これは、2019年9月12日、第 1912回の「★ 武田勝頼の妻と魂」でも取り上げさせて貰ったものですが、やはり、何度読んでも感動します。と言うか、その 教養に圧 倒されます。 戦前は、こうした素晴らしい女性を『女子鑑(じょしかがみ)』という本で取り上げていたのだそうです。 今の、日本を貶めることに全力を挙げている文科省とは雲泥の差です。これも、戦後教育の所為だとすると完全に悪のス パイラル に陥っているということです。 一日も早く、教育改正の手を打たないと日本の消滅もありそうです。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /20 武田 勝頼の妻 ・・・略 この物語は、昭和13年に大阪府学務部が刊行した『女子鑑(じょしかがみ)』という本に掲載されたお話です。 昔は文部省にせよ、各都道府県の学務部にせよ、こうした実のある本を出していたのです。 近年、文科省あたりが、どうにも程度の低い本(教科書を含む)しか出せず、まともに書かれた教科書を蹴るなど、およそ まっとうな 教育官庁とは思えないような振る舞いが目立つと思ったら、なんとどこぞの国のスパイ工作員が、堂々と係官になっていた!! このような馬鹿げた事態が現実にありながら、それを自浄できないのは、戦後の日本に大きな歪みがあるからです。 何が間違いかもわからないまま、法律に書いてなければ何をやっても良いなどと考える。 基幹となる道徳的精神性を失えば、共同体は成立しません。 国家はその共同体の最も大きな単位ですが、日本人としての道徳的精神性を失えば、日本という国自体が成立しなくなりま す。 そして日本という国自体がなくなれば、日本に住む日本人は、あらゆる医療から年金、警察、消防、教育など、様々な行政 サービス を 失うのみならず、ライフラインとしての水も空気も電力も失うことになるであろうことは、少し考えたら誰にでもわかることです。 ところがそういうことを考えようとしない、つまり思考停止に陥ってしまっているのは、日本人が真に大切なことを見失って いるから といえます。 ちなみにトップの画像、勝頼と妻の肖像ですが、妻が立膝をしています。 けれどよく見ていただければ、その妻がハカマを付けていることにお気づきいただけようかと思います。 女性と立膝の関係については、拙ブログの『女性の立て 膝座りは あったのか』に詳しく書いていますので、そちらをご参照ください。・・・中略 このとき勝頼の妻、わずか19歳。 いまから400年も昔の戦国時代。 現代日本人の感覚としては、戦国時代というのは、有史以来最も国が荒れた時代です。 けれどそんな時代にあってなお、若い女性がこれだけ高い教養を持ち、そして男も女も純粋に、必死で生きていた。そうする ことがで きた。 それが日本です。 それにしても、荻生田文科相が留任したのはどんな意図があるのでしょうか。今回の教科書問題で何もしなかったとの思 いしかな いのですが、何か裏でもあるのでしょうか。 それとも、やはり、日本を消滅させたい力が働いているのでしょうか。何とも、心配です。 |
2020年 9月26日(土) 第2291回 ★男女は対 等・・・たったひとりで政府高官に挑んだ女性 |
偶然でしょうか、今日、第
7664回の「★孤立無援で始めた『ビハインド・ザ・コーヴ』」で、取り上げた八木監督はたったひとりで世
界と戦っ てくれています。 ねずさんが百人一首で何度も取り上げてくれている政府高官とたったひとりで戦ってくれた女性を書いてくれています。 これも何 度読んでも、日本はやはり女性で持っていると思わされます。 女一人と言えば、2018年10月24日、第 594回の「★ 女一人で日教組に勝った中曽さん川西市議に当選」でも取り上げた中曽さんを思いだします。やはり、日本は女 性のもの です。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /18 男女 は対 等・・・たったひとりで政府高官に挑んだ女性 ・・・略 それがわかるから、崇徳上皇は、意図して政治に関与しないようにしていたし、毎日を歌会などをして、すごしておいででした。 しかし人間というのは、ひとたび疑心暗鬼に陥ると、そうした意図して政治に無関心でおいでになる崇徳上皇が、裏で何かを 画策して いるかのように見えるようになってしまう。 自分が悪いことをする人というのは、自分もされるのではないかと不安でたまらなくなるのです。 疑心暗鬼に陥った藤原忠通は、後白河天皇の宣旨を得て、平清盛らに命じて、崇徳上皇に謀叛の兆しありという、あらぬ疑 いをか け、 武力を用いて崇徳上皇を逮捕し、讃岐に流罪にしてしまいます。 これが保元の乱(1156年)です。 こうして崇徳上皇は崇徳院となって讃岐に流され、皇后の聖子様は皇嘉門院と名乗って都に残りました。・・・中略 そんな折に、右大臣の私邸で歌会が催され、聖子様が皇后時代から、ずっと付き従い、聖子様が剃髪して皇嘉門院となられ てから も、ずっと付き従っている元皇后陛下付きの女官長であり、いまは皇嘉門院様の別当となっている女性が歌会に招かれたのです。 そして彼女は持参した歌を披露しました。 歌は、意訳すると次のような意味になります。 「難波の港に住む遊女であっても、 短い一夜限りの逢瀬でも 一生忘れられない恋をすることがあると聞き及びます。 しかし朝廷の高官というのは、 一夜どころか、 神代の昔から天皇を中心とし、 民を思って先祖代々すごしてきました。 けれど、 そのありがたさを、その御恩を、 たった一夜の『保元の乱』によって、 あなた方は、すべてお忘れになってしまわれたのでしょうか。 父祖の築いた平和と繁栄のために、 危険を顧みず身を尽くしてでも平和を守ることが、 公の立場にいる、あなた方の役割なのではありませんか」・・・中略 つまりこの歌は、単に皇嘉門院別当一人にとどまらず、崇徳天皇の妻である皇嘉門院の戦いの歌でもあるのです。 そこまでの戦いを、この時代の女性たちはしていました。 いかがでしょう。 なみいる群臣百卿を前に、堂々と、たったひとりで女性が戦いを挑む。 挑まれた側の公家たちは、ひとことも返せずに、ただうつむくばかりとなる。 「日本の女性は差別されていた」が聞いてあきれます。 日本の女性は、堂々と男たちと対等な存在として、立派に生きていたのです。 男女は対等。 それが日本の文化です。 日本は、もしかしたら初めての女性総理が出るまでは再生は無理なのかも。何と言っても、肝っ玉の小さい男に比べて日 本女性は 腹が据わっています。さて、その女性総理は誰でしょうか。 |
2020年 9月25日(金) 第2290回 ★台風に備える |
バブル頃までは、年度末になるとあちこちで道
路工事な どが増えて、又、予算を使い切ろうとしているのだろうと顰蹙を買っていたものです。 それが、アメリカや財務省、反日売国左翼・在日共の所為もあってか何時の間にか公共工事が減ってしまった。 その為に、最近はそれ程大きいとも思えない台風などでの被害が目立つようになって来たように思えます。 無駄な金を使うのは反対ですが、やはり使うべきものは使って貰いたいものです。 ねずさんに公共工事の談合は必要なものだと教えて貰い目から鱗でしたが、今や、その付けが来ているようです。 これも、やはり、正しい国家観と歴史観を持たない政・官・財・マスメディアが大きな原因であることは間違いなさそう です。 昔から災害に備えてきた日本をねずさんが、又、書いてくれています。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /16 台風 に備える ・・・略 しかしこうした現場の努力とは別に、政府や国会は、もっぱら予算の削減ばかりを言う。 いま、この瞬間に堤防が崩れて水害が起きているわけではないのだから、予算をカットしても構わないだろうというわけで す。 要するに、すべての政治的意思決定が、常に平時にあることを前提に、効率性ばかりが求められてきたのが、戦後の日本の 政治で す。 しかしコロナ問題で、あらためて明らかになったように、ひとたび災害が起きれば、あらゆる都市機能が麻痺し、その経済 さえも、 落 ち込むことになるのです。 その意味でコロナは、私達日本人に、あらためて、 「安全と安心は効率に優先する」 ということを明らかにしてくれたものということができます。 日本は、台風のみならず、地震大国でもあり、大雪の国でもあります。 そしてそうした災害が起こることを前提に、さまざまな取組が歴史を通じて行われてきた実績を持つ国でもあります。 天災は起こります。 けれど、身を守るのは、人の力でできることです。 私達は、そうした点からも、日本の政治体制を根底から見直すべきときにきています。 最悪の平成になってこうした予算カットが続き、今や、何の準備も出来ていない令和にはもっと恐ろしい事が起こりそう な気がし ます。と言うか、China肺炎はその始まりかもしれません。 関東・東南海地震など近い内に起きることは間違いないにも関わらず何の準備も出来ていないのじゃないでしょうか。 |
2020年 9月24日(木) 第2289回 ★海から海へ、 島から島へ、大海原を駆けて暮らしていた日本人 |
今日、第
2661回のこれもねずさんのブログ「★秋の七草と貧窮問答歌」を取り上げ、やはり産まれた日本で死ねるこ
とは幸せ だと書きました。 ところが、日本人はそんな軟弱者ばかりじゃなかったようです。太平洋を渡って地球の反対側まで移動していたというの は定説に なってきているようです。 そんな日本人の凄さをねずさんが教えてくれています。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /16 海か ら海へ、 島から島へ、大海原を駆けて暮らしていた日本人 ・・・略 ただし、島の暮らしには、ひとつ難点があります。 それが、子孫が増えて島の人口が増えると、その島だけでは食料を賄い切れなくなる、ということです。 古事記を読みますと、イザナギとイザナミの子供達が、国生み神話の中に、たとえば伊予に愛比売(えひめ)、讃岐の国に は飯依比 古 (いいよりひこ)が向かったといった記述があります。 人口が増えてきて、その土地だけでは全員が食べていけなくなった時、結婚した兄貴や姉が別の土地を求めて、他の土地に渡 る。 これは普通に起こり得ることです。 そしてこのような習慣が、島で暮らしていた3〜4万年前からの我が国の伝統であるとしたら・・・。 さらに、別の島に渡ろうとするときには、航海の都合上、海が凪(なぎ)のときに、波(なみ)に乗って出発する必要があ ります。 さらに島に渡るのは、必ず若い男女でなければなりません。 なぜなら、そうでなければ、行った先の島で子をなすことができないからです。 「いざ、(海が)凪(なぎ)だ」 「いざ、(海の)波(なみ)に乗って、出かけよう!」 祖先たちのこのような活動が、もしかすると「イザナギ、イザナミ」という名前に象徴されているのかもしれない。 日本は、世界最古の歴史を持つ国だと、よく言われます。 けれどそこでいう「最古」というのは、巷間いわれる5千年とか8千年と言った規模のものではなくて、実は、万年の単位に までさか のぼる、とんでもなく古い歴史なのです。 これって、すごいことですよね。 何ともスケールの大きな話です。我が先祖はとてつもない人達だったのでしょうか。 お恥ずかしいですが、この中に出て来た弥生が土地の名前だったことも知りませんでした。その名前の由来に興味も持た なかった ことに恥じ入ります。 弥生 (文京区) やはり、正しい国家観と歴史観を持つ為の教育は大事です。 |
2020年 9月23日(水) 第2288回 ★左が上で右が下 |
御所の左近の桜と右近の橘の位置の意味なんて
全く知り ませんでした。それどころか左大臣が右大臣より上というのも知りませんでした。 日頃から正しい国家観と歴史観なんて書いている身としてはお恥ずかしい限りです。と言うか、本当に何も知らないこと を思い知 らされます。 その左と右になぜ差があるのかもねずさんが懇切丁寧に教えてくれています。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /15 日本 書紀講義 6 陽神左旋 陰神右旋(修正版) ・・・略 世界中、どこの国であっても、上に立つ者は権力者であり、下の者を蹂躙しても構わないし、むしろそれが当然であるか のように されてきた歴史を持ちます。 けれども日本では、上古の昔の神語(かむがたり)から、上下の秩序を重んじながら、同時に下の者を蹂躙してはならない。 よくよく合意を重ねた上でなければ、事を急いではならないとしているのです。 現代日本では、かなり外国文化による汚鮮(おせん)が進み、上下関係が絶対という、まるで王様ゲームのようなことがか なりのひ ろ がりをみせていますが、大きな履き違えです。 秩序(上下)を重んじながらも、どこまでも合意の形成を大切にする。 このことは、現代の企業社会などにおいても、ただ上意下達では、必ず面従腹背が起こります。 現実に組織を動かそうとするならば、上下一体の合意形成が不可欠。 このことは、人の上に立つ職務に就いたご経験をお持ちの方なら、誰もが経験したことであるはずです。 そういうことの根幹となるものが、日本書紀の冒頭の神話にはっきり語られていることは、もっと多くの日本人が知る必要 があるこ と ではないかと思います。 それにしても、日本の歴史は奥が深いですね。全てを知ることは不可能でしょう。それでも、こうした基本的なことは 知っておき たいものです。 やはり、政・官・財・マスメディアのお偉いさん達にも、完全とは言いませんが、正しい国家観と歴史観を持って日本を 率いて貰 いたいものです。これぞ、ないものねだりでしょうか。 |
2020年 9月22日(火) 第2287回 ★日本を知り、 未来をひらく秘密の本 |
ねずさんのお陰で日本の素晴らしさを知っただ
けに何と かお役に立つことはないだろうかと思うのですが、何分極貧の身では本の購入も難しい。 ということで、一時は図書館にねずさんの本を購入してもらうことをやりましたが、今や図書館まで行く体力がありませ ん。 と言うことで、唯一出来るのがこのブログということです。少しでもお役に立っていれば良いのですが。 ということで、新刊を出してくれたそうです。是非、多くの日本人に読んで貰いたいものです。 何時ものように、全文は、リンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /13 日本 を知り、 未来をひらく秘密の本 ・・・略 全四章建てで、古代の日本から近世日本までを一冊の本でいっきに学んでしまおうという企画です。 第一章 記紀に学ぶ日本の国柄 第二章 古代の日本と周辺国との関係 第三章 日本の基礎を築いた中世日本 第四章 黄金の国だった日本の近世 「第一章 記紀に学ぶ日本の国柄」では、古事記の冒頭から隠身(かくりみ)、諸命以(もろもろのみことをもちて)、日本書紀から 豈国(あにくに)、清陽(すみてあきらか)を取り上げさせていただきました。 それぞれのテーマは、内容的に先に出版させていただいた『古事記』や『日本書紀』とかぶりますが、その内容と記述は、記 紀それぞ れの原文を読み解くという趣旨と、あくまでも日本の古代の人達の知恵を学ぶという趣旨の違いがあり、おそらく、読みやすくて、ウ ンウンと、どなたにでも納得いただける内容となっているものと思います。 「第二章 古代の日本と周辺国との関係」では、日本の建国史から、雄略天皇までの時代をまとめています。 先に出した『日本書紀』と個々のテーマは内容がかぶりますが、記述内容はものすごくわかりやすくなっているものと思いま す。 とりわけ、神武天皇の建国の詔(みことのり)は、本来日本人ならば、誰でも暗唱できるくらい知っておくべきもので、そも そも建国 の経緯と建国宣言を学校で教えない国なんて、世界207カ国の中で、日本だけです。 「第三章 日本の基礎を築いた中世日本」では、戦時中に散華された英霊たち、そして戦前派、戦中派と呼ばれる人たちが大切に守ろ うとした日本の形が浮き彫りになる内容になっています。 「第四章 黄金の国だった日本の近世」は、圧巻です。 関ケ原の戦いがなぜ行われたのか、信長はなぜ桶狭間に乾坤一擲の戦いを挑んだのか、鎌倉幕府はなぜ滅んだのか、京の都は なぜ生ま れたのか、武士道とは何か等々、まさに目からウロコが剥がれ落ちる内容のオンパレードです。 これを読まずして、日本史は語れない!! というくらいの充実の内容です。 自分で言うのもおかしな話ですが、いま手元にあるこの本を読み返してみて、よくこれだけの内容の本が書けたものだと感心します。 まさに中今(なかいま)で、書いている瞬間、神々からの知恵が降りてきて、この本を書かせていただいたように感じます。 読みやすさという意味では、おそらく昔も今もシリーズと同じ、読みやすい文体と文章になっていようかと思います。 また活字も大きめで、より読みやすい内容となっています。・・・以下略 日本人全てに読んで貰いたいものですが、まずは、政・官・財・マスメディアなどの方々に読んで貰い、正しい国家観と 歴史観を 持って貰いたいものです。 |
2020年 9月21日(月) 第2286回 ★百地章、河野大臣の女系天皇容認論の誤りを正す |
河野大臣の女系天皇容認には、総理を狙おうと
言う人が 未だにこんなことを言ってるのかとがっかりしましたが、これが日本の政治家の現状なのでしょう。 日本の政治を担う議員達が、国体や皇室も理解していないことが戦後の日本の教育の最大の問題でしょう。GHQによる 企みに何 時まで目覚めずにいるつもりでしょう。 政治を志すのなら、やはり正しい国家観と歴史観を持つことが最低条件でしょう。 週末恒例の【夢を紡いで】のゲスト百地章さんがきちんと教えてくれています。 政府は、未だにこんなことをやってるようです。もう好い加減に有識者を使って責任を逃げるのを止めて貰いたい。
竹内久美子さんが、怒り心頭でツイートしてくれています。
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2020年 9月20日(日) 第2285回 ★親が子を殺す時代、人のために自分が死ぬ時代 |
最近では祖父が孫を殺した事件がありました
が、肉親を 殺す裏に何があったのだろうかと思ってしまいます。 ねずさんは、それも戦後の教育が原因だと、17歳で戦艦大和の沈没を経験された方の経験からの話を取り上げて書いて くれてい ます。 やはり、戦前の教育と戦後のそれは真逆とも言って良さそうです。それにしても、今、教育に携わっている人達は、自責 の念は無 いのでしょうか。自分が、どんなにおそろしい罪を犯しているのかという自覚も無いのでしょうか。 やはり、正しい国家観と歴史観を持たない人達には教育にも携わって欲しくない。とは言え、戦後の教育でそんな人自体 が殆どい なくなっているのが現実なのかも。 一日も早く、教育改革に取り組まないと、日本の消滅も有り得るのじゃないでしょうか。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /12 親が 子を殺す 時代、人のために自分が死ぬ時代 ・・・略 もともと我が国では、人のために自らの命を犠牲にすることはあっても、人の命を、それも自分の愛する者を手に掛けるな どという ことは、ありえない社会を築いてきました。 それが戦後、やたらにこの手の親が子を殺すとか、孫を殺すとか、ありえない事件が続くようになりました。 これは本当に悲しいことであるというだけでなく、そのようなことが現実に起きる社会というのは、その社会に大きな歪み がある、 と いうことです。 そしてその歪みとは、愛すること、そして人としての誇りを教えようとしない戦後教育にすべての原因があると思いま す。・・・中略 天皇も国家も関係ない、自分の愛する福山を、そして日本を守ろうと憧れの戦艦大和へ乗った感動。 不沈戦艦といわれた大和の沈没、原爆投下によって被爆者になる、そして、敗戦。 そのすべてが17歳の時に一気に起こったのです。 17歳といえば、いまの高校2年生にあたります。 最近は学校関係へ講演に行く機会もありますが、現在の学生の姿を見ると、明らかに戦後の教育が間違ったと思わざるを得 ません。 いや、生徒たちだけではない。 間違った教育を受けた人が先生となり、親となって、地域社会を動かしているのです。 その元凶は昭和史を学ばないことにあるような気がしてなりません。 自分の両親、祖父母、曾祖父母がどれほどの激動の時代を生きてきたかを知らず、いくら石器時代を学んだところで、真の 日本人に は なれるはずがない。 現に「日本に誇りを持っていますか」と聞くと、学校の先生ですら「持ってどうするんですか?」と真顔で聞き返すのです から。 よく「日本は平和ボケ」などと言われますが、毎日のように親と子が殺し合う、この日本のどこが平和ですか?・・・以下略 それにしても、「誇りを持ってどうするのですか」と答える人が教師とは、やはり日本の再生は並大抵のものじゃなさそ うです。 やはり、一日も早く取りかかる必要があります。 |
2020年 9月19日(土) 第2284回 ★現代の政治や行政の世界で、責任をとって腹を 切れる者など誰もいません |
靖国で、切腹された沼山さんを、5月9日、第 1862回の
「★
沼山さんの殉節日に緑光祭」などでとりあげ、後に続く人がいないことに現代の日本人の覚悟を見るような気が
していま す。 その切腹にはやはり並大抵の精神力が必要なようです。ねずさんが、そんな精神性を無くしたのは戦後の教育だと喝破し てくれて います。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /11 新し い世界 ・・・略 腹を切るというのは、幼い頃から私心を持たず、どこまでも公益を優先するという強い明確な信念を持って育てられ、しか もそれを 実行しうる血統がなければ、現実には不可能なことなのです。 その証拠に、現代の世界の政治や行政の世界で、何かあったとき、責任をとって腹を切れる者など誰もいません。 腹を切るというのは、それほどまでにたいへんだし、おそろしいことだからです。 そのおそろしさに耐えうるだけの精神性というのは、ただのカッコつけでできることではありません。 代々、そのように躾けられ、それがDNAに染み込むようになったとき、はじめて実現できることです。 ところが、そうしたDNAを持った優秀な政治家や官僚たちが、戦後は、まさに次々と故意に責任を仕掛けられて失脚していきまし た。 結果、残ったのは、責任性などまるで意に介さず、ひたすら口に綺麗事を並べて、裏で金儲けだけを企む痴れ者たちばかりに なりまし た。 そういうことが起こらないよう、古代においては弾正台などが置かれて、私心に動く政治家を問答無用で一刀両断するための役所が置 かれていましたが、いまではそれさえもありません。 米国は、トランプ大統領のもと、いま大きく変わろうとしています。 日本もまた、大きく変わるべきときです。 その日本は、ただ批判ばかりの日本であってはなりません。 どこまでも天皇を中心とする、愛と正義と「おほみたから」である民衆の幸せのための日本でなければならないと思います。 そしてそれを実現する力が、日本人には間違いなくあります。 いまは、一歩一歩、着実にそこに向かって前進するときです。 切腹に、そんな深い意味があったとは思ってもいませんでした。私が沼山さんの後を 追う精神力も無いのが納得できました。やはり、その程度の育ちのようです。お恥ずかしい。 |
2020年 9月18日(金) 第2283回 ★女性の立て膝座りはあったのか |
Koreaの旭日旗を貶める動きも腹立たしい
ですが、 この部屋でも何度も取り上げている変な御辞儀のコンスで日本の文化を破壊しようとする企みも許せ無い。 ところが、これに味を占めたのか新しい仕掛けを始めているようです。何と、映 画監督の是枝裕和氏(52)が、監督作「海街diary」で、取り入れネットで非難されていた一時は収まっ たかと思 えた女性の立て膝を広めようとしているようです。 それに加担しているのが、朝ドラにコンスを使ったNHKです。今度は大河ドラマだそうです。全く懲りずに良くやりま す。やは り、「日本に住んで日本国籍を持ち、日本語を話すけれど日本人でない者」達の仕業なのでしょうか。 ねずさんが、4月24日、第 2137回の「★ 仁義礼智信孝忠悌」で取り上げたように書いてくれていましたが、相変わらず続いているようです。怒りを込め て警告を 発してくれています。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /10 女性 の立て膝 座りはあったのか ・・・略 要するに、日本にも室町時代中頃までは女性の立膝座りは普通にあったけれど、その後、日本では衣類の柄のとても美し いファッ ション性の高い被服文化へと変化し、また生活空間全体に柔らかな畳が敷き詰められるようになったことで、戦国後期から江戸中期に かけて正座が主流になったのです。 これに対し、お隣の半島では、古代の暮らしのままの状態がつい最近まで続いていたため、いまだに女性の立膝座りが主流 になって い る、というわけです。 テレビの時代劇では、昭和50年(1975)に放送されたNHKの大河ドラマの「風と雲の虹と」(加藤剛主演、平将 門)の番組 で、時代考証から女性が立て膝座りをするシーンが描かれ、視聴者から大クレームがおきて、すべて正座にあらためた、というケース が有りました。 最近でも「麒麟(きりん)がくる」で女性が立て膝をしているシーンが描かれて問題になっていますが、他のことにはいい 加減な時 代 考証をしておいて、そういうところばかり「正確に描写しています」とは片腹痛い。 女性に立て膝座りをさせるなら、着物の下か上に、ちゃんとハカマを穿かせなければ、視聴者にみっともないと思われるのは 当然のこ とですし、時代考証的にも、それは「間違っている」と指摘されても当然です。 またもっというなら、立膝は、あくまで仮りの座りですから、目上の偉い人の前や、一定以上の時間、座って過ごすときに は、正座 や 安座、もしくはそれに近い座り方となって、立膝という不安定な姿勢はとりません。 そういうところを、しっかりと考証するのが、本来の時代考証であり、番組作りであると思います。 ましてや、ありもしない「半島からの文化輸入」など、いまも昔も、そんなものは悪事以外にはまったくないと断言させてい ただきた いと思います。 それにしても、次から次へと日本を貶めることを良く考えるものです。それに、まんまと乗ってしまう日本人は、やはり 正しい歴 史を教えられていないからでしょう。 あらゆる方向から日本の文化を破壊して日本を消滅させようとしているのでしょう。全く、とんでもない国を隣に持った もので す。 |
2020年 9月17日(木) 第2282回 ★いつから日本は北朝鮮の属国になったのでしょうか |
篠原常一郎さんが、チュチェ思想の浸透振りに
警鐘を鳴
らしてくれて、日本の汚染の凄まじさにやっと気付いたというのが現状でしょう。それも、ネットをやる人達の間であって、反日売国
左翼・在日マスメディアしか利用しない人達には未だに知られていないのじゃないでしょうか。 そんな疑問にねずさんが答えてくれています。何といっても、マスメディアと教育を押さえられているのですから恐ろし い限りで す。 やはり、政治家にはもっと真剣に日本を取り戻すことに取り組んでもらいたいものですが、その大半が「日本に住んで日 本国籍を 持ち、日本語を話すけれど日本人でない者」達、と特亜3国のポチということになるのですからどうにもなりません。 やはり、「いい加減に目を覚まさんかい、日本人! 」としか言い様がない。 何時ものように、全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /9 真実 はシンプ ル ・・・略 戦後、GHQによって歴史教育は禁止され、ようやく復活したもののその歴史教育は、あくまで社会科の中の一課目であり、また学校で教えるのは年号と事件名 と人物名だけであって、「どうしてそうなったのか」という、歴史教育で一番大切な部分は、戦後75年を経由した現在にお いても、 まだ復活されていません。 昭和27年に主権を回復して独立を取り戻したはずの日本が、それから68年も経過していながら、どうして教育内容が占 領統治下 にあるのと同様のものになっているのか不思議に思っていたら、なんのことはない、文科省の教科書担当官が、北朝鮮のスパイだっ た!! ところがそうとわかってなお、その者の処分さえもできない。 いつから日本は北朝鮮の属国になったのでしょうか。 江戸時代の寺子屋の教科書に使われた童子教に、次の言葉があります。 畜悪弟子者 悪しき弟子を畜(やしな)へば 師弟堕地獄 師弟地獄に堕(を)ち 養善弟子者 善き弟子を養へば 師弟到仏果 師弟仏果に到る 不順教弟子 教へに順(したが)はざる弟子は 早可返父母 早く父母に返すべし 公務員も同じです。 悪しき公務員を国が養えば、国は地獄に堕ちます。 そのような官僚は、早く北朝鮮に返すべきです。・・・以下略 やはり、先人が築き上げてくれた素晴らしい教育を一日も早く取り戻すしか日本の再生は有り得ないでしょう。 さて、日本人は目覚めるのでしょうか。 |
2020年 9月16日(水) 第2281回 ★蔓延(はびこ)る賤民資本主義 |
金が全ての今、14日、第
2279回の「★金の亡者は楽しいのか」で、敢えてそれで良いのだろうかと問いかけました。 ねずさんが、その答えとも言える素晴らしい説を紹介してくれています。何と、今の経済は、賎民資本主義だそうです。 何とも痛 烈な言葉です。 この中で、「金儲けは悪事ですかとの問いかけに、悪事に決まっているじゃないか。」と、ありました。これも面白い。 何時ものように、全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /8 これ からの時 代をひらく個人レベルの新しい歴史価値観の創造とは ・・・略 【正論】「日本の再生」こそ世界を救ふ帝塚山大学名誉教授・伊原吉之助 ──────── |
2020年 9月15日(火) 第2280回 ★実るほど頭を 垂れる稲穂かなの精神 |
日本人は、余りにも素晴らしい国に育ったお陰
で、他の 国の人達が日本人とは全く違った腹黒さを持っているとは思いもしないようです。 それだけに、国内で通じることは外でも通じると信じてしまい痛い目にあってきたということです。 やはり、内と外は違うと言うことを骨身に染みて理解することが外との付き合いには必要と言うことです。 とは言え、その日本の素晴らしさを理解して、それを外の人達に理解して貰うこともひつようなようです。とは言え、そ れは理屈 では却って反感を持たれることになるようです。 つまりは、相手が、本当に日本の素晴らしさを理解してくれるまで辛抱強く誠実に行動するしかないようです。 そんなことをねずさんが教えてくれています。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /7 実る ほど頭を 垂れる稲穂かなの精神 ・・・略 そして約束事がちゃんと守られるようになるためには、ただ約束を破った者を力で叩き伏せれば良いという社会ではなく、 社会構造 そのものが、約束を守ることが当然の常識とされる世界になっていかなければならないことになります。 そしてそれを過去において実現してきたのは、大国のなかでは世界でただひとつ、日本だけです。 このことは、これからの世界では、日本的思考、日本的社会構造が、新たな世界秩序を構成するうえで求められる中心核と なっていく ことを意味します。 そうであればなおのこと、現代日本人は、もっと日本を学ぶ必要がある、と思います。 「シラス」という概念は、日本の神語に依拠しますが、この思考が常識化していくことが、まさに日本人の覚醒につながり、世界の覚 醒にもまたつながっていきます。 そしてそれは神々の御意思であるものと思います。 ただし、このことを日本的価値観の強制とか、日本人による世界征服などと誤解されたら、最悪です。 とりわけ西洋の人たちは、多民族の持つ価値観について、自ら学んで受け入れることにはなんの躊躇もしませんが、他所から これを強 制されると、それこそ武器を手にして戦おうとします。 その意味で、我々日本人は、日本文化の根幹を学びながら、かつ、それを他国に強要することなく、物静かに、むしろ「実るほど頭を 垂れる稲穂かな」で謙虚に進んでいかなければならないものと思います。 なぜなら「正義」とは、他に強要するものではないからです。 強要すれば争いになります。 それが国家規模なら戦争になります。 いまどき防衛の必要は認めても、戦争を望む日本人など、誰もいないことでしょう。 逆に中共やコリアは、自国の「正義」を他国に強要しようとします。 結果、彼らはいま世界中から排除されようとしています。 いっときは良いかもしれませんが、結果は排除されてしまうのです。 「正義(せいぎ)」は、訓読みしたら「ただしき、ことわり」です。 「ことわり(義)」というのは、条理や道理のことを言います。 つまり、「正しい道理」が「正義」です。 そしてこれは、英語の「 justice (ジャスティス・公正・正義)」の語源と同じ意味です。 「正しい道理」とは、強制強要をするものではなく、 誰か見ても納得できる、 普遍性を持ち、 腑に落ちるもの です。 もちろん反撃や反論もあることでしょう。 いま正義でないものをもって利得を得ている人たちからすれば、侵略に見えてしまうかもしれませんし、徹底した「つぶし」 に遭うこ ともあるかもしれません。 けれど、それでも、しっかりと世の中のルールを守りながら、誰か見ても納得でき、普遍性を持ち、誰の心にもちゃんと腑に 落ちるも のをブレずに語り継ぎ、決して威張らない。 回り道に見えるかもしれませんが、結局はそれが一番の近道なのではないでしょうか。 ネットの時代になって、日本人の誠実さを理解してくれる外国人も増えてきているようです。余りにも遠い道のようです が、やは り日本の素晴らしさを理解してくれるのをじっと待つしかなさそうです。 それだけ、日本人は素晴らしい国に産まれたことを喜ぶべきとも言えるでしょう。 |
2020年 9月14日(月) 第2279回 ★金の亡者は楽しいのか |
グローバリズムで、1%の人達が世界の富の半
分を得て いると言われます。その人達はあらい余る金を手に入れて幸せなのでしょうか。 金はあればあるほどもっと欲しくなると言われますが、本当でしょうか。残念ながらその身分になったことがないので分 かりませ ん。 と言うか、やはり何かに捉えられた心は幸せとは思えないと考えるのは持たざる者だからでしょうか。 とは言え、世の中にはその金に執着しなかった人もいるようです。何時ものねずさんが、そんな人が日本にいたことを書 いてくれ ています。 そして、そんな逸話を子供達に教えていた日本の教育があったのです。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /6 永田 佐吉の精 神を学ぶ ・・・略 江戸時代に活躍した人に、永田佐吉(ながたさきち)という人がいます。 赤穂浪士の討ち入りがあった元禄14年(1701)に生まれた人で、岐阜県羽島市の豪商だった人です。 たいへんな人徳者と言われ、人を大切にし、手広く商いをして儲けた富は、道路の整備、道標の設置、石橋の設置、神社仏閣 への寄進 など、社会奉仕活動に遣ったことでも有名です。 ただし、永田佐吉が人徳者と言われた理由は、彼が大金持ちであったことでも、社会奉仕活動をしたことでもありません。 寄進や寄付、寄贈に際して、いっさい自分の名前を使わず、常にそれらの貢献を、村人たち全員の意思として行ったことにあ ります。 みんなのおかげで儲けさせていただいたのです。 だからそのお金は自分のためではなく、みんなのために、みんなの名前で使う。 なかなかできることではありませんが、だから永田佐吉は偉人としていまなお称えられています。 それが日本人らしい生き方だと思います。・・・以下略 今の日本にこんな人がどれ程いることでしょう。これも戦後教育による劣化の一つでしょうか。やはり、こうした教育を もう一度 取り戻したいものです。 |
2020年 9月13日(日) 第2278回 ★日本語の素晴らしさが、ここにもある |
日本語と英語の違いで良く言われるのが主語や
動詞の並
びの違いです。英語は動詞が先に来るが日本語は最後にくる。この違いの意味が良く分かりませんでしたが、ここにも日本と欧米の考
え方の違いがあるようです。 ねずさんが、これを話を聞く人、聞かない人の違いとして説明してくれています。やはり、言葉というのは重要ですね。 何時ものように、全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2013/10/14 話 を聞く人、聞かない人 ・・・略 けれど、こうした、何をしたいのか、何をいいたいのかが、話を最後まで聞かないとわからないという日本語の特徴は、常 に相手の 話を「ちゃんと聞く」、「しっかり聞く」という態度をはぐくみます。 また、主語を省くということは、「俺が、私が」ではなくて、常に「みんなとともに」、「みんなの考えで」という姿勢をも たらしま す。 ここに、古来から日本人の中に自然に備わった徳義があります。 結論が最後に来る日本語では、あたりまえのことですが、相手の話を最後までちゃんと聞かなければならなくなります。 ということは、まずは相手の言い分をちゃんと聞くという姿勢が日本人には自然と備わるわけで、その態度や精神は、これま たおのず と互いに相手を認め合い、意見や話をちゃんと聞くという相互共和の精神を育んでもいるわけです。・・・以下略 |
2020年 9月12日(土) 第2277回 ★何事も、基礎・根幹があるのです |
武士道は能によって教えられたことを、10
日、第
2275回の 「★10円玉に学ぶ武士道精神とは」で、取り上げました。 それでは、庶民は武士道とは関係なかったのかと言えば、そうではなかったようです。それを、ねずさんが、今日の、南 の島に雪 が降るで教えてくれています。 この庶民にまで広まった武士道こそが日本の軍隊の強さだったのだそうです。 何時ものように、全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /5 南の 島に雪が 降る ・・・略 つらいときは誰だってつらいのです。 つらいからといって、自分のつらさを表に出していれば、周りのみんなを余計につらくさせてしまう。 だから、つらいときほど明るくすごすことを心がける。 つらいから、悲しいからと、哀号と叫んで大声をあげて泣きわめくのは、どこかの国の人です。 日本人はつらくたって泣かない。 泣かないぞって誓って、悲しみをぐっとこらえて、いつも笑顔でいるのに、こらえきれずに涙が頬を伝う。 その気持を、ちゃんと受け止めることができるやさしさをもった人たちが周囲にいるから、その涙に共感が走るのです。それ が日本人 です。 しかし前頭葉が未発達で思いやりや人の心を持たず、ただ自分の欲望だけを満たそうとする低い民度の社会では、そういう 日本的な 心の深みはわかりません。・・・中略 では、何が武士道を形成したのかといえば、その答えが『お能』にあります。 武士は幼い頃から能楽に親しみ、能楽を通じて日本的精神を学んでいたのです。 儒学等は、その基礎の上に、その基礎をさらに言語によって補強するものとして学んでいました。 つまり考える価値観の根幹となる日本的精神を、先にしっかりと身に付けていたからこそ、外国の書である四書五経を学ん でも、あ るいは蘭学を学んでも、それらをすべて武士道精神に活かすことができたのです。 そしてその精神性を、かつての陸海軍はしっかりと日本の武士道精神として受け継がれて行きました。 これが日本が、先の大戦においても、きわめて強い国として、最後まで持ち場を離れず戦い抜くことができた最大の理由で す。 つまり・・・何事も、基礎・根幹があるのです。 お能と似たもので、狂言や歌舞伎がありますが、狂言も歌舞伎も、もともとはお能の演目を、もっとわかりやすくとか、 もっと面白 く楽しくとか、もっと派手に演出してなどと、工夫して庶民向けの芝居小屋で演じられたものです。 つまりその原点には、やはりお能があります。 そして今回の冒頭のお話にある加東大介は、その芝居小屋の出です。 もともと父も芝居小屋の出ですから、加東大介は武士ではありません。 けれど、芝居を通じて、幼い頃から武士道に接していたわけです。 つまり彼の価値観の根幹には、やはり武士道精神、もっといえば日本的精神性がしっかりと根づいていた。 だから、彼は、最後の最後まで、芝居を通じて戦い抜くことができたのです。 価値観の根幹となる日本的精神・・・これを詰めていうと「国民精神」となります。 そしてその「国民精神」を英語で言うと、「アイデンティティ(Identity)」になります。 戦後の日本人が失ったもの。 それこそが、価値観の根幹となる日本的精神です。 これを取り戻していくこと。 道は険しく遠いかもしれないけれど、いまや世界がそれを待っています。 日本的精神は未だに日本人に残っているのでしょうか。と言うか、それを取り戻す教育こそが必要なのです。 やはり、文科省の廃止による教育界の改革なくしてそれは達成出来ないでしょう。つまりは、ここに手を付けることに腰 が引けて いる政府・自民党の改革こそが急がれるのです。 |
2020年 9月11日(金) 第2276回 ★安倍総理の辞任は、日米両国の国益の 損失! |
少し前の記事ですが、ワシントンポストが安倍
さんの辞 任に際して、最高の評価を与えてくれています。 戦前は知りませんが、少なくとも戦後の日本の総理をここまで評価してくれたのは初めてなのじゃないでしょうか。 この記事を日本の反日売国左翼・在日マスメディアは絶対に書かないのでしょう。何とも、哀れな奴等です。 自国の総理が評価されたら嬉しいのが当たり前じゃないでしょうか。
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2020年 9月10日(木) 第2275回 ★10円玉に学ぶ武士道精神とは |
能が武士道精神を学ぶためというのもねずさん
に初めて 教えて貰いました。如何に、先人が教育を大事に考えていたかの証拠じゃないでしょうか。 その精神を忘れてしまったどころか、教育を担う文科省が教育を破壊しているのですから何とも恐ろしいことです。 それを、放置している政府・自民党もどうにもならないようです。もっと酷いのが野党ですから、ここまで劣化した日本 が本当に 再生される日は来るのでしょうか。 それを信じさせてくれるのがねずさんです。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /4 10 円玉に学 ぶ武士道精神とは ・・・略 いまではお能といえば「侘び寂び幽玄の世界」などとばかり強調されますが、まったくこれは間違った見方です。 そうではなく、武士道の根幹を学ぶための芸能が、お能であったのです。 武士は子供の頃から、このお能に親しみ、そしてお能によって日本武士として必要な価値観を学び、そのうえで四書五経な どの漢学 を学びました。 四書五経で学んだのは、チャイナやコリアの高官たちも同じですが、彼らの国に武士道が育たず、日本に武士道が育った理由 は、まさ にお能にあったのです。 10円玉に描かれた鳳凰堂。 いまではそれが世界遺産にまでなっていますが、その鳳凰堂から学ぶものは、贅沢三昧な暮らしではなく、実は、質素倹約を 重んじ、 魂をみがくことを第一とした武士道そのものにある。 あるいはもっというなら、平時においては贅沢を慎み、いざというときのために常に備えを怠らないという日本精神そのもの の象徴と もいえようかと思います。 まさか、物心ついた頃からお世話になっている10円玉の鳳凰堂にそんな意味が込められていたとは思いもしませんでし た。それ にしても、こんなに長い間使われているということは、それだけ物価が安定しているということなのでしょうか。 |
2020年 9月9日(水) 第2274回 ★独立を自分で勝ち取らなかった特亜3国 |
我が先人が植民地解放の為に戦って破れたが、
その意図 は東南アジアやアフリカによって受け継がれました。 ところが、相変わらず先進国を利用して自分では戦わず独立した国があるようです。そうです、特亜3国です。 最も質の悪い特亜3国が日本のお隣というのは、何か八百万の神々の意志があるのでしょうか。 ねずさんが、そんなChinaとKoreaの素晴らしい生き方を書いてくれています。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /2 9月 2日降伏 文書調印の日 ・・・略 こうして東アジアの諸国は、激しい戦いの後、独立と被支配からの脱却を実現しています。 ただ例外もありました。 それがチャイナとコリアです。 チャイナは、個人的な蓄財と金儲けのために、蒋介石率いる国民党と、毛沢東率いる共産党が結託して、欧米諸国と対立関 係にあっ た 日本を苦しめることで、欧米諸国から大金を得ていました。 得た大金は、蒋介石や中共幹部の個人的利益となり、チャイナの民衆に還元されることは決してありませんでした。 そして日本が敗れた後、連合国から見て用済みとなった蒋介石は、資金力を失いました。 そこで毛沢東率いる中共は、蒋介石を駆逐し、ソ連のバックアップを得て、昭和24年(1949年)10月1日に建国式典 を行って います。 蒋介石がカネがなくなったから、追い出したとはいまさら言い出せない彼らは、日本と戦って同日建国したと国内向けの歴史 書に記し ました。 コリアは、日本が戦いに敗れたあと、日本の朝鮮総督府から日本人が撤退し、半島人だけの手で、統一朝鮮国としての「朝 鮮 人民共和国」が成立しましたが、北側がソ連によって、南側が米国によって占領されると、両国はその「朝鮮 人民共和国」の成立を否定しました。 そして国内で内乱が起こり、結果としていまなお北と南に分割されたままになっています。 このとき、南朝鮮では、大統領自らが自国民を大量虐殺してまわり、その事実をおおいかくすために、朝鮮戦争は日本からの 独立のた めに、日本と戦ったと偽装しました。 嘘から始まったこの二国は、いまだ反日のままでいます。 そして嘘から始まったこの二国は、いま、コロナ騒動下で、国家そのものが破綻しようとしています。 日本は幸いなことに、真実を保持することができました。 戦後ずっと様々な虚報が流され続けましたが、多くの日本人には知性があります。 そして日本人が日本人としての知性を取り戻すこと。 それは、個人レベルの新しい歴史価値観の創造でもあります。 やはり、特亜3国とは何があっても未来永劫付き合わないことです。日本人がこれを絶対に忘れないことが必要です。 奴等は、常にどうやって利用するかしか考えていないのですから。お人好しも大概にしましょう。 |
2020年 9月8日(火) 第2273回 ★9月1日は関 東大震災があった日 |
関東大震災の犠牲者がとんでもなく多いのは何
時の時代 も同じだと思ってましたが、その裏に不逞Koreanの仕業があったなんて全く知りませんでした。 これも、最初はねずさんに教わったのかも知れません。それにしても、何という奴等でしょう。こんな恐ろしいことを やっていな がら、逆に自分達が犠牲になったと平気で言うのですから、やはり日本人は奴等との付き合いは止めるべきです。 今回もねずさんがこれを取り上げてくれていますが、何とも恐ろしい奴等です。 次の関東大震災にはKoreanはどうするのでしょうか。と言うより、日本が嫌いな人達は是非、大好きなお国に帰っ てもらい たいものです。 何時ものように、是非全文を読んでください。何時も以上に長いです。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /1 9月 1日は関 東大震災があった日 ・・・略 在日不逞コリアンたちによる略奪や暴行、放火は「事実だった」ということです。 最近では関東大震災において「コリアンによる凶行はデマであった」という風説がまかり通っています。 けれどそれがデマでなかった証拠には、 「警視庁、不逞鮮人暴動を沈静化」 「不逞ではないコリアン保護のため、 警視庁は取締りを完全に遂行せよとの急告通達を出した」 (大阪毎日新聞)などの報道があります。 実際に当時は、軍も警察も暴動の鎮圧に乗り出しているのです。 現代を生きる同胞には申し訳ないけれど、いまよりも、はるかに人々の徳性が高かった時代です。 その時代に、東日本大震災に匹敵する大地震が起きたとして、普通の日本人がそこで暴行や傷害、窃盗、放火、強姦、殺戮な どの凶行 をするでしょうか。 軍隊を出動させなければならないほどの凶行を日本人が起こすでしょうか。 もし、日本人の習性に、そのような凶暴性があるのなら、東日本大震災や阪神淡路大震災においても、掠奪、放火、強盗、強 姦などの 事件が多発したはずです。 けれどもそれがない。 ということは、関東大震災で起きた震災後の凶行は、日本人の行ったものではないということです。 当時、警察には、繰り返し多数の不逞コリアンによる事件通報がはいりました。 一方、不逞在日コリアンたちによって身内を殺され、家を焼かれ、財物を奪われ、女子供を強姦された多くの日本人たちは、 青年団を 中心に自警団を編成しました。 コリアンたちの暴行に備えたのです。・・・中略 このところあちらこちらで申し上げていることですが、わが国は「農業国家」であったとよく言われるけれど、実はそれは 言葉足ら ずで、稲作の振興も、和を大切にする社会性も、世界で最も自然災害の多い国土だからこそ育まれたものであって、その意味でわが国 は、古来「災害対策国家」であり続けたということができます。 その形が崩れたのは、戦後になってからのことです。 災害とは、国家における緊急事態です。 そして緊急事態に平時から備えることは、災害の多い日本では、政治のもっとも大きな役割です。 このことは、私たち日本人はあらためて確認し、認識すべきことです。 巨大地震は恐ろしい出来事です。 けれど前回の関東大震災(1923年)による犠牲者の9割以上は、震災による死亡ではなく、震災後の火災、それも放火に よるもの でした。 そしてその放火は、人為的にもたらされた不逞外国人によるものでした。 このことは、冒頭に述べた過去の関東の震災のみならず、 阪神淡路大震災(1995年)の当日死亡者が5036人であったこと、 東日本大震災の死者が津波被害を含めて1万5786人であったことをあわせ考えても、 関東大震災の犠牲者が、突出して多かったことは、あきからに異常な事態であったといえます。 地震が起こることを防ぐことはできません。 しかし、震災による被害を最小限に食い止めることができるように、日頃から備えることは、人の力でできることです。 我が国は、国をあげて、災害対策に取り組んできた歴史を持ちます。 その歴史を、現代で途切らせる理由は何もありません。 私達は日本の原点に還ることで、いかなるときでも、豊かで安全で安心して暮らすことができる日本を築いてくべきです。 正に、今日取り上げた宮崎さんの「一万年の平和、日本の代償 」にも繋がります。 やはり、「いい加減に目を覚まさんかい、日本人! 」としか言い様がないですね。日本人は本当に目覚めることが出来るでしょうか。 |
2020年 9月7日(月) 第2272回 ★日本経済のチャイナやコリアへの利益の付替え |
最悪の平成からもっと悪い令和になるのじゃな
いかと何 度も書いてきました。その最悪の平成の経済の沈滞についても、散々日本の経営者達をバカにしてきました。 ところが、バカはやはり私だったようです。ChinaやKoreaへの企業進出は日本としてはどうにもならなかった ことのよ うです。 つまりは、大東亜戦争に追い込まれたのと同じ図式のようです。やはり、アメリカと言うかディープ・ステートが裏で動 いていた のじゃないでしょうか。 ねずさんが、そんな説を唱えてくれています。なる程、何で日本の経営者がこれ程劣化したのか不思議でしたが、こうい う考えも あるんですね。 やはり、頭の悪い私程度では、ここまでは考えが及びませんでした。それにしても、これが本当なら、世界は益々面白く なりそう です。 ねずさんの言われるように日本の時代が来るのかもしれません。そうであって欲しいものです。 何時ものように、全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /31 もう 8月もお わりですね ・・・略 第二次世界大戦の始まりは、昭和14年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻からとされています。 日本が参戦したのは、それから2年以上も経った昭和16年12月8日のことです。 その2年間日本が何をしていたのかというと、ひたすら戦争回避の道を探っていました。 つまり日本は、それほどまでに戦争回避を願っていたということになります。 では、最終的に日本がこのとき、戦争に突入しない道はなかったのかといえば、答えはNOです。 日本が大陸における利権のすべてを放棄し、欧米諸国の有色人種国のすべてに対する植民地支配を認め、かつ彼らのために戦 うという 道を選んでいれば、日本に生き残りの可能性はあったかもしれません。 しかし、もしそのような道を日本が選択していれば、間違いなく言えることは、21世紀になった今日においても、世界は 欧米諸国 による植民地支配が行われていたでしょうし、有色人種には一切の私権が認められず、白人諸国の奴隷、もしくは家畜として生きるし か選択肢がない状況が続いていたでしょう。 このことは、有色人種であれば、人としての尊厳が認められず、あくまで家畜としてのみしか生きることが許されないことを 意味しま す。 家畜であることを拒否すれば、待っているのは死だけです。 また、日本が欧米諸国の植民地支配を認め、人種の不平等を容認すれば、日本一国は私権を持つ人間としての扱いを受け続 けること ができたかといえば、これもまた疑問です。 大陸における権益を放棄した時点で、日本は弱腰とみなされ、強く要求すれば日本がこれを飲むという状況になれば、日本に はその後 も次々と無理難題が押し付けられ、おそらくは結果として日本自体も解体され、分割統治され、植民地支配されることになり、日本人 は日本人としての文化性さえも、完全否定されることになったことでしょう。 つまり、昭和16年12月の時点では、もはや日本には戦うしか選択の余地がなかったといえるわけです。 まさに当時永野修身元帥が述べたように、 「戦えば亡国、戦わざるも亡国」 であったわけです。・・・以下略 よく平成30年間、日本経済は横ばいだった。 チャイナやコリアは、この間、ものすごい経済成長をした。 だからこれからは、チャイナやコリアの時代である、といった論を展開する経済学者の先生などがおいでになります。(おい でになっ た、と過去形にしたほうが良いかもしれませんね)。 しかし、その30年間の間に起きたことは、実は、日本経済のチャイナやコリアへの利益の付替えでしかありません。 昭和の終わり頃、日本経済は世界を席巻し、日本経済が世界一になりそうなところにまで日本の経済は世界に大きな影響を与 えるよう になっていました。 このために日本製品のボイコット運動などが起こり、このため日本企業は、日本企業製品を日本製として売るのではなく、 チャイナ 製、コリア製として販売し、日本はそこに部品提供をする、という経済モデルへと変更していったのです。 もちろん、これを斡旋し、仲介した政治家等に、裏でキックバックが入ったとか、細かなことは多々ありますが、大切なこ とは、当 時としては日本企業が生き残るためには、日本企業が完成品を作り、これを世界で販売するというそれまでの形で進むことができな かった、という事実です。 もし日本が、そのままGDP世界一への道をそのまま進んでいたら、日本はいまの中共同様、世界から排除されることになっ たことで しょう。 もちろんその裏には、政治的な様々な思惑や、米ドルの基軸通貨性を守らなければならない等々の事情があります。 当時の日本は、日本で部品を製造し、その部品をチャイナやコリアに持ち込んで、日本製のロボットで組み立て、製品はあく までチャ イナ製、コリア製として売らなければ、日本企業そのものが世界の市場からボイコットされてしまうという、強烈な危機があったので す。・・・以下略 こうなると歴史は必然だということでしょうか。日本の凄さを世界に広める為にあると考えると嬉しくなりますね。本当 にこう なって欲しいものです。 |
2020年 9月6日(日) 第2271回 ★日本人が失った「誇り」 |
戦後の日本人を劣化したとか恥を忘れたとか書
いてきま したが、ねずさんが、誇りを失ったと書いてくれています。 なる程、これもズバリですね。いずれにしても、日本人は先人が築き上げてきた「誇り」をあっさりと捨ててしまったと いうか忘 れさせられたことで、ここまで劣化してしまったのは間違いないでしょう。 さて、日本人はこれを取り戻すことが出来るでしょうか。と言うか、知らないのですから、やはり一から教える必要があ るでしょ う。やはり、文科省の廃止と教育の改革からですね。 今日の話は、毎年書いてくれているものですが、こんなことを許さない為にはきちんとした国防が必要です。 それこそが、日本人が取り戻すべき誇りでしょう。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /30 日本 が変われ ば世界が変わる・・・小町園の悲劇(18歳未満および女性の方閲覧禁止) ・・・略 昨今、日本のかつての軍の駐屯地付近で商売をしていた慰安婦のことが話題になります。 はっきりといえることは、日本軍ほど、女性を大切にした軍はない、ということです。 世界中どこの国でも戦勝した軍は、その地元の女性たちをまるで戦利品のように蹂躙しました。 それどころか、ChinaやKoreaでは、兵になるということは、その地域、つまり「味方のいる地域の一般住民から 収奪し、 女 とみれば強姦する権利を与えられる」ということでした。 勝てば占領地の、どころか、武器を持たない弱い者が、まず蹂躙されたのです。 そして古来大陸における戦争は、民族間の戦いの後、むしろ強姦によって民族の血を交わらせ、混血児をつくることが、次の 戦争を防 ぐために必要なこととさえ考えられていました。 他民族を、自民族に変え、後の世の戦乱を防ぐために必要な行動とされていたのです。 ところが日本の軍は、武士の時代から兵は、決して現地の女性たちに手を出しません。 たまたま日本の軍の兵士が現地の女性と仲良くなり、当事者同士は本気の相思相愛で、互いに合意の上での体の関係であった として も、結婚もしてなのにそうした関係をもてば、それは即、男性である日本兵側の「強姦事件」として厳罰に処せられました。 しかも、そのような性の問題で軍を追われれば、郷里に帰った時、親戚一同の恥さらしです。 親族全員が大迷惑です。 たとえば大震災が起きます。 被災地に軍が送られます。 現代世界では、治安が良くなり、軍も兵も地域住民を守ることが使命と考えられるようになりましたが、ほんの近代までは、 大陸では 「軍がやってくる」ということは、震災後にかろうじて残ったなけなしの財産を強奪され、地元女性が強姦されるということを意味し たのです。 力さえあれば、欲しいものはなんでも手に入るという欲心の行き着く先が、そういう現実でした。 ところが日本では、すくなくとも有史以来、多少の例外はあるものの、軍は規律正しいものという伝統があります。 おそらく世界の歴史で、ここまで規律正しい軍は、日本だけです。 なぜそうなったのかという答は簡単です。 日本では、たとえいまは敵味方であっても、どちらも天子様の大御宝だからです。・・・中略 いま不況に沈む日本が失っているもの。 それは、日本人としての「誇り」なのではないでしょうか。 逆にいえば、日本がこれから未来に向けて成長し、発展し、より豊かな生活を取り戻すのに必要なこと。 それこそまさに「日本人の誇り」です。 そして「誇りを持つ」ということは、何も威張ったり、ふんぞり返ったり、他を蹂躙したりすることではない。 日本人は、ごくごく普通に振る舞っていれば、それだけで「凄い」民族です。 なぜなら、それだけの実績を、私たちの先人が築き上げてきてくれたからです。 私たちいまを生きる日本人は、そのことにもういちど「感謝」の心を取り戻すべきだと、私は思います。・・・以下略 それにしても、日本は本当に凄い国を造り上げてきたものです。何があっても、日本の再生が急がれます。それを世界も 待ってい る。 |
2020年 9月5日(土) 第2270回 ★安倍さんの辞任は親中派の一掃のため |
今回の安倍さんの辞任は日本にとって最悪の結
果を齎す のじゃないかと心配していますが、ねずさんはこれには安倍さんの目的があると書かれています。 何と、親中派を一掃するのが狙いだそうです。総理のような雑用に手を取られることなく動くためとは面白い。本当にそ うであっ たら良いですね。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。今回は短い。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /29 安倍 総理辞任 ・・・略 振り返ってみると安倍総理は明治以降最長の内閣でありながら、最も世間の非難と怒号を浴び続けた総理であったように思います。 けれど安倍総理は、実に立派に堂々と、そうした世論なるものに誠実に向き合い続けられました。 しかし12月以降、ほんもののコロナの第二波(コロナは肺炎を伴う風邪の一種であり、そうであれば夏場ではなく冬場に 勢力を増 します)がやってきます。 このとき、いまの体制ではどうにもならない。 そうであれば秋には解散選挙に打って出て、与野党の親中政治家たちを追い落とし、親日派の議員で万全の体制を採らなけ ればなら ない。 しかしそのためにはむしろ与野党の調整に安倍総理が後ろに隠れ、日々の雑用に追われる総理は、誰か別な人にやってもらっ たほうが 良い。 それが今回の辞任の裏側の理由であろうと思います。 いずれにせよ、変わるべきときには変わらなければならない。 しかも本格的なコロナ第二波が予測される12月は、あと4ヶ月後に迫っています。 そしてこのときに日本を沈没させないためには、与野党を問わない親中派の一掃です。 これをすることが、次の新しい世界を築きます。 秋の選挙に向けて、世の中はもはや動き出しています。 今回の辞任は、前と違って多くの日本人が安倍さんがもう一度立ち上がってくれると期待しているようです。きっとそう なるで しょう。それが出来なければいよいよ日本は消滅かも。 |
2020年 9月4日(金) 第2269回 ★沖縄戦で散華したバックナー大将と石原正一郎大尉 |
昨日に続いて沖縄戦での敵将の死をねずさんが
詳しく書 いてくれています。そこには、命を懸けて戦った方達のお互いを思いやる心もあります。 こうして、戦って下さった方達を冒涜するような沖縄の現在は本当に悲しいものがあります。そして、それを煽っている のがチュ チェ思想の一派というのには腹立たしさと、それに乗る日本人の情けなさを思わずにはいられません。 この戦いで亡くなられた両軍の将以下の方達は、どんな思いで沖縄の人達を見ているのでしょうか。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。今回も涙無くして読めません。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /28 沖縄 戦で散華 したバックナー大将と石原正一郎大尉 ・・・略 皮肉なことに、バックナー大将の投降勧告文書は、牛島中将が受け取る前に、バクナーが爆死してしまい、 両軍の和 解はできずに終わってしまいました。 戦争は、人類のもっとも汚ない面だけれど、ときに、人のもっとも美しい姿も見せてくれます。 私たちは、二度と、悲惨な戦争はしてはならないと思います。 けれど、だからといって、当時、戦わざるを得なかった状況で、果敢に戦った日米両軍の兵士たちを貶めるというのは、これ は、人と してあってはならないことだと思います。 両軍が勇敢に戦った、その事実は事実として認めたところに、バックナー大将の奥さんや、息子さんたちのように、真の友 情が芽生 えるのではないか。 それは、戦いもしないで、日本が敗れた後に、突然戦勝国民を自称したような人や国には、決してわからないことであろうと 思いま す。 なぜならそこに「ファクト(事実)」がないからです。 「嘘も百回言ったら本当になる」という人がいますが、それは希望的観測にすぎません。 百回言おうが、千回言おうが、嘘は嘘です。 たったひとつの真実の前に、嘘はもろくも崩壊するのです。 日本の歴史は恥ずべき歴史だと言う人がいます。 逆です。 日本の歴史は、調べれば調べるほど、真実を知れば知るほど、誇りが持てる歴史です。 私達の祖先や先輩たちは、そういう生き方をしてきたのです。 こんな立派な人達が殺し合わなければならない戦争は二度と起こしたく無いものです。素のためには、きちんとした独立 国として 国防が必要です。 中途半端な日本は、特亜3国の絶好の目標になっていることに日本人全てが気がつくべきです。 やはり、「いい加減に目を覚まさんかい、日本人! 」です。 |
2020年 9月3日(木) 第2268回 ★沖縄戦で米軍 を苦しめた参謀・八原博通大佐 |
沖縄戦が、ペリリューや硫黄島の戦いと同じ戦
法で洞窟 を掘り持久戦に持ち込むことで、初戦は勝っていたそうです。 ところが、その戦法を邪魔したのは、あの香川の知事になった泉守紀だけでなく戦闘中にも現れたそうです。 まさか、あの沖縄戦にも勝機があったとは想像もしませんでした。 ねずさんが、その様子を詳しく書いてくれています。こんな詳しい状況が残されていたとは知りませんでした。 いずれにしても、どの戦場にも、素晴らしい人とそれを邪魔する人がいるようです。それが、人間なのでしょう。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。何時も以上に長文です。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /27 沖縄 戦で米軍 を苦しめた参謀・八原博通大佐 ・・・略 彼は、第三二軍の司令官であった牛島満中将を補佐し、米軍の来襲に備えて、沖縄県民の本土への疎開と、軍による沖縄持久戦を提案しました。 米国通の八原は、沖縄の珊瑚に囲まれた地形や、そこここにある洞窟を利用し、最初から長期持久戦を行うことによって、米軍に長く 大量の出血を強いることで、必ずや米国内に厭戦気分が起き、和平上、日本の立場を有利にできると考え、これを第三二軍の 方針とし たのです。 ところが、沖縄戦の前に沖縄県知事だった泉守紀は、これを承認しない。 沖縄県民の本土への疎開を拒否するのです。 当時、沖縄の空に度々来襲する敵爆撃機の空爆に恐怖した泉知事は、沖縄県民の命を盾にして、自分だけが沖縄県知事の任を解かれ、 本土に復帰できるよう工作をしていたのです。 当時の県知事は、いまのような各地での公選制ではなく、中央からの派遣です。 自分が本土に逃げたいだけの平和主義者泉守紀は、軍の方針にことごとく盾つき、ついには沖縄県民の疎開すら拒否してし まったので す。 しかも、大本営は敵情判断の中で、米軍は沖縄より先に台湾への侵攻を図ると考え、第三二軍から、主力の一個師団を台湾に引き抜い てしまいます。 かくなるうえは、残る兵力と、逆に民間人の協力をもって、沖縄を守るしかない。 本来は、戦場に訓練されていない民間人がいたら、軍の行動には足手まといなのです。 しかし疎開できないならできないで、逆に協力をお願いするしかない。 これは当然の、自然な判断ですし、当時、沖縄の人々は、むしろ積極的にこれに呼応しています。・・・以下略 やはり、何があっても戦争は避けるべきということが良く分かります。実際に戦闘するものは悲惨です。 やはり、政治は何があっても戦争を避ける為の準備が必要です。備えあれば憂いなしとは良く言ったものです。 |
2020年 9月2日(水) 第2267回 ★強い絆、妻と飛んだ特攻兵や快心隊藤井一少佐 |
特攻という命を懸けて国を護る為に戦って下
さった方々 を支えた余りにも凄まじい女性もおられたそうです。 この話も、最初にねずさんに教えてもらった時は衝撃でした。その後何度がアップして下さる都度覚悟を決めて読まない と涙が出 そうで困ります。 それにしても、一緒に特攻気に登場したり、ご主人が心置きなく特攻に志願できるようにと自らと二人の娘さんの命を 断った方。 こんなにしてまで国を護るために戦って下さった方達が祀られる靖国を参拝できない人達は日本人じゃないでしょう。 やはり、天皇・総理大臣には是非参拝をお願いしたい。一体何を恐れているのでしょうか。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /25 妻と 飛んだ特 攻兵 神州不滅特別飛行攻撃隊 ・・・略 出撃されたときの白のワンピースは、戦時下でのせめてもの死出の旅立ちの衣装だったのかもしれません。 朝子さんは、ご主人のことを本当に愛していらしたのですね。 どこまでも一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。 たとえ命がなくなっても、魂は夫とともにありたい。 昔は、肉体には魂が宿ると考えられていたのです。 死ねば肉体は滅び、命はなくなるけれど、魂は永遠です。 また輪廻転生するか、あるいは神となると思われていました。 お二人の身はなくなりました。 けれどお二人の魂は、きっと平和な世の中に生まれ変わって、幸せなご夫婦として、いまもどこかでお暮らしになられておい でなので はないでしょうか。 スミ子さんも、隊員の方々が大好きだったのだろうと思います。 日頃隊員の方々と接していて、この人達が大好きになったのでしょう。 宿屋の女給とお客さんという立場を越えて、彼らと彼女には情が通ったのだと思います。 だから一緒に死のうと思った。 彼ら、彼女らはどうして死んだのでしょうか。 祖国の不滅を信じたから? それだけではないと思います。 魂というものは、ほんの数十年の人生で滅びてなくなってしまうような、ちっぽけなものではありません。 彼らは、永遠に神州の守護神となって生き続けようとされたのだと思います。 戦争が終わった後も生きて、神州をもう一度再興する人々がいます。 その人々を信じたから、彼らは散っていったのだと思います。 そしてその「信じられた」人々というのは、他でもない、いま生きている私達です。 こちらは、ご主人を心置きなく特攻に志願させる為に二人の娘を道連れに命を断った方です。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /26 愛の かたち 快心隊藤井一少佐 こんな方達が祀られる靖国に参拝出来ない日本人は、やはりおかしいでしょう。人非人です。 |
2020年 9月1日(火) 第2266回 ★壊滅的打撃を受けたのは安全や安心よりも営業効率を求めた業界 か |
日本の経営者が日本的経営の真髄であるお客様第一を忘
れて海外から来た株主第一の経営に傾斜したのは、ここでも何度も書いてきたように本田宗一郎さん達戦前の教育を受けた経営者が一
線を退き出した80年代以降であることは間違いないでしょう。 お客様も従業員も大事にせず短期の儲けで株主を喜ばせるというグローバリズム経営がいよいよ危なくなってきたようで す。 これこそが、今回のChina肺炎の功績と言えるのじゃないでしょうか。 ねずさんが肺炎問題で壊滅的打撃を被った業界は、そうした考えに取り付かれていたからじゃないかとの考えを書いてく れていま す。これは、目から鱗の考えです。 何時ものように全文をリンク元で読んでください。 ねずさんの学ぼう日本より 2020/8 /24 アフ ターコロ ナの新しい世界 ・・・以下略 日本でも、壊滅的な打撃を被っている業界は、安全や安心よりも営業効率を求めた業界といえます。 メディアは、大規模コンサートのようなものが開催できないと苦情を言いますが、ひとつのホールや球場などに10万人もの 人を集め て行うコンサートは、なるほど熱いものであるでしょうし、1回の公演で10億円という途方もない利益をあげることができるもので あったかもしれませんが、観客の心地よさや安全は、まったく無視されたものでした。 一方、お伊勢様には年間800万人が参拝しますが、そこは清らかな静謐な場であり、心身御魂ともに浄化さ れる場で もあります。 人々が火となって燃える場から、静謐で清らかな場が重視される時代。 そういえば、以前、お伊勢様に百人一首の本の奉献のための参拝をさせていただいたときに、頭の中に 「やすらけき世を」 という言葉が降ってきました。 コロナ後の世界は、まさにそうした「やすらけき世」へと一気に向かっていくのであろうと思われます。 そうであれば、レストランのような外食産業も、安く効率的に顧客を回転させて儲けるという仕組みではなく、安全で安心な 食事を、 清らかで心地よい空間として提供するような形へと、今後は変化していくのかもしれません。 自動車も、エンジンパワーにものを言わせて、ガンガン走る走り屋のクルマから、もう何年も前から、心地よく、家族と楽 しく過ご せ る安全なクルマへと、そのコンセプトが変化しています。 今後は、これがもっと進化し、より安全性の高い、より心地よい、より静かな、より楽しみのあるクルマへと進化していくの であろう と思います。 食品スーパーも、とにかく品揃えを豊富にしてガンガン売りまくるという形から、より安全性の高い食品を、より新鮮に提 供してい く 心地よい空間へと変化していくのかもしれません。 スポーツジムも、これまでは狭いところに人々が密集して汗をかくという仕様でしたが、これもまた、より広い空間で、快 適に安全 に、安心してスポーツを楽しむことができる空間へと変化していくのかもしれません。 経済も、一時的にいくら儲けるかではなく、長期間安定的に継続してしっかりと利益があがる仕組み、そこには何より信用 が第一で す が、そうしたものへと変化する。 世の中の基本構造が変わるということは、すべての根幹となるパラダイムが変化するということです。 いまはコロナにいたずらに恐怖するのではなく、罹患しても症状さえないのですから、むしろこれまでの効率重視の自分か ら、より安 全で快適な暮らしを楽しむ方向へと自分をチェンジしていく期間と考え、明るく楽しく日々をすごしていくことではないかと思いま す。 儲けだけを目的にChinaから撤退できない経営者達にこのねずさんの考えを理解してもらいたいものですが、きっと 金の亡者 に陥った経営者達には響かないのでしょう。 やはり、そうした企業は滅びて行くのでしょう。 |
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